第19話 忘れられない初恋
1982年の春、私は高校一年生だった。私は生来気が弱かった。同居していた祖母、両親、弟が皆気が強い中、どういう訳か私だけが気が弱かった。そのため、小学校から中学校にかけてずっといじめられていた。いじめっ子を殴ってやればよかったのだが、私にはそんな勇気も考えもなかった。
高校に入る前、私は一つの決意をした。空手を始めると。そして、もう他人に馬鹿にされていじめられるのはごめんだと心に誓った。入学した高校は偏差値が中程度で、学生たちは常識を持ち合わせ、スポーツをする者も多く、バランスが取れていた。みんな仲が良く、いじめはなかった。ただ、一人だけいじめられている生徒がいた。しかし、それも廊下に連れて行ってみんなでくすぐるという他愛のないものだった。
私は少林寺拳法部に入部し、絶対に黒帯を取る覚悟だった。小・中学校時代はがり勉で体力がなかった私にとって、クラブのトレーニングは非常に厳しかった。拳を板の間に付けての腕立て伏せや、関節技などの痛みを伴う訓練が続いた。
ある日、授業の休み時間にバスケットボール部の松本君と話していた時、ふと窓側を見ると、ある女性が私に熱いまなざしを送っているのに気付いた。彼女は目をウルウルさせていた。「あ、彼女は私に好意を持っている」私はそう直感した。
彼女の名前は實山(さねやま)さん。少しぽっちゃりした子だったが、可愛らしかった。しかし、私はまだ少林寺拳法を始めて半年しか経っておらず、元いじめられっ子であるというコンプレックスがあった。さらに、武道は硬派だというバカげた想いにも囚われていた。
「あの時、勇気を持って声をかければよかった。デートに行かないかと誘えばよかった」私は今でもそう思う。
もし、彼女とデートに行けたら、私の人生はもっと明るいものになっていたに違いない。付き合うことも可能だっただろう。大学受験についても、彼女からアドバイスを受けられただろう。何しろ、私はクラブを引退した後、エレキギターに夢中になり、受験勉強はほとんどしていなかったのだから。彼女から「模試どうだった?」とか「ギターはほどほどにね」とか言ってもらえたら、どんなに良かったことか。
なんとか大学は出たが、問題は就職だった。私は海外青年協力隊に行くことを考えていたが、彼女がいれば「そんな浮世離れしたことを考えずに現実を見て」と言ってくれたかもしれない。もし大学まで付き合っていれば、彼女のご両親と会食する機会もあっただろうし、彼女のおかげで私は軌道修正できただろう。私は親に反発していたので、親の言うことを聞く耳持たずだったから。
今でもあの時の彼女のウルウルした目を思い出すたびに、心に残る後悔の念が込み上げてくる。あの時、もう少し勇気があれば、私の人生はもっと違っていたのかもしれない。實山さん、もしどこかでこの話を読んでいたら、あの時の気持ちを伝えられなかったこと、本当にごめんなさい。
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