第43話 その原因は
命運ってやつは、俺をからかうのが好きみたいだな。まさか命をかけて戦って、ようやくここから逃げられるとき、この事件の首謀者であるカトリーナに遭遇するなんて。
俺もミリーちゃんも、もう戦う体力と魔力はない。しかもまさに最悪のタイミングで現れやがる。
いや、待て。
カトリーナが俺たちに近づいてくるにつれ、彼女の異様な様子に気付いた。
左手で腰に収めた長剣の柄を握りしめ、ぎこちなく一歩ずつ歩いている。
威厳を保とうと努力しているが、一歩一歩が困難そうで、顔色も青白い。もうすぐ持ちこたえられなくなりそうだ。
カトリーナからは虚弱なオーラが漂っている。まるで大量の体力を消耗したかのように。
虚弱、それに大量の体力消耗……!
このキーワードがつながった瞬間、先ほど王子が言った禁忌魔法は魔力と体力を大量に消耗することを思い出した。
しかもさっき彼女も王子と激しく戦った。きっとそれも相当な消耗をしたことだろう。
つまり、今のカトリーナは俺たちと同じく、もはや戦闘する力も残っていないはず。そして周りに彼女の手下もいないようだから、目の前に立ちはだかるのはカトリーナただひとりだ。
「ここから……逃がすんじゃないわ」
カトリーナは荒い息をつきながらそう言った。
俺は背後にいるミリーちゃんをしっかりと握りしめ、カトリーナの動きに警戒する。
どうすればいい? 一か八か賭けるか? 彼女の注意が逸れた瞬間に逃げることを試みる?
でも、もはや彼女を振り切る力が足りない……
カトリーナも虚弱だろうが、彼女が俺より遅く追いつく保証はない。
それとも、今は一時的に威勢を張ってカトリーナを威嚇する? でも一度戦闘が始まれば、負けるのは俺に間違いない。
でも、今のカトリーナはすぐに攻撃してくる様子はないようだ。時間を稼ぐ戦術に頼るしかなさそうだ。
そして、カトリーナはびっこを引きながら俺たちの前にやってきて止まった。
暗雲が立ち込め、森の中は静寂に包まれ、三人の息遣いだけが交互に響く。
カトリーナは剣の柄を固く握りしめており、震えている。でも眼差しは闘志に満ちていた。
「ここから逃げるつもりなら、まずはわたくしを倒してみるわ」
カトリーナが先に沈黙を破った。
「バカなことを言うな。もう疲れ果てだろう」
「なに言ってるの……わたくしは……まだっ……」
「もう自分を無理にしないで。お互いにもいいことじゃない」
「ちっともよくない!!」
カトリーナの一声の咆哮が森全体に響き渡った。
「レイナ、私はまだ戦える。下ろして」
背後のミリーちゃんが小さな声で話しかけてきた。
「ダメだ。この人は一般の相手じゃない」
たとえミリーちゃんはまだ魔力と戦意を持っているが、このカトリーナは王子でさえ彼女に勝てない相手だ。
だから、このリスクを冒すわけにはいかない。
しかし、カトリーナの感情は安定していないようで、戦闘の準備をしようとしているようだ。彼女の呼吸が荒く、全身が震えているのに気付いた。
「諦めろ。お前の状態じゃ戦えない」
「だからどうした! 大変な苦労をして奪われた光の少女を手放しませんわよ!」
言い終わって、カトリーナはますます荒い息をついた。
「そう言えば、まだ聞いていないけど。なんでミリーを誘拐したのか?」
「……教える義務はない」
「ミリーは俺の大切な人だ。俺たちは仲の良い友達だから、知る必要がある」
「それがどうした? わたくしが大人しく言えると思うかしら?」
「いいえ、そうは思いない。でも、少なくとも、お前の行動の動機を知りたい」
俺の話を聞いていたカトリーナは、一瞬動きを止まって、低い笑い声を上げた。
「ふふっ……ふふふふっ……笑えるわね。皮肉だわね。無自覚なのか、それともわざとなのか。なんでこんなに鈍感かしらな」
俺はカトリーナの様子を見て、ますます警戒心を高める。感情のコントロールが出来ない人間の行動なんて予測できないからだ。
「その原因は……あなた自身だよ!!」
「……俺? 俺が今回の事件に何の関係があるのか?」
「関係ないわけがないでしょ! あなたの存在があるから、わたくしはこういうことをしなきゃならなかったんだわよ!!」
俺のせいで、彼女がミリーを誘拐する必要がある? まったく理由が通らないじゃないか。
「レイナ。彼女の言葉を信じないで。レイナを揺さぶりたいだけだ」
「うん。わかってる」
そう言ったミリーちゃんの目は怒りでカトリーナにらんでる。
でも少しカトリーナの言葉に気になる。なんで俺と関係があると思ったのだか?
再び俺とカトリーナの関係を考え直してみよう。
彼女との共通の関係があるのは王子だけ。カトリーナは王子が好きだけど、すでに俺が婚約者としているので、嫉妬と憎しみを抱いている。
そして俺はミリーちゃんが好きだから、愛するものを奪いたい、か。
けどカトリーナの口調からすると、動機はそれだけじゃなさそうだ。彼女の情熱的な叫びの背後には、想像していた以上の要素が動いているはずだ。
でも、これだけが分かってる。この醜い嫉妬心は最終的にカトリーナ自身をも飲み込んでしまうということだ。
「カトリーナ。ミリーが俺のせいで誘拐されたとしても、無関係な人を巻き込まないでくれ。ミリーであろうと王子であろうと」
「……」
「俺に不満があるなら、直接言ってくれ。無実な人を巻き込むことは高潔さを示すどころか、むしろ卑劣だ」
「もういいわ!!! あなたは何をわかるんわよ!? わたくしに説教する資格なんてないわ!!」
カトリーナは声を荒げて叫ぶ。そして震える手で剣を抜こうとした。
「言ったんだろ、お前の体調は戦闘に向かないって」
「黙りなさい! 同情なんて要らないわ!!」
彼女は一歩前に出て、苦しそうに剣を振る姿勢を整えた。
でも今の俺はカトリーナに全く恐れていない。だって時間を稼ぐことに成功したからだ。
「ここまでだ、カトリーナさん」
その声を聞いて、カトリーナは急いで振り返り、王子が俺たちに向かって歩いてくるのを見た。
やっぱり来た。きっとついてくると言った通りだ。
しかも多くの警備隊などを連れてきた。頼もしい王子だ。これで俺は今まで緊張し続けていた神経を解放できる。
「エドウィン様!? なぜここにいるの?!」
カトリーナは驚きの声を上げた。まるで信じられないような表情だ。
「やめよう、カトリーナさん。君の狂気の妄想は叶えられない」
「そ、そんなっ……なんでエドウィン様が……」
「静かに。武器を置いて、おとなしくついてこい」
「くっ……このわたくしが、従うわけがないでしょう?」
「では試してみますか。もう戦闘に耐えられないカトリーナさんが、装備の整った百人相手に戦えるか。もし勝てるなら、行かせてもいいですよ」
「……」
状況が自分に不利であることを痛感したカトリーナは、悔しそうに歯を食いしばった。そして彼女は剣を地面に投げ捨てた。
「いいぞ。連れて行け」
「了解いたしました」
頭を下げたままのカトリーナは警備隊に逮捕された。そして、彼女はこっそりと俺に眼差しを向けた。
まるで諦めないことを宣言しているかのようだ。
ある程度、その根性の強さに感心する。こんな有様でも諦めることなんて考えたこともなかった。でも、お前の努力の方向は間違えている。
「レイナ、大丈夫か」
王子はカトリーナが連行されるのを見送ってから、振り返って心配そうに俺に話しかけた。
「うん。大丈夫。やっと今回のピンチを乗り越えた」
そして俺の後ろにいるミリーちゃんは俺の服を軽く引いた。
「レイナ、もう安全だから私を降ろしてもいいよ」
「大丈夫? 足はまだしびれてる?」
「だいぶ良くなったよ。レイナも疲れてるし、負担を増やしたくないよ」
「そうか。じゃあ降ろすね」
歩くとまだ少しグラつくけど、とりあえずミリーちゃんはいま無事だ。本当に良かった。
「まったく。本当にむちゃくちゃすぎる」
「でも、結果オーライでしょ?」
「はぁ……やっぱりそう言うわけか」
王子がタイムリーに駆けつけて、最後の危機をうまく解決してくれたおかげで、やっと警戒心を解き放つことができる。しっかり休憩しよう。
……えっ? なんで急に疲労感が押し寄せてくるんだ? 視界がぼやけてきて、四肢も力が抜け始める。
さっきまでちゃんと立っていられたのに……?
もしかしてこれはあれか、緊張の後にくる疲労感ってやつ。いや、それだけじゃなくて、体力的な疲れもあるかも。とにかく完全にバテバテだ。
「レイナ……?」
王子が話しかけてくれているけど、頭の中はジーンという耳鳴りだけが残っている。
「おい! レイナ!!」
王子が手を差し伸べて支えようとしているのが見える。でもその瞬間、すべてが暗闇に包まれた。
バタン!
あれ……? 俺、倒れたのかな? 四肢がふにゃふにゃで、目の前は真っ暗だ。
『レイナ!? どうしたんだ!?』
『レイナ! しっかりしろ! レイナ!!!――』
意識が消える直前、二つ泣き出しそうな悲痛な声が耳に届いた気がした。
うるさいな……ちゃんと眠らせてくれよ……だって疲れてるんから……
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