第39話 超緊急です!!

(レイナの視点に戻ります)


 王子が客室に入ってきた瞬間、俺はとっくにコイツがどこかおかしいに気づいた。


 向かい側のソファに座った王子はずっとボーッとしていて、何かを隠しているような感じがする。


 俺に何かを隠しているとは言え、いつものように俺をからかうためにあえて隠してわけじゃなく、今の王子はまるで許せないことをしたけど、他の人に知られたくないみたいな感じ。


 しかも、普段の目は輝いていて活気にあふれており、よくニコニコして俺を見つめる。でも今日の王子は時折ぼんやりと考え込んで、眉をほんの少ししからめている。目も泳ぎ、顔色もとても悪い。笑顔などは言うまでもない。


 おかしい。おかしい過ぎる。なんで皆もこんな格好してるの? 最初はミリー、そして王子。一体何が起こっているのだ?


「あのさ、王子。ずっとその態度を俺に見せていても解決策にならない。何かあったの?」

「え、あ、なんでもない。最近忙しかったんだ」


 嘘をついていることはわかる。目は避けられず、口調もいつもの自信に欠けている。


 もういいだろ。もう強がらなくてもいいのに。そんな顔を見せて何も話してないなんて。どうしよう。


「まったくもう。言ったじゃない。俺たちの間に何かあったら、遠回しにせずに話し合って解決するんだって。覚えているでしょ? 何か悩み事があるなら言ってみて。一緒に策を考えてその悩みを解決して」


 王子は迷って、しばらく口ごもった。そしてやっと言葉を口にした。


「ごめんなさい……レイナ」


 そしてその後、王子に何を聞いても、曖昧な返事か謝罪の言葉しか返ってこなかった。


 ああもう。このままじゃ何も解決しない。


「王子、これはお前が俺に言ったことだ。逃げるだけじゃ問題は解決しない。忘れたのか?」

「ごめん、でも……」

「もう謝るのはやめて。今お前のやることは、早く俺に何が起きたのかを話せ。お前が苦しんでいる姿を見るのは本当に心配だよ。こんな格好は普段のお前とはまったく違うから。だから、もう一人で抱え込むのはやめよう。ね? 俺たちは友達だろう? 友達って互いに助け合うものでしょ?」


 王子は一瞬ためらった後、決意したかのように拳を握りしめ、深呼吸をしてゆっくり口を開いた。


「実はっ……ミリーさんはっ……第二夫人派に誘拐されたんだ」

「……はっ?」


 ミリーの名前を聞いて俺は驚きで心がざわつき、目を見開い、そして強烈なショックを受けた。


 冗談じゃないよね……ミリーちゃんが、誘拐された……? 彼女が危険にさらされていると聞いて、心が締め付けられるような感じがするんだ。


 そして王子は自分がこのとんでもない情報を受け取った後の準備や誘拐事件の経緯、そして最後に自分が一人でカトリーナと戦うことを話してくれた。


 信じられない。ミリーちゃんが危険にさらされているのに、王子は一人で行動していたなんて。怒りと心配が交錯する。


 ミリーちゃんは俺にとって大切な存在なのに。明らかにこの情報をとっくに知っていたのに。俺も力になれたはずなのに。


 なんで。なんでだ。


「レイナは今、『なんで俺に話さなかったのか』と考えているんだろう。それは、私はミリーさんが君にとってどれほど大切な存在か、そして今回の事件の厳しいさがよくわかっているから。だから……ごめんなさい」


 王子は再び頭を下げながら、悔しそうにそう言った。


「独断な私のせいだ。一人で解決できると思って、でもまさか……ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 王子が何度も悔しそうな表情で謝罪するのを聞いて、俺はどうしたらいいのか分からなかった。


 確かに、王子は自分の能力を過大評価して、一人で解決しようと決めた結果、今回の行動はアイツの負担をはるかに超える困難に直面し、救出の失敗につながった。だから王子にも一定の責任がある。


 でも忘れるな。誘拐事件の首謀者は第二夫人派だ。カトリーナたちこそが責任を負うべき最重要な人たちなのだ。


 もしあいつらが何もしなかったら、こんなに多くの人が傷つくことはなかった。俺の目の前にいる、かつて輝きを放っていた完璧な王子も含めて。


 被害者を責めるのじゃなく、加害者を強く非難するの方が重要だ。あのカトリーナこそが悪い。


 そう考えると、俺の心は少しずつ落ち着いてきた。王子の悔しそうな眼差しを見て、その思いを理解できるようになってきた。


 完璧な王子の外見を身にまとっているけど、どんなに優れていても失敗する時があるんだ。


 年齢に相応しくない大人びた振る舞いをすることが多いから、つい王子がたった15歳の少年であることを忘れてしまった。せいぜい高校生の年齢だということを。


 ちょうどいい機会だ。この事を通じて、自分自身が完璧じゃないと王子に気づけるようになればいい。だって、完全無欠な人間なんて存在していないんだから。


 人生の先輩として、しっかりと教えてやろう。


 ミリーちゃんが危険にさらされた事実にまだ心が受け入れられないけど、俺はしっかりと王子を見つめそう言う。


「ちょっと落ち着け、王子。お前もすごく焦ってるのが分かる。一人で解決しようとして、俺を巻き込みたくなかったんだろう。心配させたくなかったんでしょう」


 そして、俺はテーブルに手を置き、身体を前に傾けた。


「でも、次はもう一人で抱え込まないで。俺がお前の重荷を分担するから。友達だからな!」


 王子は俺の言葉に驚いた様子を見せる。まるで俺がこんな反応をするとは予想していなかったようだ。


「私を、責めないのか……?」

「まあ、お前に責めないのは不可能。だって、お前が一人で勝手にミリーちゃんを救おうとして、それってどれだけ危険なのか分かるかよ!」


 俺は手を組んで厳しくそう言った。王子は俺の叱責を受けて再び自責の念に沈む。


「でもまあ、過去のことはもう過ぎた。どれだけ叱って責めても、現状は変わらないでしょ? だってもう事情が起っちゃったんだから。今大切なのは次に進むこと。最重要の目標は早くミリーちゃんを探して助け出すことなんだ」


 俺は再び身体を前に傾け、王子が不安そうに震える手を握った。


「だから、元気出してよ。ねぇ」


 王子は俺を見上げ、先程の沈んだ表情から少し明るさを取り戻した。


「レイナ……」


 王子は俺を見つめながら、感謝の気持ちで満たされた目をしている。そして俺の手をしっかりと握った。


 これから先、どんな困難に出会っても、俺たちはお互いに支え合い、手を取り合って進んでいく。二度とコイツを危険にさらさないようにする。


「約束して、今は一旦自責しないで。反省は終わった後にする。今は一緒にミリーちゃんを助け出すために全力を尽くそう!」


王子は真剣な表情で俺を見つめ、目に再び希望の輝きが灯った。


「うん。ありがとう、レイナ。本当に感謝する」


 王子が少し落ち着くになって立ち直った後、カトリーナの逃走の詳細を思い出し始めた。


「正直、カトリーナが禁忌の空間移動魔法を使うなんて思ってもみなかった。これは指定した場所に瞬間移動する魔法。彼女がそんな魔法を習得していたなんて全く予想外だった」

「まあ、普通は、人を誘拐した後は人質を安置すれば……拠点の隠れ家だってことだよな?」


 範囲が絞られたのは本当に良かった。少なくとも干し草の山から針を見つける必要はない。しかも、誘拐が始まってからたったの2時間くらい。ミリーちゃんはまだ遠くに連れて行かれていないはずだ。せいぜい王都の近郊だろう。


「レイナ、これを見て」


 王子は鞄からいくつかの地図を取り出した。それはミリーちゃんが監禁されている可能性のある場所だ。


 いろんな地図にはたくさんの赤いクロスが打たれていた。


「うわぁ……拠点だけでがこんなにあるのか。一つずつ探し回らないといけないの?」

「いくつかな収容不適な場所は除外できる。それに、王都を中心に部下に広範囲に捜索をすでに命じている。だから基本的には王都内の拠点は除外できる」

「そうか……それなら、近郊の隠れ家にミリーちゃんを連れていく可能性が高い」


 隠れ家の数は多くないが、互いの距離はかなり遠い。当たったらミリーちゃんを救える。でも間違えれば時間と労力が無駄になる。


 どうする。一体どうすればいいのか——


 ——コンコン。


 俺がそう悩んでいる時、外から軽くノックが聞こえた。


 こんなタイミングは最悪じゃない!? 一体誰だ!? この重要な時に!


「入ってきて」


 そして、専属メイドのシェラさんが部屋に入った。左手に手紙を持っている。


「お嬢様、匿名の手紙が届きました」


 匿名の手紙? 俺宛てなの?


 よく見ると、封筒の裏には日本語で「超緊急です!!」と書かれている。


 王子も見たんだろうな。彼も驚いて両目を見開いた。


「一応中身に危険なものはないか確認したけれど、中の内容は理解できない文字ばかりですわ」


 シェラさんの言葉により、俺はさらに確信した。


 間違いない。これはきっと日本人転生者からのものだ。


「シェラさん! 早く持ってきて!」

「はい」


 シェラさんは手紙を渡して部屋を出て行った。手に取って見ると、封筒には片仮名で「レイナへ」とも書かれていた。


 中身はきっと情報を知っている転生者からの手がかりが隠されているはずだ。さもないと、封筒の外側に緊急内容と明記するわけがない。


 ミリーちゃんを救う手がかりは、この手紙の中にいるかもしれない。

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