『仮契約』


「ほんっと優秀な遺伝子ってだけで優遇される世界は不平等だよな」


 今日だけでいったい何度、銃撃の雨を潜り抜ければいいんだ。


 それこそいつもなら、銃弾を避けるため虫のように這いつくばっているのだが、今日は違う。


 やけに血の回らない頭を抱えたジルクは、しがみつくように自分の首に細い腕を回すレミリアに注意しながら、息も切らさずスラム区画を爆走していた。


 首筋にびっしりついた小さな歯形は誰のものか。

 レミリアに吸血されてからといういうもの、異常に身体能力が上がっているような気がしていたが、


「やっぱり夢じゃねぇよなこれ」

「ふっふっふ、どうじゃ! これこそが、吸血種の姫たる妾の持つチカラ『吸血化』じゃ」


 そう得意げに叫ぶレミリアのテンションに引きずられ、弾丸の飴すら飛び越え、ジルクは文字通り空の上を歩いていた。


 遺伝子の優劣が個体の性能を決めるこの世界で、彼女の持つ遺伝子をいじれるスキルというのはまさしくチート級の能力だ。


 レミリアいわく、彼女の血統スキルはらしく。

 その自由度は際限がない。

 つまりそれは彼女の庇護下にある者は等しくその恩恵を受けられることにつながり――


「なるほど、それで下僕ってことか」


 どうやらあれほどジルクを下僕にしたがったのは、彼女が祖国につくまでの護衛となってほしいということだった。


『お前の護衛騎士になってくれ?』

『うむ、妾はぶっちゃけ戦闘能力は皆無じゃ。火を噴くこともできぬし、リゴストを倒すこともできぬ。

 じゃから本来クローンの立場で、妾の護衛騎士に任命されるなんぞ名誉なことなんじゃぞ』


 というレミリアいわく。

 ここまで来る道中も護衛をつけていたらしい。


 だが土壇場で裏切られたことにより、今度は契約という確かな形で安心を得たい用だった。


『そのかわり、おぬしができぬことは妾に任せるがいい! おぬしが契約をたがえぬ限り、妾は永遠にそなたの半身となろう』


 どうやらレミリアの計画では、旅の道中で、宇宙に関する知識や常識など、ジルクには足りないであろう部分もサポートしてくれるつもりらしい。

 ジルクはクローンだ。

 これまで他人にいいように使われてきた。


 だから当初、あまりにも建設的な契約を持ち掛けてくるレミリアを内心怪しんでいた。


『というより正直、胡散臭いな』

『なんじゃと⁉ 何が不満なのだ! 妾と契約するだけで永遠の若さと力が手に入るのだぞ!』


 たしかにレミリアの取引は魅力的だ。

 何もせずに力が手に入るのなら、それに越したことはない。


 ただ何の代価も払わず手に入れたチカラの虚しさはジルクが一番理解している。

 それに――

 

「だいたい俺は人間をやめるつもりはねぇんだよ」


 あくまでジルクは人間として強くなりたいだけで、怪物になりたいわけではない。

 そういって我ながらなんて頑固なと苦笑していると、苦虫を噛み潰したようなレミリアから思わぬ折衷案を出してきたのだ。


「ふむ。では仮契約ならどうじゃ」

「仮契約?」

「そうじゃ、いわゆるお試し期間という奴かの。この惑星を脱出するまで全面的にサポートすることを誓う。その働き次第で改めて本契約を考えてほしい」


 思わぬ提案に虚を突かれる。

 それはつまり、ジルクを『吸血種』にしないということだ。

 レミリアにとっては苦渋の決断だっただろう。

 

 それだけ故郷に帰りたいという意思の表れなのか。


「わかった。ただし本契約するか否かは俺次第だってことを忘れるなよ」

「うむ。おぬしをどこに出しても恥ずかしくない人間にしてやろう」


 それくらいならと覚悟を決めて、仮契約を結んだ。

 あとはレミリアの方舟が埋めっていると思しき、≪スコルピオン≫のアジトに潜入するだけなのだが、


『ジールークゥ! 出てきなさい! いまなら10/9殺しで許してあげる! あの幼女と人生を共にするってどういうことか説明しなさい!』


 人間から半歩、化け物気味によっているサロメの咆哮が響き渡る。


 いざ作戦を決行しようとしたとき、いきなり訪ねてきたのだ。

 ただ別れの挨拶を済ませるだけならばそれでいい。

 だが半裸のレミリアを彼女の前に出てしまったのがまずかった。


『ちょっと今、妾とこやつで将来にかかわる大事な話しとるんじゃけど!』

『は?』


 と半ば裸のレミリアが、彼女の前に表れたことにより、戦争のゴングが高らかにならされたのだ。


 一歩一歩歩くたびに、瓦礫が吹き飛び熱風が吹き荒れる。


 さすがは爆砕のサロメ。

 とてつもない火力だが


『なんであんなにおこってるんだ」

『むしろなぜおぬしがわからぬ」

『知らねぇよ! いつもああだし」

『――はぁどうしてお互い鈍いのだか』


 なんか言ったか⁉


『何でもない。それよりこのままジッとしていてよいのか。このままでは浸食率が上がってしまうぞ!』

『わかってるって』


 だがむしろ問題なのはレミリアの爆発に便乗して襲い掛かってくるこの黒服集団の方で、


「おい、お前こそ何やった。なんか奴らから尋常じゃないくらい怨まれてるぞ⁉」

「うーむなにもしとらんじゃがのう」

「んなわけあるか!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る