第4話 出会いの話

「よろしくね、今井さん」

「よろしく、泉くん」


 彼女、今井結月と初めて話したのは中学2年生の春。同じクラスで同じ委員会に入った俺達は、委員会の集まりで話す機会があった。


 委員会の活動が終わると、帰る準備をしていた俺に今井さんは、あることを聞いてきた。


「泉くんは、どうして図書委員を選んだの?」


 図書委員を選ぶ人ならば、本が好きだからとか、何となくやってみたかったらとかそういう理由があるだろう。けれど、自分の場合少し違う。


「目立たないからかな」

「…………」


 ヤバい。適当に嘘でもつくんだった。気のせいかもしれないが、今井さんから不思議な目を向けられている。


 だが、俺はそう勝手に思っていただけで、彼女はニコッと笑って微笑んだ。


「なら一緒ね。私も目立ちたくないから図書委員を選んだの。体育委員とか前に出るのは好きじゃないから」


 彼女のその言葉は少し意外なものだった。堂々としているところから人の前に出るのが好きな方だと思っていたから。


「私達、似てる気がする。同じ委員会だし、仲良く慣れたら嬉しいな……」


 小さな手を差し出した彼女は、ふんわりとした笑みを浮かべてこちらを見る。


 女子の手を握ることなんて今までなかったので恐る恐る優しくそっと握った。


「よろしく、今井さん」

「うん、よろしくね、泉くん」


 あの日から俺達はよく話すようになった。彼女にも友達はいるが、基本教室では、俺と晃成、そして彼女の3人でいることが多かった。


 俺と今井さんが一緒にいることは多く、周りからは付き合っているのではないかと噂にはなったが、その噂も半年後には消えていた。


 中学3年生。彼女とはクラスが別々になってしまった。一緒にいる時間は減ったが、放課後、一緒に帰ることになり、学校のある日で話さない日はなかった。


「泉くんは、カフェ好き?」

「カフェか……ここら辺のカフェは、女性客が多いから入りにくくてあんまり行かないかな」

「そうなのね、それは勿体ない。どこか気になるカフェはある? 私と一緒になら気にせず店内に入れると思う」


 俺は、行きたくても1人では行きにくかったカフェを彼女に伝えた。


「ロールケーキが有名なところね。期間限定の桃があるらしいの。今から一緒に行く?」

「いいの?」

「泉くんさえ良ければ。私、カフェ巡りが趣味でカフェにはよく行くの。その店はまだ行ったことがないから行ってみたいと思ってたのよ」

「そうなんだ」


 今井さんの趣味がカフェ巡りとは初めて知った。いろんなスイーツに詳しいなと思っていたが、そういうことか。


 中学生で寄り道は誰かに見つかったときにめんどくさいので一度家に帰ってからまた集合することになった。


「泉くん、制服なの? 家に帰った意味がないと思うのだけれど……」

「そういう今井さんも制服じゃないか。俺は、この格好でもし先生に見つかっても一度家に帰宅したことを伝えたら大丈夫だと思ってね」

「ふふっ、私たち同じこと考えてる……。けど、残念だな、泉くんの私服見たかった」

「俺の私服見ても何もないよ」


 家を出る前、本当は私服を着るつもりだった。だが、私服でどこかへ行くことをあまりしてこなかったのとファッションセンスにあまり自信がないので制服になった。


「泉くん、行こっか」

「うん、道案内お願いします」


 俺はここの場所にあまり詳しくないので来たことがある今井さんに道案内してもらうことに。


「そう言えば、泉くんは、彼女いないの?」

「いたら今井さんとこうしてカフェ行かないと思うんだけど」

「それもそうね。私も彼氏はいないの。男の子とカフェに行くのはこれが初めて」

「そうなんだ」


 『初めて』という言葉を強調させるように彼女は言ったが、俺は、ん?と思うだけで普通にそうなんだと返してしまった。


「着いたよ、平日だから空いてるみたい」


 店内に入ると店員さんに2人席へと案内された。店内は落ち着いた雰囲気でクラシックが流れている。


(こういうところ好きだな……)


 メニュー表を見て、俺と今井さんは、ロールケーキと紅茶を頼む。


 雑談して待ち、頼んだものが来ると今井さんは、キラキラした目をした。


「わ~美味しそう!」

「そうだね、いい匂いがする」


 写真を撮った後、さっそく一口目をいただく。すると、口の中にはふわっとした生地とクリームの甘さでいっぱいになった。


「美味しい……今井さん、美味しっ───」

「泉くん泉くん! 何このふわっとした生地に甘々すぎないクリーム、そしてちょっと入ってるスイーツ!」

「お、落ち着いて……」


 この時、初めて知った。今井さんが、甘いものを食べるとテンションが上がるということを。


 そして、数分後、今井さんは、顔を真っ赤にして下を向いていた。


「ご、ごめんね、泉くん……」

「ううん、今井さんが甘いもの好きってことが知れて良かったよ」

「……またこうしてカフェ巡りに付き合ってくれる?」

「俺で良ければ」

「ありがとう」


 こうして俺と今井さんは、学校が終わればよくカフェに行くことが多くなった。毎回違うカフェを選び、いろんなスイーツを食べた。


 彼女といると知らなかったスイーツ、カフェを知ることができる。気付けば彼女といる時間が好きでカフェに行くとなるといつも楽しみだった。





***




「泉くん、何だか嬉しいそう。何かいいことでもあった?」


 今井さんとの出会いを懐かしんでいた俺は彼女の声がしてハッとした。


「うん、今井さんと食べに行ったロールケーキを思い出してね」

「! 私、あのロールケーキとっても気に入ったからまた行きたいと思ってるの。泉くんさえ良ければ今からどうかな?」

「うん、いいよ」


 彼女に好きな人がいるならいつかこうしてカフェに行くことができなくなるかもしれない。


(それは何だか嫌だな……)









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