第34話 無自覚な暴走要塞

 レイは冒険者を救おうなどと思っていないし、まして街を救おうなどとは全く思っていない。そもそも彼は自分のことしか考えておらず、どうやったら隅の方で目立たずに過ごせるかと言うことばかり考えている。



 だからここ数日は薬草採取をして、ちょっとしたダンジョンに入れるくらいの成果を上げようとしていただけなのに、



「おかしい。こんなつもりじゃなかったはずだ」



 なぜか知らないけれど冒険者ギルドに仮面の英雄の噂がはびこっている。



 レイの隣でノヴァは満足げな顔をしているけれど、いや、噂になっちゃダメだろ。レイは頭を抱えていっそのこと隅に溜まっているホコリになりたいと思った。



 しかも、



「ここ数日モンスターが暴れてるから出てきたのか?」

 

「三十年前にも同じ仮面の英雄が活躍してたって聞いたぞ」

 

「人殺しだって噂も……」


「何が目的なんだ?」



 噂には尾ひれがついていて錯綜している。



(人殺し!? 僕人なんて殺してない! 誰かが貶めようとしてるんだ! 僕だってバレてないけど、きっと変装してても僕から嫌な奴オーラがにじみ出てるんだ! 転生しても嫌われてるもんね! そうだよね! ああ良かった、変装してて! この姿のまま人殺しなんて言われたら拷問されてたから!)



 自分を納得させるようにそう考えてレイは心の中で泣いた。どうしてこうなったのか、僕は何もしてないのにとレイは思っているけれど、した。



 具体的には、走るの嫌だからとノヴァに背負われた状態で森の中を走り回るという、暴走要塞状態で危険区域と化しているダンジョン周辺を駆け抜け、結果、知らぬうちにBランク級のモンスターを吹っ飛ばして、殺していた。



 そのときの二人の会話。



「なんか飛んでったわ」


「きっと虫かなんかだよ」


「ふうん。まあいいわ」



 数時間後、翼のはえたオークとも言われる巨大なガーゴイルが二体、頭蓋骨を割られて死んでいるのがAランク冒険者たちに発見された。まるでお互いに強く頭をぶつけ合ったような姿勢で死んでいる。



 レイがぶっ飛ばした結果、後続のガーゴイルにそのまま頭から衝突してそうなったのだけれど、事情を知らない者から見れば奇妙に映るだろう。実際、発見したAランク冒険者は震えた。



「何があった?」



 何らかの予兆かと思った。魔力が乱れ、モンスター同士が殺し合うようなそんな未来が訪れるんじゃないかと。



 少なくとも、ガーゴイルをそんな殺し方で倒せる冒険者はこの近くにいない。



 しかし、その考えは数分後に打ち砕かれることになる。



 彼らはすぐに報告しようとその場を離れてギルドへと戻ろうとしたが、その道中、レイたちを見かけてしまった。



 チョーカーをつけた二人は変身後の姿であり、仮面を被っていて、その姿は不審者そのもの。彼らの目の前には巨大な蛇のモンスターが三体鎌首をもたげて威嚇している。蛇の近くには怪我をした冒険者パーティが身を寄せ合っている。



 先述の通りその冒険者たちを助けるつもりなんてレイにはなかった。もっと言えばノヴァにだって助けるつもりはなかった。と言うのも二人は蛇のモンスターの存在になど全く気づいていなかったから。



 衝突するその瞬間まで。



 暴走要塞状態で二人は飛びだして、そのまま蛇の前を通り過ぎようとした。が、蛇は今まさに冒険者たちに噛みつこうと頭を振り下ろしたところで、ノヴァはその下を通り過ぎてしまった。



 ガクン、と蛇の頭は跳ね返されて後退する。

 怒らせる。


 

 そうとも知らずレイはぎょっとして振り返り、

 


「うわ! びっくりした! 何!? 蛇!?」


「…………囲まれちゃったわ」



 囲まれたのではなくて、自分から輪の中に突っ込んで行ったのだけれどノヴァはまるで気づかずそう言った。



「そっちお願い。あたしはこっちをやっつけるから」



 返事を聞かず、ノヴァはレイを降ろして蛇のモンスター一体に立ち向かっていく。



 それ以降はほぼほぼいつも通りの展開である。



 ノヴァの方では巨大な蛇が噛みつこうとしたが、その自慢の牙はノヴァの異常な防御力によってへし折られ、毒すら通らない。他方、逃げ回るレイに噛みつこうとした蛇は跳ね返されてもう一方の蛇に噛みつく結果になる。



 その様子をずっと見ていたAランク冒険者が加勢したあたりで、すでに蛇たちは戦闘力をほぼほぼ失っていたので、レイたちはそそくさと逃げ出して、何事もなかったかのようにギルドにもどった。



 それが数日前のことである。



(僕はただ逃げ回ってただけです。何もしてません本当です。信じてください)



 拷問される準備をしているレイの隣でノヴァは「ふふん」と鼻を鳴らして、レイの耳元に口を近づけた。



「ちょっと噂されすぎな感じがするわ。正義の英雄はもっとこっそりやらないとダメね。反省しないと」


「…………そうだね。声が笑ってるけど」


「ごめんなさい。気をつけるわ」



(この子は噂話をちゃんと聞いてたのかな? 人殺しって言われてるんだよ!? よく笑ってられるよね!?)



 レイは猛省して絶対に目立たないと心に決めたがもう遅い。



 すでに仮面の英雄を捜索する動きは始まっている。

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