第23話 金の糸車



「ふむ、糸車か。なるほどのう……」



「多分そうだと思うんですけど」



 閉店した酒場でマスターさんにコーヒーを淹れてもらいながら、座敷わらしちゃんが求めている『ころころ』の正体について相談する。



「確かに、ウチの店には糸車がある。今は使ってないから、物置部屋で埃をかぶっておるがの」



「やっぱり、お店の名前もその糸車から?」



「ああそうじゃ。妻がの、紡績屋をしておったんじゃ」



「ぼうせき? それって、綿とかから糸を作るっていう」



「ほう、詳しいのベルベルさん。昔は2階の部屋で紡績の作業をしておっての。今の2-1は糸にする綿花や動物の体毛なんかの素材を保管しておく部屋、ベルベルさんが泊まってる2-2は紡いだ糸の在庫部屋、2-3は糸車の部品やメンテナンスの作業場、そして2-4は、糸車を使って糸を紡ぐ部屋……」



「その、今は奥さんは……」



「去年、病気で亡くなってしもうた」



「そうですか……あの、つらい事を聞いてしまってすいません」



「大丈夫じゃよ。数年前に身体を壊してからは、大掛かりな紡績業を引退して、趣味で糸車を回して作った糸で裁縫をしておった。中々良い出来じゃっただろう?」



「あ、さっきアサツキさんから貰ったタオルって……」



「妻が作ったもんじゃ。他にもハンカチや枕カバーなんか作っておったの。妻に『こんなに良い出来なんじゃから、雑貨屋にでも卸せば金になるのに』と言った事があるんじゃが、客のことを考えず、趣味で作ったものは売れないと」



 なんだか、すごくプロ意識を感じるわ。わたしなら趣味で作ったものが売れそうなら全然売っちゃうけど。



「妻が亡くなる前にな、『もし私が死んだら、作った物は売らずに欲しい人にあげて欲しい。これは客の事を考えていない私のわがままよ』と言っておった。だから、ウチに来てくれたお客さんには妻のわがままに付き合ってもらってるというワケじゃ」



「ご、ごのダオルがそんなに気持ちのごもっだものだっだなんで……うう……」



「ほっほ、ベルベルさんは涙脆いのう」



「マスタ~もうお店閉めちゃった~? ちょっと寝酒を……って、ベルベルちゃん!? なんで泣いてんの?」



「あ、アザヅギさん~……!!」



「誰だいアザヅギさんって」



 ……。



 …………。



 翌朝。



「……おはようございます」



「おはようベルベルちゃん。って、随分とまあ……せっかくの可愛い顔が台無しだよ。氷水で目元を冷やしておいで」



「はい……」



 昨日、泣き腫らした目元を放置して寝てしまったせいで、最高に可愛くない寝起きの顔を晒してしまった。



「マスターさん、氷水って用意できますか~……って、それって」



 氷水を貰おうと1階へ下りていくと、酒場の一角に昨日までは無かった車輪の付いた謎の機械が。



「おうベルベルさん、おはよう。ありゃ、随分とまあひどい顔を……」



「そ、それはもういいです。そんなことより、その機械ってもしかして」



「ああ、仕舞ってあった糸車を出してきたんだ」



 紡績屋さんをしていた奥さんの相棒は、まるで歴史の教科書にでも載っていそうな、立派な糸車だった。そして、なにより目に映えるのはその色。



「本当に、金色の糸車だ……」



「金剛樺という木材に、漆を塗り重ねた素材を使っておるらしい。まるで金のように輝いて見えるじゃろう?」



「はい……とても綺麗……」



「マスターおはよう……って、すごいね。もしかしてそれが糸車?」



「おう、おはようさん。さてと、ベルベルちゃん、アサツキ。これを座敷妖精のいる部屋まで運びたいんじゃが、ちと手伝ってはくれんかの?」



「もちろんです!」



「よしきた。お礼はカクテル1杯無料で手を打とう」



「昨晩の寝酒の代金、まだ貰っとらんのじゃが」



「あっはっは、細かいことは気にしない。さあがんばって運ぼうか」



 ……アサツキさん、最初に会ったときはボーイッシュでカッコいいお姉さんって感じだったけど、今はなんというか、適当というか、マイペースというか。



「わたしがここに来た時にマスターさんが最初に言ってた意味が分かった気がします」



「そうじゃろう、そうじゃろう」



「えっ? なんのことだい?」



「魔女には気を付けろってことです」

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