第19話 二人だけの秘密


 太陽が沈み、空はまだ完全に暗くなっていない。俺たちはあまり生徒がいない図書館から学園の食堂に向かった。


 アイスブレイクの後、やっとミリーちゃんと楽しくおしゃべりできる。


 王立学園の生徒は放課後、特に用事がないなら寮に帰るか、王都にある自宅に帰ることが多いから、今は学園全体でほとんど人がいない。俺たちのように学園内で勉強や研究をする学生がいくらかいるだけ。


 こうなるとミリーちゃんと二人きりの時間を延ばすことができる。しかもこれがミリーちゃんとの初めての夕食デートみたいなものだ。素敵。


 食堂につき、人の流れも図書館と同じくらい少なかった。


 ミリーちゃんを注文カウンターに連れて行こうとしていると、俺は遠くになんとなく見覚えがある顔があるのに気づいた。


 それは……兄のウィルさんじゃないか。


 こんな時間まで学校にいるのか。おそらく学術研究のために残っているんだろう。


 そう言えば、学園に入ってから兄に挨拶していなかったな。顔を出しに行くべきか。


 いや、待てよ。ちゃんと兄の方をよく見ると、彼の向かいには一人の女の子が座っているのを気づいた。


 その子は長い亜麻色の髪があって、髪の色によく似合う茶色の目をしていて、体形は細く、容姿はとても美しい。彼女はウィルさんにわいわいと話している。


 一方、ウィルさんはただ静かに耳を傾けている。気のせいかもしれないが、ウィルさんはちょっとどうしょうもないそうに見えるんだけど。


 この子、すごく元気があってな。話す時も楽しそうで、目もキラキラしている。


 ああ……これはどう見てもあれだ。見るだけでわかる。あの子は兄に狙ってる。絶対にそうだ。


 モテるっていいな。さすが次期公爵を継ぐ人だ。これが知識系イケメンの魅力か。羨ましいな。俺みたいなバカじゃ絶対にできないだろう。


 でもまあ、ふふ、俺は気がきく人からね。ここで若い男女を邪魔しないようにしよう。


「おお! 夜になったらランチと違うメニューが出るなんて思ってなかった。私はいつも寮の食堂で夕食を済ませていたので知らなかったわ」


 ミリーちゃんの声が、俺の注意を兄のウィルさんから引き戻った。


 確かにそうだね。シェラさんは寮で夕食を用意してくれるから、俺も知らなかった。


 ここのセットメニュー、どれも美味しそうだな。これも食べたいし、あれも食べたいな。


「ミリー、何が食べたい?」

「うーん……じゃあ、私はAセットにしようかな。パスタが好きだから」


 そうか、ミリーちゃんはパスタが好きなんだな。ふむふむ、メモしておこう。今度自分でミリーちゃんにパスタを作るかな。


 でも、俺は今日の昼にもう王子とパスタを食べたから、ちょっと違うものが味わいたい。


「じゃあ、私はDセットにする。それともう一つ……あっ」


 ……あ、危なかった! もう少しでいつものように迷ってから結局どっちのセットメニューも頼んじゃうところだった。


 実は俺……食欲が大きいんだ。マジですっごくでかい。


 前の世界で俺はありえないほど食えるから、バカな友達から「暴食の悪魔」と呼ばれていたんだ。レイナちゃんに転生した後も、相変わらず食欲があるんだ。


 幸いなことに、レイナちゃんの体は食べても太らない体質のようだ。つまり、どんなに食べても体重に反映されないってこと。


 でも今この状況はそんなことはできない。ミリーちゃんは隣にいるんだ。自分のイメージを考えれば、失礼な姿を見せるわけにはいかない!


「どうしたの、レイナ? さっきから急に静かになって」


 ……あ、まずい。うっかり考え込んでしまった。ミリーちゃんに心配させてた。


「あ……ああ、何でもないよ! あはは......」

「そうか……それならいいけど」


 結局、ミリーちゃんに知られないように、Dセットしか頼んでしまった。


 だが、料理がトレイに盛られた瞬間、後悔感が襲ってきた。


 す、少なすぎる……


 これじゃどうやって俺の食欲を満足させるかい! この量は昼食の3分の1くらい減ってるみたいだよ!


 いやダメだ、今は我慢しないと。一時的に欲望に従うことはやめよう。


 頑張ろう、俺。こんな些細な問題なんて大したことないじゃない。少し我慢して、ミリーちゃんと別れた後にこっそり食べていいんだ。


 そして、ミリーちゃんと食事しながら楽しくおしゃべりする時間を過ごした後、気づけば目の前のパエリアを完食していた。一方、ミリーちゃんは俺に比べてゆっくりと食べていて、彼女のパスタはほとんど触れられていないようだ。


 でもそう言えば、ミリーちゃんは幸せそうに食べている姿は本当に可愛いだな。うんうん、素敵だな素敵。


 ミリーちゃんを見ていると癒されるけど、お腹はまだ空っぽだ。この消されない微かな空腹感がいつまで続くのだろう……


「ごめんね、レイナ、待たせちゃって」

「ううん、そんなことないよ」


 ミリーちゃんを待つのは全然構わない。この苦しみは何ともない。それに、ミリーちゃんの食べる姿をじっと見るのができるし──


 ぐぅ──。


「!?」

「……え?」


 この恥ずかしい音がお腹から漏れた瞬間、静まり返った空気が二人の間に広がった。


 お前は空気を読めねぇかよこのお腹め!! なんでこんなタイミングで鳴るんだよ!? ミリーちゃんにそれを聞かせちゃうなんてあああ!!


 きっとこんなにたくさん食べてもお腹がまだ空いている俺を不思議に思うだろう……


「あ、あはは……き、今日の天気、いいよね……!」


 何を言っているんだ俺!! これじゃますます空気がおかしくなるじゃないか!!


「あ、あぁ。ま、まあ、その......何も聞いてないから──」


ぐぅぅぅ────。


「「……」」


 終わった。


 お腹が二度目に鳴る音が、場を取り繕おうとしたミリーちゃんの言葉を遮った。


 とうとう、ミリーちゃんに俺の恥ずかしい一面を見られてしまった。全部終わった。


 絶望に打ちひしがれ、俺は両手で自分のほおを隠した。触れてみると、ほうはこんなに熱くなっていたなんて。


「あわわ……どうしよう……」


 小さな声で慌てるミリーちゃんの言葉が聞こえる。この状況でミリーちゃんもなにをするのか分からない、俺はなおさらだ。


 今の雰囲気を和らげる方法を考えなければ。


「れ、レイナ! 恥ずかしいと思わないでください! 実は、その、私も秘密を教えるよ!」


 えっ?


 なんだって? ミリーちゃんが秘密を教えてくれるって? それに自ら?


「他の人には言ったことないんだよ。私ね、食欲が小さいから、食堂のご飯をいつも食べきれなくて、それがもったいないって思うんだ。平民だった頃はあまりたくさん食べることもなく、そんなに食べることができるわけでもなかったから、そんな量で十分だと思っていたんだ。貴族になってからは毎食が豪華になったけど、本当にあの食欲でそれを食べ切れないよ」


 ……初めてミリーちゃんが一気にこんなにたくさん話しをするんだ。


 ゆっくりと手をほおから離してみると、ミリーちゃんも俺と同じように顔が真っ赤になっていたのを気づいた。


「それでね、これからもレイナと一緒に食事する機会があれば、互いに補い合えるようにしようになれる。つまり、私は少しだけしか食べられないから、半分をレイナにあげるんだ。それでレイナが満腹になれるよ! いい提案でしょう?」


ミリーちゃんはそう言って、恥ずかしそうに俺に笑顔を向けた。


 えっ、つまり、これからもミリーちゃんと一緒にご飯できるってこと?


「あ、うん、結構いいですね、その提案。ありがとうね、ミリー」

「えへへ。これはね、私たち二人だけの秘密だよ」


 そしてミリーちゃんは人差し指を唇に当てて「シー」をした。


 っ!!!


 か、可愛すぎるだろうこの仕草!! 心臓が1万ダメージに受けたような感じ。


 今日は本当に幸せだな……。

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