第20話 これは決してデートじゃないんだ……
「じゃあ、デートしましょう」
「……はっ?」
王子の言葉に俺は驚いた。
「いや、え、は??」
きっと聞き間違いだと思う。うん、耳がおかしくなった。絶対に。
「で、で……?」
「デートですよ」
……マジかよ?
「いや、ちょっと意味がわからないけど……」
「お礼を言いたいって言ったじゃないですか。だからお返しにデートをすることに決めたんですよ。何か問題ありますか?」
「大問題だよ!?」
「はぁ。こんなに手伝ってあげたのに、レイナくんは本当に冷たいんだね」
「あれはこれと別なものなんだよ!」
「そんなに私とデートしたくないんだね。悲しいです」
王子はそう言って、悲しそうなフリをして顔をしかめた。俺はただ呆然として、王子のペースについていない。
いや、本当になんでこんなことになっちゃったんのだ?
◇
ミリーちゃんと共に幸せな夕食をした後の日は土曜日だったので、俺は王都の屋敷に戻り、一週間の疲れをしっかりと癒やしたい。
……のはずだ。
「こんにちは、レイナくん」
「げっ」
家の廊下を歩いていると、王子が俺の前で挨拶をしてきた。
「おやおや、これは婚約者と会う反応じゃないですよね」
「お前、わざとでしょう……」
「ふふ、さあね」
はぁ、せっかくの休みはアイツに会った瞬間から台無しになってしまった。
まあでも、心の中の喜びがコイツが来られたの不愉快感は遥かに上回っている。
それに、今王子が公爵の屋敷に急に忍び込んできたことにあまり気にしていない。むしろ心の中に押し込めていた興奮を共有できる相手が必要なんだ。
「はあ〜、ミリーちゃんは可愛すぎて堪らないよ〜」
「そうか」
昨日コイツが去った後に起こったいろんなことを興奮しながら話す俺に対し、王子は以前と同じ笑顔で俺を見つめていた。
「ふむ。レイナくんが喜んでいる様子を見ると、私の勝手な行動はこれでよかったということのようですね」
「へっ?」
勝手な行動? それって何のこと?
「ミリーさんが突然勇気を出してレイナくんと話したことについて、何か変な感じはしないですか?」
確かに少し違和感がある。数日前まで意図的に俺を避けていたのに。
「今回のことは全然偶然じゃないんですよ。実は、私はちょっとミリーさんとひそかに話し合ったことがある。レイナくんはからかうつもりはなく、ただ仲良くなりたいだけだと伝えた。でもレイナくんが不器用で素直じゃないから上手くいかなかっただけ。それから再びこのドジっ子にチャンスを与えてもらえないか尋ね、そして図書館で『偶然』に出会うよう計画した」
待て待て待てっ! 急に話しが進み過ぎるじゃない!? それにミリーちゃんに何を話したの!? 不器用で素直じゃないって!? ドジっ子!!? そんなふうに俺を見てたのかお前は!!
ああぁ……穴があれば頭を突っ込みたいよ……。
こんな恥ずかしいことをミリーちゃんに知られたくないのに、王子はそう簡単に話してしまったなんて……。俺のイメージはミリーちゃんの心の中でマイナスになったんだろう。
「あれ、顔が赤いけど、どうしたの? 具合悪いの?」
「だれのせいだと思う!?」
俺はそう反論してると、アイツは突然に手を伸ばし、軽く俺の顎を持ち上げた。
「ちょっ……!?」
ち、近い!! 王子の顔がますます近づいている!
「こ、こら! おい、お前何を——」
ぶつ。
言葉もまだ終わらないうちに、まだ驚いている間もなく、王子は自分の額を俺の額に押し付けた。
「ん……」
い、一体何が起きているのだ……このおかしく雰囲気の中で、アイツの息遣いと温かさが近くで感じられる……
「ふむ、熱はなさそうですね。よかった」
当たり前じゃないのか! バカなことを言ってんじゃねえ!
王子がゆっくりと俺から離れていった後やっと意識した。アイツはさっきどれほどとんでもないことをした。
「……ま、また俺をからかわれたんだろこのやろ!! 俺を誘惑して貞操を脅かすなんて!」
「そんなまさか。私はただ、レイナくんを気にかけたかっただけさ」
またその言い訳をするのか……頭から蒸気が湧いてきそうだ……それに頬が熱い。
冷静になって、深呼吸をして、王子のリズムに乗せられないようにしないと。
でもまあ、考えてみれば、王子の助けがあったからこそ、俺とミリーちゃんの関係が進展する機会ができたんだ。自分一人だけなら、卒業まで進展しなかったと思う。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ。悪かったね」
「……はあ」
まあ、俺の外見は超絶の美少女になったけど、王子は俺に魅了されても仕方ない。でも、内面がまだ男である限り、俺はまだ男だ!!
「さて、本題に戻ろう。今お二人が仲良くできるのは、レイナくん的なスタイルで言うと、『結果オーライ』、かな」
くっ……『結果オーライ』、か。
悔しいけど、認めたくないても……俺とミリーちゃんの関係は第一歩を踏み出せたのは、確かに王子のおかげだ。いつも冗談半分でからかってくるけど、肝心な時に助けてくれる……。王子に感謝しなきゃ。
「あ、ありがとうな、王子。助けてくれて」
「いえいえ。婚約者の手助けは当り前のことですよ」
「ほら、その……お礼として、何か欲しいものある?」
「ふむ。お礼か……レイナくんからお礼を言われるなんて珍しいですね」
「だって、今回本当にいいチャンスを作ってくれたんだから」
本当に王子に感謝しているんだ。そのお礼は先ほどの行動のように過度なものでなければ、受け入れられるだろうと思う……
「じゃあ、デートしましょう」
「……はっ?」
――そして、最初の会話に戻る。
これは一体どういう展開だ。王子の話し方や考え方が常に抜け出すのはわかっているけど、今回はいつもより抜け出すとは思ってなかった。
「そうか。レイナくんは私がそんなに嫌いなのか。悲しいですね。レイナくんにこんなに愛しているのに」
コイツ、感情を利用してくるのか。その子供じみた小芝居は俺の心を動かさないぞ。
「そういえばレイナくん、ピアノが好きだったよね」
いきなりピアノの話題になった。もう王子のことがわからない。
「ああもう、この前言いたいことは早く言おうって言ったじゃない。遠回しないで早く本題を言ってよ!」
「まあまあ。急がないでよ。本題に入る前に前置きは必要なんだからさ」
どうせいいことではなさそうだろう。はあ、やっぱりこの腹黒王子のを治めるにはまだまだ努力が必要だ。
「まったく……。そうだよ。俺はピアノが好きだよ。それがどうした?」
「ふふ。それで良かったですよ」
そう言うと、王子は暗くてずる賢い笑顔を浮かべた。
「もし、私とデートに行くとこれが見られるって言ったら、どう思う?」
そして、王子は手を服の中に入れ、ポケットから二枚のチケットのようなものを取り出した。
「王立オペラハウス。オマ王国で名高いトップピアニストが明日ここで演奏するんだ。私は王子だからチケットを手に入れるのは簡単だよ」
「トップ、ピアニスト……」
チケットを二本指で挟んだ王子が、俺を誘惑しようとしているのように振り回している。
「もちろん、これは特等席だからね。演奏者との距離も近いの、特・等・席だよ」
「うぐっ……」
やばい。体がこの提案に素直な反応を示してしまった。確かに魅力的だ。
ピアノを自己学習する前から、純音楽のピアノを聴くのが好きだった。学んだ後はなおさらだ。前世でもたまに現場のピアノ演奏を聴いていた。そして今、無料で特等席が手に入るなんて。無料で、特等席だよ。こんなことが起こるなんて想像もしなかった。
「では、どうする?」
「う……うぐぅ! だめ! だめだめ! これはただ俺を、で、デートに騙すための手段に過ぎないんでしょ! 俺はそんなに簡単に引っかかったりしないよ!」
「そんなことないよ。ただレイナくんが喜ぶかなあと思ってさ」
我慢しなくちゃ……ここで我慢しないと。王子の誘惑に屈してはいけない。意志を貫き、ちょっとした利益に軽々と引っかかってしまうんじゃ――
「――もし、これを加えたら、どうだろう?」
また服の中から何かを取り出している……。
「王都で有名な高級レストラン。通常の手続きだと予約してから1年待たないといけないけど、この招待券があれば明日、食・べ・放・題を楽しむことができるですよ」
「行きたい!! これは絶対に行かないと!」
「ふぅん~」
「……あっ」
違う、違うんだ! どうしてこんなに簡単に屈服してしまうんだ俺!
「ふふ、やっぱりレイナくんは食べ物が一番ですね」
「こ、このやろう……」
油断した。アイツに隙を見つけられてしまった。なんで俺だけが弱点を見つけられるばっかりなんだろう。
いま心の中で二つの声が語りかけている。天使の俺は「絶対に約束しちゃダメ! これはデートだぞ! 男の尊厳を保つんだ!」と言う一方、悪魔の俺は「やった! 無料の食べ放題とピアノ演奏を見逃すわけにはいかない!」と言っている。
「明日、私とデートする約束をしたら、特等席も食べ放題も無料で手に入れられるんだよ」
「うぐぅ……」
こんな……こんなもの、どうやって拒否できるんだ! 本当に魅力的すぎる!!
「はぁ、まったく。しょうがないなあ」
「約束するとしていいのかな」
「そうだね! 二回目を言わせないでよ!」
「ふふ。楽しみだな、レイナくんとのデート」
そして王子は何を考えているのかわからない笑顔を見せた。
誤解しないでほしい、これは決してデートでじゃないんだ……
二人の男がこのような状況で外出する場合、せいぜい友達同士で遊びに行く程度だ。うん、ただ遊びに出かけるだけ。
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