第5話 バレンタインの贈り物

 ある日の放課後。季節は冬になり、寒い教室で俺は彼女の相談に乗っていた。


「泉くん、相談があるの。もうすぐあの日じゃない? だからどうしようかなって……」


 あの日とは何かを考える前にまずは相談内容について。おそらく今井さんが好きな彼についてだろう。


 で、あの日だが、今日は2月7日。バレンタインデーの1週間前だ。


 つまり今井さんは、バレンタインデーにどんなものを渡すのか俺に相談したいのだろう。


「バレンタインだね」

「! い、泉くん、バレンタインの存在知ってたの!?」

「知ってるよ!」


 今井さん、俺がバレンタインデーの日を知らなかったと思っていたのか。バレンタインに誰かからチョコをもらったりしないからバレンタインなんて知らない奴に見えたのだろうか。


「泉くんは、バレンタインにチョコとかもらったことある?」

「中学の時にちょっと」

「いや、翔太、ちょっととか言ってるが20個もらってたよな」


 ちょっとと言うと隣で課題に追われている晃成がツッコミを入れてきた。


「そうなの、泉くん?」

「うん、そうだね」


 20個なんてサッカー部でモテている男子の半分だ。だから俺の場合、あまりもらっていない方だろう。


「へぇ……」


 今井さんからじとっーとした目で見られていたが、晃成が彼女に何か耳打ちすると表情が明るくなった。


「今井さん、大丈夫だよ。翔太は、もらって告白されるけど断ってきてるから」

「そうなのね」


「何話してるの?」

「ふふっ、泉くんは素敵な男の子だからバレンタインにたくさんチョコをもらうのねって話をしてたの」


 ねっ?というように彼女は、晃成に視線を送っていた。それに返答するように晃成は、コクりと頷く。


「そうなんだ。で、バレンタイン、好きな人に何を送るかだっけ?」

「そう、そうなの。定番のチョコもいいと思ったのだけど、それはちょっと嫌で……他のスイーツにしようと思ってるの」


 彼女は、悩んでいることを俺に話してくれた。


 俺に相談しなくても彼女の方がスイーツを詳しいだろうに。けど、たくさん知っていても何を渡したらいいのかは悩むよな。


「その今井さんが好きな人は甘いもの好きなの?」

「……泉くんは、甘いもの好き?」

「俺?」


 質問をスルーされ、彼女から質問が来た。俺が甘いものが好きか嫌いかなんて今は必要ない気がするけど。


「好きだよ。けど、甘すぎるのは好きじゃないかな。ほら、あのクから始まる何とかって言う」

「あれね。確かにあのドーナツは甘いね。話を戻すけど、私の好きな人は、どちらかというと甘いものが好きよ」

「そっか、なら基本スイーツなら何でもいけそうだね」


 バレンタインと言えばチョコだけど、他のスイーツ。選択肢は多いが、相手がもらって嬉しいものがいいよな。


 マカロン、マフィン、クッキー、パッと思い尽くしたらこれかな。


「泉くん、宮本くんは、何をもらったら嬉しい?」


 彼女の質問にすぐに答えたのは晃成だった。課題に追われてるんじゃなかったのかとツッコミたい。


「俺は何でもオッケー。けど、何をって言われたらチョコかカップケーキだな」


「カップケーキ、と言えば、2駅先のところにあるよ。お客さんは若い人が多くて、オススメのカップケーキは、苺。生地がピンクでそこも苺なの。で────」


 そこからも今井さんのカップケーキの話は続き、俺は最後まで聞いていた。


 彼女のスイーツの話は聞いていて好きだ。だが、いつもお腹が空いてくる。


「翔太は?」

「俺は、どんなものでも嬉しいけど、ガトーショコラがいいかな」

「なるほど……」


 晃成の言ったことは、ただ聞いているだけだったのに今井さんは、俺の言ったことをメモしていた。


(何でだろう……何か面白いことでも言ったっけ?)


「ありがとう泉くん、参考になったわ。晃成くんもありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。もしかして、バレンタインに告白するの?」


 ピンチだと言っていたのに真面目に課題をする気はない晃成は、彼女に尋ねる。


「こっ、告白は……まだ……想いを伝える勇気はなくて……けど、いつかは伝えたいと思ってる」


「そっか、頑張って。俺は応援してる」

「ありがとう、宮本くん」


 彼女はニコッと笑い、俺も晃成に続いて彼女に言う。


「俺も応援してるよ、今井さん」

「…………」


 あれ、俺に応援されるのは嫌だったのかな。恋愛未経験の人に応援されてもとか思ってるのかな……。


 シーンとした空気になるとしばらくして晃成からあることを言われた。


「翔太、今度ある学年末試験より恋愛勉強したら?」

「えっ?」





***




 2月14日、バレンタインデー当日。その日の放課後。俺はいつものように今井さんと待ち合わせて一緒に帰ることになった。


 彼女には紙袋が握られており、何が入っているのか気になる。もしかしたらこの後、好きな人にあげるためのチョコでも入っているのかもしれない。

 

 紙袋をじっと見ていると今井さんは、顔を覗き込んできた。

 

「泉くん、今日が何の日か知ってる?」

「今日?」


 もちろん知ってる、バレンタインデーだ。こんなことをなぜ聞いてきたのかわからないが、今井さん、そんなことを聞いたら俺は勘違いしてしまうじゃないか。

 

 聞いてくる=チョコを今から渡すと思った俺は、少し期待してしまった。彼女が好きなのは俺ではないのに。


「バレンタインデー?」

「そう、バレンタインデーなの。だから泉くんにこれを渡したいと思って……」


 恥ずかしそうにして紙袋から出してきたものは、可愛らしい箱に入っているガトーショコラだった。


「あ、ありがとう……」


 本命ではないのはわかっている。だとしたらこれは女子同士でよくある友チョコというやつだ。


 あぁ、なるほどわかった。友チョコを渡すためにあの日の放課後、今井さんは事前調査をしていたんだ。


 相談をしているように見せかけてどんなものが好きなのか。


「こ、これが今の私の気持ちだから……」

「ありがとう」


 今井さん、俺も友達としてこれからも仲良くしたいと思ってるよ。






【第6話 ベイクドチーズケーキ論争】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る