第21話 ただのお出かけ

 俺は部屋の中で大きな鏡の前に座り、シェラさんに髪を整えてもらっている。


 ただ食べ放題に行ってピアノの演奏を聴きたかっただけなのに、なんでこんなに盛大になってしまったのだろう。今更後悔しても間に合うかな。


「はい。出来ましたわ」


 シェラさんの声が自分の注意を鏡に戻った。そして、そこに可愛いすぎる人形がいる。


 こ、これは、俺なの? 本当に俺なのか?


 目の前の非現実感に思わず手を鏡に触れてみた。


 いつもより赤らんだ頬、キラキラと輝く青い瞳、きれいに編まれた赤い髪、白いの可憐なドレス。


 まさに、天使のようだ!! 天使本物だよ!! こんなに可愛いレイナちゃんは今まで見たことない! 非現実的に可愛い! 犯則だよ犯則!!


「今日の着飾る、いかがでしょうか?」

「うおぉ! 美しいすぎて完璧!」


 シェラさんの手さばきは本当に巧みだ。レイナちゃんの可愛さをさらに引き立てている。すごいな。


「ありがとうな、シェラさん」

「お嬢様が満足してくれるなら何よりですわ」


 俺に違うレイナちゃんを見せてくれたことに心から感謝しているけど、これはただの友達との遊びに出かけるだけでしょ? ちょっとカジュアルに着てもいいじゃないか。


 長い廊下を進んで階段を降りると、王子はもうすでにロビーに待っている。


「おはようございます、レイナ」

「ええ、おはようですわ」


 王子は今日いつもと違う服を着ている。華やかなドレスや学園制服でもなく、休日らしい軽快な服装だった。


 膝丈の淡灰色のロングコートを着ており、長身によく似合ってる。


 シャツの内側には細やかで精緻な刺繍が施され、デザインはシンプルだけどイケメンな顔立ちを引き立てていた。


「今日のレイナはとても美しい。そんなにあとのデートを楽しみにしているのか」

「あはは。どうかしらね。エドウィン様」


 くぅ……もう一度言うんだ、これはデートなんかのものじゃない。ただの男の友達と一緒に外出するだけだ。


「では、出発しましょう。私たち二人だけのデートへ」


 ずっと否定したものをもう一度強調しないでくれよこのやろう!!



 秋風がそよそよと吹き抜け、暖かい陽光が王都の街に降り注いでいる。


 建築のスタイルはヨーロッパの町と似ているが、見慣れない文字や人々の服装スタイルがあるから、今は本当に異世界にいるような気分だ。


 今さら実感が湧いてきて少し遅いかな。


「これでようやくレイナと二人きりになれるね、嬉しい」


 隣を歩く王子が俺に言った。


 いや、まず街にはたくさんの人がいるし、俺たちの後ろに三人の護衛みたいな人物がずっとついているみたいので、二人きりとは言えないよね。


 はあ……昨夜と今朝は少し期待していた気持ちがあったのに、王子が「デート」という言葉を繰り返し口にするせいで、気分が冷めてしまった。


 普通に一緒に遊びに出かけるだけでいいじゃない、なんでいつも俺をからかわないといけないのよ……。


「レイナ、どうしたの? 機嫌が悪そうですよ」

「あ、あ〜何でもないよ。気のせいかな」


 どうやら俺はうっかりまた自分の気持ちを顔に出してしまった。もう王子が気づかれたので、きっともっとからかわれるのは間違いないんだろう。


 何事もなかったかのフリに前に数歩進み、そして振り返ると、王子がその場に立ち尽くしている。


「ごめん、レイナ。君の気持ちを理解しているし、何が原因であるかも分かっている。だから、謝罪しなければならないと思う」

「え?」


 まあ、確かに王子の言葉がやる気をそぐた原因になったのは事実だけど、そこまで重々しく謝る必要はないんじゃない。


「私が今日の外出の目的を『デート』と繰り返し口にすることで、レイナの気分を悪くさせたことは理解しているし、そう言っていた時に少しからかいたい気持ちもあったと認める。しかし、そうするのは別の理由もあるんだ。まずは説明を聞いて欲しい」

「……わかった」


 前回の出来事の後、王子はちゃんと「何かあれば直接話す」という約束を守っているようだ。迂回せずにはっきりと伝える。それは俺たちの間の取り決めだったのだから。


「よく考えてみて、今回は私たちの『初デート』、なんですよね」


 うーん……お互いの屋敷に訪れたことはあるけど、一緒に街に出かけたことはない。


「確かにそうだ。で、それでどうした?」

「それが何を意味するか、わかるかな?」


 王子の表情が急に厳しくなった。


「私たちは婚約を結ぶしてから長い時間が経っている。そして今になってこそ初めてのデートをする。他の人からすればどう思うだろう?」

「うーん……俺たちの関係があまり良くないと思われるかもしれない、かな?」

「そう。それだ。その認識が深刻な問題を引き起こすことになる。それは私たちを脅かすことになる。よく考えてみて」


 俺たちを脅かす……なぜ? 誰からの脅威なの? 「婚約者たちの関係があまり良くない」という認識は、政略結婚に関する小説や漫画じゃよく見かけるけど。


 このような状況を喜ぶのは、通常、主人公側と敵対する勢力……ああ。


 そうか、そういうことか。


「第二夫人派か……」

「そうだ。まさにそれだ。彼らはそれを利用して第一夫人派を攻撃し、私たちを不利な立場に追い込もうとするだろう」

「だから、お前はこの状況を打破するために、デートという点を強調して情報を広めたのか」

「そうも言える」


 俺が些細でつまらないことで落ち込んでいる間に、王子はどれだけ計算して考えていたのだろう。本当に鈍いだな俺は。


 それはそうだ。上流貴族の社会は非常に複雑で、策略と陰謀に満ちているからな。はあ……貴族になった待遇は素晴らしいし、物質的な面で悩む必要がないけど、代わりに考慮しなければならないことも増えるんだよな。


「あの、ごめんな。お前の行動が実は意味を持っていたとは思わなかった。何せ俺はお前ほど頭が良くないからだ」

「そんなことないよ。レイナはまだ慣れていないだけだよ。それまでは私が面倒を見てあげるから、安心して。マイハニー」


 うわぁ、もし年頃の少女が王子様からこんな言葉を聞いたら、きっと魅了されてしまうんだろうな。加えてアイツの完璧な笑顔なら、女の子がドキドキして気絶しちゃっても不思議じゃないよね。


 でも俺は男だから、アイツに心を動かされるなんてありえない。だから、俺はただ無表情でアイツを見つめるだけ。


「その表情はどういうことだ」

「気持ち悪いに決まってるんだろう」


 男からそんなことをされたら、どう反応すべきか全然分からない。


「それにしても、お前さ、今回はなんでそんなにはっきりなの? 普段笑顔しているけど内心は暗い考えでいっぱいなんじゃないか。だけどさっきのお前はいつもとまったく違うんだ。そんなのおかしいだよ」

「ふん~レイナは私に暗い風に接してほしかったのか~そっかそっか~そうなんだ~なるほど~」

「なんでまったく違う方向に理解されるのよ!?」


 はあ……なんでコイツと話すとこんなに疲れるんだろう。


「だからさ、今回はデートだと思わずにただのお出かけとして楽しめばいいですよ。なにせ私たちは恋愛関係のない友達じゃないか」


 あ、これは、俺がレイナに転生した後の最初の日にコイツに言った言葉だ。


 その日、俺は恋愛対象じゃなく、ただの友達として接してほしいと伝えたのだ。


 まさか、王子はその日のことをまだ覚えていたのか……。


「うん、そうしよ」


 コイツ、腹黒だけじゃないんだね。意外に配慮深い一面を見せるんだ。

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