第6話 お固い竜王様の執事
竜王山脈の麓にある竜王様の祠に着いたのは夕方だったので、馭者には領都に戻って貰い明日の昼頃にまた来てくれと父上が頼んで帰って貰った。
私たちは祠内部で夜を過ごし、明日の朝に竜王様の元に飛ぶ事になった。その日の夕飯は私が準備した。
「こ、これは何だ? リョージ?」
「リョージ様、こんな食べ物見たことがありません!」
私が夕飯として用意したのは牛丼である。前世で私が幼少の頃はちゃんと陶器の丼でお持ち帰りが作られていたあの吉◯家のものだ。
父上には大盛りで、私とサクラは並だ。箸はこの世界ではまだ見たことが無いのでスプーンを2人に手渡して先ずは私から食べた。
う〜ん、美味い。ちゃんと昭和50年代のあの味だ。私が食べているのを見て2人も恐る恐る食べ始めた。
「ッ! ウマーイッ!!」
「おいひいれしゅ! おいひいれしゅっ!!」
2人のスプーンが止まらない。
「プッはァーっ、食った! 満足だ!」
「物凄く美味しかったです〜」
満足してもらえたようで良かった。私は父上に話す。
「父上、これもレシピを使って領地で作れるようにしますからね。オニョンと角牛の肉、それに米が主材料です。後は醤油と砂糖、酒、味醂があれば作れますから」
「おおっ!! これなら領民たちも満足するな! それにこれを目当てに食にうるさい人も足を運んでくれるだろう!」
今世には幸いな事に醤油も酒も味醂もある。砂糖も少し高価ではあるがあるにはある。うちの領地でもサトウキビが生産されているが殆ど隣の領地に販売しているので在庫が少ない。が、これからはそれも考え直すつもりだ。
お腹が一杯になったので眠くなった私たちは私の収納に入れておいた布団を取り出して祠内部に敷いて眠りについた。
翌朝である。
「ソージ殿、王がお待ちです。お急ぎ下さい」
物凄い無表情の執事の格好をした人に起こされた…… 誰?
「うわぁっ!? ファーヴニル殿!!」
父上が驚いて飛び起きた。うん、ファーヴニルとはゲルマン神話に出てきた名前だな。確かジークフリートとやらに殺されたとか……
今世では竜王様の執事さんなのか。
飛び起きた父上はヨダレを垂らして寝ているサクラを起こして直ぐに支度しますとファーヴニルさんに言っている。
「ソージ殿、支度は必要ありません。直ぐに参りましょう」
そうファーヴニルさんが言ったら私たちは既に玉座の間へと飛んでいた。
「久しいな、ソージよ。そちらがそなたの子か?」
「は、はい、竜王様。このような格好で申し訳ありません。こちらが私とアンナの息子でリョージと申します」
玉座に座られているのが竜王様か。その威厳は途轍もないな。ちょっとチビりそうだ……
「フム、リョージという名か。良い名だ。それに創造神様の加護とリヴァイの加護が見えるな。ならば余からも加護を送ろう。受け取るが良い、リョージよ」
竜王様がそう言うとリヴァイ様の時と同じように光が伸びてきて私の体内へと入っていった。
「創造神様の思惑が分からぬ故にあまり大きく強くはしてやれぬが多少は強くなっておろうよ。後で確認するが良い」
その言葉に私は喜びに打ち震えた。
「有難うございます!! 竜王様!!」
思わず畏敬の念も忘れて大声でお礼を言ってしまった程だ。
「フフフ、良い良い。それでリョージには聞きたい事があるのだが……」
「はい! 僕でお答え出来ることなら何でもお聞き下さい!」
私はちょっと威厳がありまくって怖いけど竜王様の事が大好きになったのでそう返事をした。ひょっとしてチョロいのは私か?
「ウム、余の祠で食べていたモノの事よ。我が父である竜神様にお尋ねしたらリョージが創造神様から賜ったスキルから来ていると聞いたのでな…… 余は酒が好きなのだが余が飲んだ事のない酒などもあるのだろうかと聞いてみたくてな」
何と竜王様がまさかのお酒好き! しかし私は今世ではまだ5歳。この世界の酒については何も知らない状態だ。しかしながら私を僅かとはいえ強くしてくださったであろう竜王様の思いにはお応えしたい。
「竜王様、僕はまだコチラの酒については何も知りません。なので僕が前世で大人だった時に好きだったお酒を何種類かお出ししようかと思います。勿論ですがお酒のおつまみも一緒にお出し致します。何処にお出しすれば良いでしょうか?」
私の言葉を聞いた竜王様の顔が綻んだ。あ、笑われるとあんなにも優しそうなお顔になるんだ。
しかしそこに待ったをかける人が居た。
「なりませんぞ、バハムル様! まだ朝でございます。朝から酒を飲むなど他の竜たちに示しがつきませぬ!!」
ファーヴニルさんだった。途端に竜王様ことバハムル様のお顔が険しくなる。チビりそうだ……
「何じゃ? 勿論だがちゃんとファーヴニルにも飲ませてやるぞ? それでもダメか? お主も興味があろう、異世界の酒に。フフフ」
悪いお顔だ、バハムル様が共犯者を作ろうとする悪いお顔をしているぞ。
「バハムル様、私が酒の誘惑に負けるとでも? 仕事中の私がそんなものに負ける事はありません。とにかく今から酒を飲む事は禁止です」
ファーヴニルさんの固い一言によりバハムル様の顔がまた怖くなる。
そんなバハムル様が私を手招きしてきた。近づいた私にバハムル様が耳元で話しかけてくる。
「リョージよ。お主、昨日の夜に食べていたようなモノよりももっと肉肉しい料理は持っておらぬか? ファーヴニルの奴は酒も好きだがそれ以上に肉が好きでな。余も好きではあるがアヤツほどではない。余は酒の方が良いのでな。だがファーヴニルの奴を説得する為に持っておるなら肉肉しい料理を出して欲しいのじゃ」
説得ってお酒を飲む為のですよね? けれどもバハムル様にはたった今恩義を頂いたばかり……
私は受けた恩義を仇で返す訳にはいかないと考える。そこで取り敢えずファーヴニルさんに提案をしてみた。
「あの、ファーヴニルさん。僕たちも朝食がまだなので、もしよろしければバハムル様やファーヴニルさんもご一緒に如何でしょうか? 朝から少し豪華なお食事をご用意させて貰いますから」
私の提案によりファーヴニルさんが折れてくれた。
「フウー、分かりましたリョージ殿。バハムル様、酒は無しですからね!」
ちゃんと釘を刺すのはさすがですが、ここからが私の腕の見せどころだ。
私たちはバハムル様も含めてファーヴニルさんの案内で食卓へと向かった。で……
「おい、リヴァイよ、何でお主がここにおる?」
「フンッ! 何よ! 何か文句でもあるの? 30年ぶりに顔を見せてやったって言うのに」
「あ〜…… イヨよ? こ奴はどうしたのだ?」
「はい、バハムル様。どうやら水晶を用いてリョージ様を覗かれていたらしく、今からリョージ様がご朝食を出されると盗み聞きをなされて居ても立っても居られずにコチラに転移なされました。勿論ですがワタクシも同じ気持ちにございます。リョージ様、朝食後のデザートを期待しております」
イヨさんの返事にファーヴニルさんがコメカミを抑えている。
「イヨよ…… 私の教育が間違っていたか? 我が娘がデザートごときに夢中になるとは……」
「お言葉にございますがお父様、食べれば分かります」
イヨさんはファーヴニルさんの娘さんなんだ。リヴァイ様とバハムル様の関係はどうなんだろう?
「フム、まあ来たのなら追い返す訳にも行くまい。お主も食べて行くが良い。しかし太ったな、お主」
「キィーッ!! そういうトコよ!! アンタのそのデリカシーの欠片も無い言葉がダメなのよ!!」
「フンッ! 余は竜王ぞ。真実しか口に出せぬのだから仕方あるまい」
私はお2人の会話から夫婦か親子だと見当をつけたのだが、ファーヴニルさんがお2人を止めた。
「お2人ともその辺りでお止め下さい。人族の方も居られるのに竜族の威厳が損なわれてしまいます。王妃様も30年ぶりにこの宮にお戻りになられたのですから痴話喧嘩は人族が居ないところでお願いいたします」
「相変わらず固いわねぇ、ファーヴニル」
リヴァイ様はバハムル様の妃様だったと分かったよ。ファーヴニルさんはリヴァイ様のその言葉を無視して私に言ってきた。
「思わぬ客が増えましたが大丈夫ですか、リョージ殿?」
「はい。大丈夫です、ファーヴニルさん」
私は先ずは様子見として豚の生姜焼きを取り出した。1人一皿で肉は1枚しか乗せてない。勿論だがワザとである。
次に取り出したのはトンカツである。コチラは地球で出される量の3分の1だ。
私が出したモノを見てバハムル様がコソッと言ってきた。
「のうリョージよ。ちと少ないような気がするぞ」
フフフ、バハムル様でも分からないでしょうね。私の真意は先ずはこれらを食べて貰う事にあるのだ。
「少ないですが先ずはお試しでお召し上がり下さい。お気に召すようならば他の料理を大量に出します」
私の言葉に全員が席につき先ずはトンカツを一口パクリ。
ちなみにだがこの世界の料理に関しては醤油や味噌󠄀などの調味料が出来ているのだが、日本でいえば江戸時代初期〜中期ぐらいだと思っている。揚げ物はまだないし、パン粉という概念も出ていない。
で、パクリとしたみんなは固まっている……
「コレはウマーイ!!」
父上は牛丼を食べていたから多少の免疫がついていたのだろう。いち早く凝固から復活した。
「リョージしゃま、おいひいれす!」
サクラもまた同様だ。
肝心のファーヴニルさんは……
無言でトンカツを食べ終え、生姜焼きに取り掛かりまた固まってしまった…… そして……
「リョージ殿、そのう…… 【アレ】だ、ホレ、コレだけではまだ何とも言えぬというか…… も少しソレ、あの……」
フッフッフッ、掛かったなファーヴニルさん。
「ええ勿論ですよ、ファーヴニルさん。でもその【アレ】を出すならばやっぱりお酒もオススメしたいんですよねぇ…… 少しだけでもダメでしょうか? 少しだけお出し出来るならもっと凄いモノをご用意出来るんですけど……」
私の言葉に葛藤しているファーヴニルさん。そして彼は肉の誘惑に負けた……
お固いようだが肉でイケるならば娘であるイヨさんやリヴァイ様と同様にチョロいと思ったのは内緒である……
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