第17話 俺をハメやがって!

「どっちの方がいいのかな……」


 気分転換のために本を読んていたが、途中から注意力がいつの間にそらった。


「この前、レイナくんはまだ落ち込んでいたそうだったのに、今日は何か悩んでいるみたいですね」


 向かいに座った王子はくすくす笑いながら俺を見つめていた。


 今はもう放課後。俺たち二人は学園の図書館で人の少ない片隅にいる。


 コイツは「学園の静かな場所でレイナくんと二人っきりでイチャイチャがしたい」とか言って、ここに連れてきた。相変わらず気持ち悪い奴だ。


「はぁ……しょうがないでしょう。既にミリーちゃんに対して公爵令嬢の身分を捨てて、本当の一面を見せることを決めた以上、どんな自分を見せるかなぁって」

「なるほどですね」

「『レイナちゃん』か、それとも『俺』を見せるのかわからない」


 でもこの2つの選択肢しかないなら、ミリーちゃんを騙すか、秘密を明かすか、どの状況でもリスクがある。どうしよう……。


「ねえ、王子。ミリーちゃんに俺の秘密を明かすのはいい考えだと思う?」

「うーん……身分の隔たりが二人が仲良よくするのを妨げていることは理解したが、そこまで積極的にするのはちょっと行き過ぎかもですね」

「でも、そうしなければ心がなんか不自然に感じるんだ。まるでミリーちゃんに嘘をついているみたい」

「ミリーさんに嘘をつくこと、あの日のレイナくんはもうしたじゃないですか?」

「うっ」


 それは確かに……。ただ、この問題だけじゃない。やっぱりレイナちゃんは本当の俺じゃないから、レイナちゃんモードに切り替えても不自然なところがあるんだ。


「レイナくん、一つ誤解していることがあるみたいですね。ミリーさんと話すとき、男の君の口調を使うのは大丈夫けど、自分の秘密を明かす必要ない」

「どういうこと? そうすると別の言い訳で説明をしないと」

「説明する必要もない。誰もが知られていない一面を持っている。その一面を見せたとしても、特別に説明をする必要はない。例えミリーさんが違和感を感じるかもしれないでも」

「それって……」


 王子の言葉は一部だけ正しいと思う。この封建社会は残忍な現実が存在する。もしそうすると、ミリーちゃんが俺の口調に驚いて、うっかりと他人に『俺』の一面を漏らしてしまった場合、それによる連鎖的な影響は予測できないほどの結果をもたらすかも。


 その時、俺だけじゃく家族にも悪い噂が広がる可能性がある。このようなリスクがあるから、たとえ俺はどれだけミリーちゃんと仲良くがしたいでも、どれだけミリーちゃんを信じるでも、迷いのも当然だ。


「やっぱダメなのか……。他にどんな方法があるんだろう、王子?」

「レイナくん、こんなつまらないことに悩む必要はないと思うが、しばらく落ち着くのはおすすめですよ。そうすると思考が少しクリアになるかも」

「落ち着いたいと思ってるのに、深呼吸までしてみたけど、ダメなんだよ」


 先ほど考えた方法がうまくいかないなら、他にどんな方法があるのだろう? それとも原点に戻って、一歩ずつ進むか? でもそれなら前回の学校生活の失敗を繰り返してしまうかもしれない。


 ドンッ。


 俺は無力で頭を垂れ、机にぶつかって音が鳴った。


「うおぉ……」


 そして俺は本を頭の上に被って、意味不明な音を出していた。


「レイナくん、気持ちはわかるけど、ここは図書館なので、礼儀に気をつけた方がいいですよ」

「うん……」


 そして俺は渋々と体を直った。


 正直、もし学園でミリーちゃんという心を躍らせるような女の子に出会わなかったら、今俺がこんなに悩んだり、感情の起伏があったりすることもなく、ただ普通の貴族学園生活を送っていたんじゃないかな。


 今はあの子のことばかり考えるようになってしまった。このままじゃ生活にも影響が出てしまうし、これ以上はいけない。


 あの子と関係を進展させるか、関係を断ち切るか、どちらかを選ばなければならないんだ。


 でも突然にミリーちゃんとの全ての関係を断ち切るなんて、なんだか嫌だ。あまりにも徹底的すぎる。お互いにも困っちゃうから。


 結局は原点に戻ってしまった。いい方法が思い浮かばないから、俺はため息ばかりついていた。


 そんなことを考えながら、俺はちらっと王子を見る。アイツの垂れ下がった金髪がピカピカていて、宝石のような青い眼が集中に本を読んでいる。


 コイツ、頭が良いて羨ましいなあ。常に素晴らしい考えを思いつくので頼もしい。俺とは完全に正反対の存在。


 もちろん、王子に助けてもらうという選択肢はある。レイナちゃんの記憶を通じても、俺自身の経験でも、アイツが非常に賢いでよくわかっている。


 でも、でも! 俺にも自分のこだわりがあるんだ! アイツに助けてもらうと、なんだか俺が負けた気がするから……


 もちろんこんな幼稚な理由だけじゃない。もし王子にいつも助けてもらうと、アイツが俺とミリーちゃんの関係の中で必要な存在になってしまうかも。そうだとしたら複雑で面倒な三角関係になってしまう。


 それに加えて、可能性に過ぎないが、俺なんかよりもミリーちゃんは王子の方との関係を深めたいかも。アイツは少女たちが憧れる輝く王子様だから。ミリーちゃんを奪っちゃうかも。


 はぁ……ここまで来たら仕方ない。心の中でいくら嫌でも、今は王子に頼むしかない。


「ねぇ、王子」

「どうしたの?」

「えーと……実は……その……」


 くっ、実際に頼みたいと口に出す時になると、言いづらくなってしまう。


 それに、アイツは俺が何を言おうとしているのかをもうわかっているような顔をしたが、答えてくれないん。ああもう。


「……お、お願いだ王子、手伝ってもらえる? もうこれ以上いい方法が考えつかないだ。お前の頭脳が必要だ」


 ふぅ、やっと言っていた。よく頑張ったな、俺。


「もちろんですよ。頭の中にすでに5つの実行可能な作戦プランがあるよ」

「おお! 頼もしい!」

「ただし、それらの計画はレイナくんにとっては少し難しいかもしれないですね」

「え? どういうこと?」

「でもレイナくんならきっと対応できると信じてるよ」



 そして、王子はその5つの作戦プランを詳しく説明してくれた。だがその過程はあまりにも複雑で、ただそれをどうやってミリーちゃんと仲良くできるかを分析してだけで、頭がもう爆発そう。


 加えてその作戦を実行する際には臨機応変さも必要になるかもしれない。なんかその時俺の惨状がもう想像できる。


「俺はバカで本当にごめんなさい……」

「まあそんなに落ち込まないでよ」


 あきらめる方がいいのか。これが俺たち三人にとっても良い選択かも。


 そんなことを考えているうちに、王子は遠くを見てから意味深いな笑顔を浮かべていた。


「気落ちしないで。実はまだひとつ方法があるですよ」

「どうせ俺にはできないことだろう」

「いや、これならたとえレイナくんでも頑張れば達成できることなんですよ」

「どんなに頑張っても意味がない」


 それにたとえレイナくんでもってなんだよ。


「もし、今すぐにミリーさんとしっかり話をするチャンスがあるなら、どう思う?」

「……えっ?」


 どういうこと? 今すぐに、ミリーちゃんと話す? なに言っているんだコイツ。そんなことが起きるわけがないんだろう。


 王子は再び俺の背後を見つめ、手招きして後ろの誰かを呼ぶように合図した。


 そして俺の視線も王子が見ている方向に向けた。


 ——……なっ!?!?


 目に映ったものはマジで信じられない。驚きすぎて言葉が出てこない。


 み、ミリーちゃん?! いつの間に俺の後ろに!?


 ミリーちゃんはまるで何かを隠そうとしているように、両手で教科書を抱え、不審な動きをしていた。そして俺と目が合った瞬間、すばやく視線をそらした。


 だが、今回ミリーちゃんは俺から逃げるのじゃなく、王子の呼びかけに応じて近づいてきた。


 そして……ミリーちゃんは俺の隣に座ってた!!


 しかも座った後、意図的に俺との距離を広げていない。腕を少し伸ばせば触れるくらいの距離だ。


「……ご、ご機嫌よう、エドウィン様、れ、レイナ様……」

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

「は、はい……」


 王子が言っていたのはそういう意味か……。全然心の準備ができていない……


 状況が突然すぎるから、どう反応すべきか分からない。ただ目の前の本をぼんやりと見つめるしかない。


 図書館の片隅で静寂が広がっている中、ミリーちゃんが机の上の教科書を整理する音や、呼吸の音が、まるで拡大されたかのように鮮明に聞こえる。


 その時、王子は突然立ち上がり、俺たち三人の間の沈黙を打ち破った。


「ああ、思い出したんだけど、生徒会の会議に参加しないといけないですね。もう行かないと」



 ……は?


 待って、なんだって?


「ミリーさん、何かわからないことがあればレイナ嬢に質問しても大丈夫ですよ」

「は、はい! わかりました!」

「レイナ嬢も、ミリーさんをきちんと世話をしてあげてね」

「……」


 ……なんの展開だ、これ……?


 これって、俺とミリーちゃん二人きりになってしまったじゃない?!


 普段なら嬉しいが、こんな状況は全然嬉しくなれない。


 生徒会の会議なんて、絶対に噓だ。こんな絶妙なタイミングでそんなことが起きるなんてありえない。


 王子の背中はどんどん遠くなっていく。本気かよアイツは!


 おい! 行かないで! ひとりにしないでよ!


 でもどんなに心の中で叫んでも王子の足取りを止めることはできない。


 この腹黒王子め! 俺をハメやがって!


 ……こんなにも王子がそばにいてほしいのは初めてだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る