第26話 分からない難題


 夕闇がしらないうちにに訪れ、そして待ちに待ったピアノの演奏がもうすぐ始まるんだ。


 演奏会は王都の歴史のある王立オペラハウスで行われる。予想通り、目の前には壮麗で華麗な建物が広がっている。王立オペラハウスの外観は芸術の真髄に満ちており、精巧なデザインと装飾が施されていた。


 外壁は大理石で造られ、華やかな彫刻と浮彫が見事に表現されている。今日はもうたくさん美しいな建物を見てきたが、やはりこんなものは何度見ても圧倒的な迫力を持っていて、すごいしか言えない。


「入ろうか、レイナ」

「あっ、うん」


 オペラハウスの大きな扉は開かれており、重厚な木材で作られ、上部には華麗な金属装飾が施されている。王都の富と贅沢を反映している。


 ロビーに入ると、巨大で美しいシャンデリアに迎えられて、水晶と真鍮の繊細な組み合わせで作られ、柔らかな光を放ち、ロビー全体に温かい雰囲気をしている。さらに、さまざまな花の装飾があちこち置かれている。


 ここにいるだけでまるで500年前のヨーロッパに身を置いているような錯覚がする! ああもう、テンションがどんどん上がっていく!


 扉をくぐる人々の流れは絶え間なく続いている。今回のピアノの演奏を楽しむために集まっているのはほぼ全てが貴族だったことに気づいた。まあ、俺自身も含まれているだけど。


 つまり、一般の平民はこのようなものに触れる機会がほとんどなく、音楽の雰囲気は底辺の階級には浸透していないのだ。音楽を愛し、才能を持つ平民にとっては本当に惜しいことだな。そうだ、次の機会があればミリーちゃんにも見せてあげたい。


「これはこれは……! ようこそいらっしゃいました。エドウィン王子様とレイナ・ナフィールド公爵令嬢様」


 どうやら担当者らしき人が出てきて、直接案内してくれるようだ。しばらく待っていたようだね。


「はいこれ、チケット。案内お願いしますね」

「はい、確かに。では、席までご案内いたします」


 半券を返されて、俺が熱心に見つめているのを気づいたのか、王子は自分の半券と一緒に俺に渡してくれた。


「だと思った。レイナはこれが欲しいでしょう」

「おおお!! ありがとうな王子!」


 コレクション用の入場券は2枚も手に入った! しかもVIP席のチケットだ! ああ、素晴らしい! しっかりと保存しておかなくちゃ!


 わからない人もいるかも、ただのピアノの演奏を見るだけなんて、何がそんなに興奮するのかって。それを教えてあげましょう。


 音符一つひとつが豊かな音を生み出し、優しく温かい音色から力強く迫力のある音色まで。その音色の変化が観客たちに豊かな感覚体験をもたらし、音楽に合わせて感情が揺れ動くのだ。


 そして、ピアノ音楽そのものが持つ感情やストーリー性。音楽家たちはピアノを通じて自分たちの感情や物語を観客に伝える。音楽を使って喜びや悲しみ、愛情や冒険など、さまざまな感情を表現するのができる。


 ピアノ演奏を聴くことは、まるで音楽の物語を聞いているようなものであり、観客は音楽の起伏と感情の変化に合わせて、深い共鳴を感じることができるのだ。


 それに、ピアノ演奏は人々にリラックスや静けさをもたらすこともある。まるで世界中が静止しているかのような感覚に包まれ、音楽のディテールに集中することができ、すべての悩みやストレスを忘れるようだ。この静けさと平穏な感覚は、本当に心地よく楽しいものなんだ。


 まあ、これはあくまでも俺自身はピアノの演奏曲が好きであり、ピアノを弾く習慣があるから、ピアノ演奏から言葉で表せないほどの美しさと興奮を感じるのかも。


 古代のヨーロッパみたいの異世界で、貴族として国中で有名なピアニストの演奏を鑑賞し、他の観客も華やかな装いの貴族男女で、老若男女が揃っていた。


 加えて俺はこれほど大きなオペラハウスを見たことがなく、しかも無料で最前列のVIP席に座ることができるなんて。日本じゃそんな光景を見るチャンスはないだろう。


 いろんな要素が重なり合い、座席に向かう時、俺の心臓は興奮によって狂ったようにドキドキしてた。ミリーちゃんの前でもこんなにドキドキしたことない。


 最前列に連れて行かれた座席は、赤いシルクやベルベットで作られ、金色のリボンや装飾が施されていた。舞台との距離あまりにも近い、手を伸ばせば触れるような感じ。舞台は手の込んだ木材で作られており、上には華やかな黒いピアノが置かれていた。


「まだかなぁ⋯⋯」

「ふふん。興奮が收まらないようだったですね」

「当たり前だろう」


 座席に座った後、ピアニストの登場を超ワクワクして待っている。今の俺はきっと、子供のような興奮の眼差しを浮かべているんだよね。そして、王子は俺の表情が面白いと思ったのか、にっこりと笑ってくれた。まあ、気分がいいから許してあげる。


 しばらく待った後、突然、照明がすべて消え、会場は静寂と闇に包まれた。観客たちは自分の座席に座り、俺と同じように演奏の始まりを待ちわびていた。


 そして、舞台上のピアノに、上方からのスポットライトが闇を切り裂き、ピアノを真っ直ぐに照らし出した。あの有名なピアニストはついに登場だ。


 彼は白髪の初老の男性。年を重ねているにもかかわらず、素敵なテールコート姿は彼の魅力を引き立てている。観客たちは彼に熱烈な拍手と歓声を送った。


 そしてもっとも重要なことなのは……近い! めちゃくちゃ近い! 超近い!! 前の世界じゃ演奏者にこんなに近い距離で見ることなんてなかった! 最前列の席ってこんな感じだったの!?


「うおおぉ! 素敵! マジで素敵だ!!」


 興奮が抑えきれず、思わず声を出してしまった。そしてどうやら初老のピアニストは俺に気づいたかも、手を振ってくれた。


「まったく……本当は礼儀やイメージにもう少し気をつてもらおうと思ってたんだけど……まぁ、今回はいいだろう。私は空気を読めない人ではないから」


 理解してくれてありがとう、王子。今、俺は気分が高揚しまくりだよ。


 拍手音の中、初老のピアニストは一礼して、優雅にピアノの前に座った。そして、会場が再び静寂に包まれると、そのピアニストは指先で鍵盤に軽く触れ、美しい音符を奏でる――



「ふぅーーーわお!!! すご~~~い!! マジですごかった!」


 会場のロビーを出て、体はすでに外の世界にいるけど、俺の心はまだまだあの演奏に酔いしれている。


 なんだそれ! 初めてピアノ音楽がこんなに感動的な気持ちにさせてくれるんだよ!


 さっきの演奏は、まるで音楽に連れていかれるような新たな領域に入り込んだみたい。一つ一つの音符が感情と技巧に溢れ、空中で跳び跳ねて響き合っているようだった。


 会場全体がピアノの音の魔法と魅力に包まれ、まるで現実から離れた世界に連れて行かれたような気分になった。


 なんていうか、さすがオマ王国を代表するピアニストだけあって、彼の演奏は本当に魅力的だった。


「すごい、本当にすごい……超絶すごい……」

「どうやらレイナは感動しすぎて言語力が下がってしまったみたいですね」

「だって! 王子もすごいって思うでしょ!?」

「演奏自体は素晴らしかったけど、私個人的には芸術や音楽などの主観的なものにはあまり詳しくないから、残念ですね」

「そうなんだ……まぁ、これも仕方ないよね」


 それにしても、王子の今日のスケジュールは本当にうまく組まれている。まるで俺のために特別に用意されたのよう。ほとんどの場所が俺の好みに合っている。コイツ、本当に細やかで観察が鋭いんだな。


 オペラハウスを出ると、周りの環境はすでに暗くなり、俺たちを迎えに来た馬車はもう外で待っていた

る。


「今日のお出かけ、もう終わりなのか……」

「そうですね」


 今日は「デート」という名目で王子と出かけてきたけど、正直言って、コイツと一緒にいると結構楽しいんだ。


「今日は一日中俺の好きなことばかりしてて、王子のやりたいことは全然してなっかっただ。本当にいいのか?」

「気にしなくていい。今日のスケジュールは私が心を込めて組んだものだからさ。レイナが嬉しそうな笑顔を見ると、私も嬉しくなるんだよ」


 まったく。腹黒王子のくせいに。今日の王子は本当に思いやりすぎて、うっかり裏に何か陰謀があるじゃないかと疑ってしまう。でもまぁ、スケジュールはうまく組まれているのは確かだ。


「ありがとうね! 王子! 今日は本当に楽しかったよ!」


 そう言っている俺は王子に最も真摯な笑顔を向けた。



 レイナが天真爛漫な笑顔で手を振りながら自分を見送り、公爵邸の背後に姿を消した後、エドウィンは馬車に戻った。さっきのレイナの感謝の声や、甘い笑顔がエドウィンの頭から離れない。


 ドキッ!


(……っ! まただ。この感覚)


 そう思いながら、右手で自分の心臓を押した。さっきのドキッとした鼓動の余韻がまだ残っている。


「はぁ……」


 一人だけの馬車で、エドウィン王子は自分らしくないため息をつきた。


(この感覚、レイナがひとごと生まれ変わる前には絶対になかったはずだ)


 以前、レイナの行動は王子の心を躍らせることはないんだ。完璧な淑女として、彼女は自分の行動を厳格に規制しすぎて、非常につまらないしか見えない。エドウィン王子には全く興味を引かせなかったのだ。


(しかし、なんで今のレイナは私にこんなにも感情の起伏をもたらすのだろう?)


 からかわれた反応が面白いのか? 自由奔放な性格なのか? 気さくな話し方なのか? 時折おっちょこちょいな様子なのか? のんきな行動なのか? それとも以前の完璧な淑女との対比からくるギャップなのか?


(まったくだ。私が分からない難題が存在するなんて……)


 エドウィンは悔しくに右手の親指の爪を噛んだ。


 今日のエドウィン王子も、このドキッとした感覚に戸惑いと悩みを抱えている——。

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