第35話 レイヴン様、どうしてお見舞いに来なかったんです?
完全回復したネフィラは収集がつかなくなっていた。
いや、もちろんほぼほぼ放置していたレイにもその責任の一端はあるのだが、それは安静にして一刻も早く身体を治してほしかったからだった。つまり、レイは悪くない。いつだってこの件に関して悪いのはネフィラである。
この件というのは要するに、
「レイヴン様、どうしてお見舞いに来なかったんです? レイヴン様が虐めてくれないので自分で傷つけて余計治りが遅くなってしまったじゃないですか、どうしてくれるんです?」
「それ僕のせいなの!?」
「まあ、いいです。いまから虐めてください。さあお部屋に行きましょう。準備はしてあります」
ネフィラはレイの耳元でこそこそと話をしていて、隣にいるノヴァは全くそれが聞こえていない様子。朝食を口に運びながら怪訝な顔をして、
「ねえ、あなたたちなんの話してるの?」
「いや、なんでもない。気にしないで」
「お子様には刺激の強い話です」
(なんでそういう余計な事を言うかな!)
レイがぎょっとしていると、ノヴァは顔を少し赤らめた。歯を食いしばってネフィラを睨んでいる。
「お子様じゃないわよ! あたしだって立派な大人だわ。レイヴンと一緒に冒険者をやってるんだもの。お金だって稼いでるのよ!」
「時間がないので行きましょう、レイヴン様。今日の冒険者稼業はお休みです、ノヴァ。わたしが一日中レイヴン様と遊ぶので」
「な! ずるい! あたしを放置するつもり!? あたしも遊ぶわ!」
「……やめといた方がいいよ」
レイはかなりの親切心でそういった。すでにノヴァがネフィラの代わりに虐められたいんだという勘違いはなくなっていて(それに気づいたときは殴らなくて良かったとひやひやした)、ノヴァが一緒にいるのは魔界でおきたキャット家の演技の賠償を迫るためだと思っているレイである。虐めるなんてとんでもない。
とは言え、ノヴァはその「遊び」の詳細を知らない。仲間はずれにされた――と言うより、直前に言われたお子様という言葉から子供扱いされてるのだと思って憤慨した。
「レイヴンまであたしを子供扱いするのね!」
「いやそういうわけじゃなくて……」
むっとして頬を膨らませるノヴァだったが、ネフィラは冷静だった――見かけだけは。頭の中はきっと早く虐められたいという気持ちでいっぱいだっただろうけれど。
「ノヴァ。いままでレイヴン様と二人きりだったでしょう? だから今日はわたしの日です。譲りなさい」
「…………わかったわよ」
ノヴァは顔をますます赤くして口を噤んだ。もしこれ以上踏み込めば、レイを独り占めしてずっと一緒にいたいと宣言してしまうようなものだったから。レイのことが大好きと言ってしまうようなものだったから。
そんな気持ちなど全く知らないレイは、ノヴァが怒らなくて良かったなあとか単純な思考で安堵していた。相変わらずのバカ野郎である。
「と言うことで行きましょう、レイヴン様」
「え、まだ食べてる途中……」
「行きましょう」
ぐいぐいと強制的に連れてこられたのは魔界の時と寸分変わらない拷問部屋だった。またもやいつの間にか屋敷の一室が改造されている。
部屋に入った瞬間、ネフィラは鍵をかけて、防音の魔道具を発動させると、レイにナイフを握らせて、手を取ってベッドへと誘った。
「レイヴン様。わたし、お願いがあるんですけど聞いてくれます? 聞いてくれますよね? キャット家の一件で頑張ったわたしはまだご褒美もらってませんし、それに、お見舞いにも来ず、永遠とも言える時間を放置されましたし」
「…………はい、すみません。お願いって何ですか?」
「えっと……」
ネフィラは相変わらずの無表情ではあったけれど、ほんの少しだけ顔を赤らめていた。
(前にもこんなことあったな。そのときは殴ってくれって言われたんだよな。今度はどんなヤバいことを要求してくるのかな!?)
レイが身構えているのも知らず、ネフィラは言った。
「だ……だ、だ……」
「だ?」
ますますネフィラは顔を赤くして言った。
「抱きしめて頭撫でながら虐めてください」
なんだ、そんなことか、とレイは思った。もっとヤバいことを要求されると思ったので即答した。
「いいよ、はい」
ネフィラを抱きしめる。元『一縷』として隠密を専門にしてきたからだろうか、匂いはあまりしない。けれど柔らかくて温かくて、女の子だなと思った。頭を撫でるとネフィラはレイの首元に顔を埋めて服を噛みしめる。
「は、はやく……もう我慢できません。はやく――ひぃ!」
ネフィラの腹にナイフを突き立てた。
当然刺さりはしないけれど。
ネフィラは掻き抱くようにレイの身体にしがみつき、頭を撫でられて脳がとろけそうになりながら声を我慢している。レイはナイフを突き立てたままぐりぐりと回転させて、そのたびにネフィラは身体を跳ねさせる。涙を浮かべて恍惚とした顔でネフィラは久しぶりの快楽に身をよじっている。
二人は知らなかった。
このとき防音の魔道具が壊れてしまったことを。
部屋の外でノヴァが聞き耳を立てていることを。
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