第44話 初めて感じる感情
「……筋肉が痛い」
目を開けると、自分がベッドに横たわっていることに気づいた。これは数ヶ月寝慣れている、自分のベッドだ。
馴染みのある天井を見つめると、太陽が部屋を照らしているのが見える。
全身の筋肉が激しく痛んでいる。動くだけでも辛い。体全体が非常に疲れて重たく感じる。
首や頭を少し動かしてみたが、すぐにめまいがしてしまう。本当につらい。
えっと……最後の記憶はカトリーナの隠れ家だったな。ミリーちゃんを助けに行って、無理をしすぎて倒れたんだろう。
俺、弱すぎるんじゃないか? 走ったり、部屋を登ったり、ちょっと戦っただけで気絶するなんて。耐乏性もなさすぎるんじゃないか? 普段の運動不足が原因かもしれない。
はあ……。他の転生者みたいにいろんなチートを持っていれば、こんなに苦労しなくてもいいんだろう。難題を一瞬で解決できるんだから。羨ましいな。
「お嬢様、目が覚めましたか?」
ゆっくりと体を起こすと、慌ただしい足音と共にシェラさんの声が聞こえてきた。
「シェラさん……」
「もう! まったくですわ! お嬢様! エドウィン様から全部聞かされてしまいました! なんて無茶なことを!」
「ごめんなさい……」
シェラさんに叱られてから、水筒から水を注ぎ、慎重に俺に飲ませてくれた。
なんて優しい人なんだろう。表面上は叱られたけど、俺のことを心配して言っているんだろ。そして、慎重に水を飲ませてくれて、喉に詰まらないように気をつけている。本当に全方位で俺のことを考えてくれている。
乾燥して不快だった渇いた喉が潤った。そして思考もだんだんと明晰になっていく。
「シェラさん、俺はどれくらい寝ていたのか?」
「もう2日も経ちました。お嬢様、無理をしすぎたからですわ」
「そうか……」
もし俺の体力で、謎の転生者の手紙がなかったら、一つずつ隠れ家を探し回るだけで力尽きちまうだろう。ましてやミリーちゃんを助け出すなんて。
だから、本当にあの人に感謝しなきゃな。
顔を湿ったタオルで拭いて、気分はだいぶマシになった。そして、シェラさんが作ってくれた野菜のスープと少しの休憩を取って、疲労感も和らいだ。ただスプーンを握っている手の筋肉がかなり痛いだけど。
お腹も満たされた頃、部屋の外から男女の声と足音が聞こえてきた。
「エドウィン様、ミリー様。いまお嬢様はまだ休養中ですから、こういうことはあまり適切ではないのでは――」
「私はただレイナの顔が見たいだけだ」
「そうですよ! レイナ様に心配してたまらないよ!」
ああ、王子とミリーちゃんか。わざわざ見舞いに来てくれるのは本当にありがとう。
ドン!!
部屋の扉が突然開いた。そして、真っ直ぐに部屋に飛び込んできたのはミリーちゃんだ。
「レイナ様!」
彼女は微かな震えな声で俺を呼ぶ。
不安と心配が目にみえてわかる。目は赤く、いつ涙が溢れ出すみたい。ミリーちゃんは小走りで近づいてきた。ベッドのそばまで来たところで、ゆっくりと両手を伸ばし、俺の肩にそっと触れた。
「大丈夫なの?」
彼女は心配そうに尋ねた。
「心配かけてごめんね。俺はもう良くなってきた」
「本当に? 隠してないよね?」
「本当だよ」
「本当に本当? 強がってない?」
「本当に本当だよ」
やっと少し安心した様子だったが、まだ眉間にしわが寄っている。ミリーちゃんは俺を上下に見て、その視線は俺の疲れきった目に留まり、また心配そうな表情を浮かべた。
そしてミリーちゃんの体は前に傾き、突然俺を強く抱きしめ、小さな顔を俺の胸に押し付けた。
!!!!
「ありがとう、レイナ。レイナがいなかったら、私は……」
ミリーちゃんの震える声が、俺の胸から聞こえてくる。
待て待て待て待て待てっ!! 今は一体どういう状況なんだ?? ミリーちゃんが、自分から抱きついてきたのか……!?
うおおおお!!! マジかよ!! こんなに幸せでいいんのか!?
ミリーちゃんの息が目の前に近づいてくる。甘い香りが鼻に広がる。
最高だ……ご馳走様です……
……てっ! 今はそんなこと考える場合じゃない! ミリーちゃんは俺のことを心配して抱きしめたんだろ。だからちゃんと答えないと。
俺は微笑みながら、彼女の柔らかいピンクの髪を撫でる。
「もう。何回も言ってるだろ。俺はちゃんと守るから」
「レイナは私の為にここまでしてくれる必要はないのに。だから、本当にありがとう」
ミリーちゃんは顔を上げて、まだ涙で濡れた目をしている。エメラルドのような目がぼやけている。だから俺は親指で彼女の目の端の涙をそっと拭った。
「おほんおほん。ミリーさん、レイナは今、体調があまりよくないですよ。彼女に少し息抜きの空間を与えてあげてくれ」
「あっ! ごめんなさい! レイナ様の気持ちを考えてなかった」
「いや、全然大丈夫だよ」
貴様ああああああぁ!!! せっかくミリーちゃんが自発的に俺を抱きついてくれるのに! しかも以前は思いもしなかった密着状態だよ!? もう少しミリーちゃんの体温と香りを近くで楽しませてくれよ!! 邪魔すんなよ王子!!
今は王子に即座に拳を食らわせたくなるけど、筋肉が痛すぎて次にしよう。
「レイナ、これからはもうそんな無茶なことはやめよう。もう結果オーライとか言うな。そうしないと『お仕置き』が待ってるですよ」
王子は『お仕置き』という言葉を強調した。微笑みながら俺に言っているけど、目には全く笑っていない。
「はい、わかった……」
ちょっと怖そうだから、仕方なく言うことを聞くことにしよう。でも、王子も実際に俺のことを心配してくれてるからそう言ってるんだろうな。
今回のことを思い返してみると、本当に冒険な作戦だった。俺があんな危険を顧みずに行動できたのもすごいな。
「では、レイナはしばらくゆっくり休んでおいて。体の負担が大きかったから」
「うん。わかった」
「本当にありがとうございます、レイナ様」
「うん、無事でよかった」
二人を見送った後、ゆっくりとベッドに横になった。
「それではお嬢様。私もお嬢様の休養を邪魔しないわ。外で待機する。何かあったら呼んでください。ゆっくり休んで」
「はい」
そしてこの部屋は俺一人だけになった。天井を見つめながら、前の世界のことを思い出した。
昔の俺は、困難にぶつかると逃げ出すだけで、何もできなかった。でも今は初めて闘志が湧いて、頑張ろうと思えるようになったんだ。それは今までにない感覚。
それに、こんなにも俺のことを心配してくれて、気にかけてくれる人たちがいるんだ。本当に嬉しいな。
俺自身も少しずつ成長しているんだろうな。でもまだまだ足りないか。
◇
夕風が吹き抜け、エドウィン王子は一人で王宮の庭園をぶらぶら歩いてる。思考は思わずに遠くへと漂っていった。
今朝の光景を思い出した。ミリーが自らレイナに抱きついた光景。
自分はそばであの二人の温かい抱擁を見つめていて、なぜか心の奥からすっごく苦しくなる。つい言葉であの二人を引き離してしまったが、それでも内なる激情は収まらなかった。
そして今、思い出したくもない光景を回顧したエドウィン王子は、力強く拳を握り締め、指先が白くなった。
(なぜあの場にいるのはミリーで、私じゃないんだ)
王子は静かに歯を食いしばり、暗いオーラが全身に広がった。
レイナが変わってから、明るく活発で少し間抜けな性格に惹かれたからなのか、彼女をからかう中で可愛らしい一面に気づいたからなのか、エドウィン王子自身はレイナへの真の感情を確かめることができなかった。
その光景を見て、王子は徐々に自分の内なる感情に気づき始めた。
ーーこの「嫉妬」という感情を、エドウィン王子は初めて経験した。
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