『吸血姫――レミリア』

「いやー助かった助かった。危うく腹がすきすぎて死ぬところであったわ」

「それはこっちのセリフだよ、クソが」


 そういってバクバクと非常食を食べる全裸の幼女を睨めば、ジルクはいまだに痛む首筋を押さえて悪態をついていた。


 なんてことない狭い六畳一間の一室。

 本来であればクローン兵であるジルクが唯一、気を休めることのできる隠れ家は、血みどろの事件現場へと早変わりしていた。


 もちろん下手人はこの目の前にいる『幼女』だ。


 鮮血を淡く溶かしたような長髪を両サイドで結んでいるという特徴さえ除けば、どこにでもいそうな発育不良の浮浪児に見えるが、


(まさか子供に押し倒されるなんてな)


 ジルクが膂力で負け、おまけに首筋を嚙まれたとなれば、いくら子供でも警戒せずにはいられなかった。

 それこそとっさに戸棚の非常食に手を伸ばさなければ、間違いなく血を吸いつくされていただろうが、


「もう一度聞くぞ。お前はどこかの組織の構成員でもなければ、俺を殺すように命令されたわけでもないんだな?」

「うむ。じゃから何度もそういっておるだろうが。いきなり襲われて妾を警戒するのもわかるが、少し臆病が過ぎるのではないかおぬし」


 ああ、悪かったな。

 あいにくと、初対面の人間に食われかけて、平然と「はいそうですか」と信用するほど平穏な人生は送ってこなかったもんでな。


「それで俺の敵じゃないならお前は一体、どこの誰なんだ?」

「あー、そういえば食事に夢中で自己紹介がまだじゃったな。

 ――妾の名は、レミリア。遥か気高き12の始祖たる惑星の皇族である!」

「皇、族?」


 警戒するように腰の魔銃を構えていたのだが、あまりにも唐突すぎる単語に一瞬、頭が真っ白になった。

 皇族というとアレか? まだ文明が栄えていた頃に君臨していたとされる支配階級のことか?


「さよう。そしておぬしは、その栄えある皇族の願いを叶える栄誉を見舞われたのだ! 勇者よ!」

「はいぃ⁉」


 ドンと小さい足でちゃぶ台に揺らすなり、皇族らしからぬ見てくれで、堂々とぺったんこな胸を張るレミリア。


 そうして一方的に語られるレミリアの演説曰く。 

 どうやら彼女は、≪勇者≫と呼ばれる存在を探し求めて、この廃惑星に訪れたらしい。

 ≪勇者≫とは、道に迷う民草を導く女神さまに選ばれし特別な存在で。

 数多の失われしスキルをその身に宿し、星々を救う役目を課せられた人間のことを呼ぶらしい。


 そんな皇族(自称)の彼女は、勇者に祖国を救ってもらうべく。

 数多の宇宙を旅して、この惑星にたどり着いたそうだ。


「……はぁ、とりあえずお前が自分の使命を帯びてこの惑星に降り立った理由はわかった。それで、このトランクの中にあった魂魄結晶の山はどうした」

「魂魄結晶? なんのことじゃ?」

「お前が! パンツになって! 入ってたトランクの中身だよ!」 

「ああ、あの供物のことか。それなら妾の腹の中じゃな」

「は?」


 激しくちゃぶ台を叩けば、ポンポンと小さなお腹をさすられ、思わず間抜けな声が漏れる。

 食べた? 高純度の魂の結晶体を?


「いやーこれでも我慢したつもりじゃったのだが、あんなうまそうなものを目の前に置かれたらつい我慢できなくなってのぅ。どうやら無意識に吸収してしまったようなのじゃ」


 おかげでこの通り人の姿に戻れた、と嬉しそうに未発達な身体を見せつけてくるレミリアだが、あまりにも非情な告白に情報が完結しない。


(俺の、焦土地と涙の結晶が――)


 そんなジルクの絶望を知ってか知らずか。

 やけに誇らしげにジルクの肩を叩くレミリアといえば、


「それにしてもさすがは噂に名高い勇者は優秀だのぅ。まさか擬態した妾をあの場から救い出すばかりか。妾の肉体を取り戻すため、あのような供物まで用意するとは」

「違うぞ」

「へ?」

「だから俺は勇者でもなければ、お前の救世主でもねぇの!」


 もうすべてが面倒になり、やけくそ気味に叫べば、呆気にとられたレミリアが半笑いにも似た声を上げて首を横に振ってみせた。


「いやいやつまらぬ冗談はよせ、ジルクよ。その貧相ななりは大方、世を忍ぶ仮の姿なのであろうが、妾の目はごまかせぬ。見よこの反応を。これこそがおぬしが女神に見初められし勇者たる証拠であろう!」


 そういって、どこから取り出したのか。

 AIRIと似たような探索機を掲げてみせるレミリア。


 たしかに点滅するその反応は、まっすぐジルクを指し示しているようだが、


「あ、あれ? おかしいのぅ。なんじゃか座標がズレておるような」

「……ちなみに、それってどんなものなんだ」

「うん? これは旧世界以前に作られたとされる特別な遺物を探知するレーダーでの。女神さまの寵愛を受けし≪勇者≫の遺物とされる聖剣が近くにあれば、1000キロ先の彼方であろうと反応する代物のはずなのだが」

「反応してるな。……AIRIに」


 特別な遺物と聞いて、もしやと思いAIRIを外して機械に近づけてやれば、案の定、ビコンビコンと異常なほど反応を示す勇者発見機。

 するとようやく現実を理解したのか。

 今度はワナワナとレミリアが疑問の声を上げた。


「ええっと、おぬし、本当に勇者ではないのか?」

「だからそういってるだろ」

「じゃがさっき妾のための供物を用意したのはおぬしだと」

「あれはギャングの取引からぶんどったものだ」


 だいたいそんな特別なチカラがあったらこんなボロ屋に住んでねぇよ


「なぬ⁉ それでは妾はどうやって祖国に帰ればよいのだ?」

「えーっと、つかぬことを聞くんだがお前、所持金は?」

「人攫いに襲われてゼロじゃの」

「身元保証人は?」

「おらぬ」


 そして見つめあうことしばらく。

 気まずい沈黙が流れ、

 

「……ええっと、それじゃあその、これから大変になるだろうけど強く生きろよ」


 そういって不意に腰の携帯バックから通信デバイスを取り出せば、このままでは見捨てられると直感で悟ったのか。

 目にもとまらぬ速さでジルクの腕に縋り付いてきた。


「まってくれジルクよ、妾を見捨てないでくれええええええ」


 初対面であったあの皇族然とした雰囲気はどこへやら。

 鼻水全開で、駄々っ子のように泣きつくてくるレミリアの姿が。


「頼む! もう暗くて狭い場所に監禁される生活はもう嫌なのだ。途中まででいい。途中まででもいいから妾の依頼に協力してくれぬか!」

「うるせぇ却下だ! 却下!」


 どうせその勇者探しとやらに巻き込まれて死ぬような目に合って見捨てられるのがオチなんだろ!

 こちとら毎回、似たような目に合ってると思ってんだ。


 不幸体質の学習能力舐めんな!

 

 だけどその怪物じみた握力から逃れることができず。

 拒否したら、この場で大声で人を呼ぶぞと食い下がってくれば、話を聞くしかない。


「ううう、こんないたいけな幼女を荒野に放置して心が痛まぬのかおぬしは! 妾と共に勇者を見つけてほしいとまでは言わん。せめて祖国に帰るための手伝いをしてくれぬか」

「だから何度も言ってると思うが、俺には宇宙を自由に遡航す出来るような手段はねぇの。」

「うむむむ、で、では! 先ほどおぬしはやらねばならぬことがあると言っておったろう。妾のチカラで、その問題を解決するのはどうじゃ?」

「は? お前のチカラで?」

「うむ! 今はこんな見てくれじゃが、妾とて皇族。祖国にさえ戻ることができれば金でも地位でも好きなものを与えようぞ。どうじゃ悪い話ではあるまい」


 そのレミリアの言葉に、一瞬、ジルクの脳裏にサロメの姿が思い浮かぶ。


 たしかに彼女の隣に立つためには、それなりのチカラがいる。

 そのためには宇宙に飛びてって、一人でも問題を解決できる手段が必要だった。

 報酬だけならばレミリアの提案はそう悪いものではないが、


「ははぁん。なるほど、つまりおぬしは、その女子に気があるというわけじゃな」

「ぶふぉお」


 子供のように泣きついてきたかと思えば一転。

 やけに訳知り顔な雰囲気を醸し出し、レミリアの一言にジルクはわかりやすく動揺した。


「なななな、なに言ってやがるお前⁉ 俺は別にアイツのことなんか――」

「ふむふむわかる。わかるぞ。クローンである自分を始めて人間扱いしてくれた恩人に報いたいのだな、おぬしは。そして彼女の夢についていきたいと思っておるが、かといって己の非力さでは、彼女に迷惑をかけるだけ。宇宙に出たくても出れない恋の奴隷というわけじゃな」

「なんでそれを――ってああ、この首輪か」

「ふっ、そんなもんなくても血を舐めればわかるに決まっておろう。なにせ、妾は吸血鬼の姫じゃからの」


 そういって得意げに笑い、鋭い犬歯を見せつけるレミリア。


 吸血鬼。

 旧世界の伝承で存在する血液を取り込むことで老いることのない永遠の命を得ることができる種族だったはずだ。

 たしか惑星崩壊の際にほとんどの亜人種は絶滅したと聞いていたが、まさか他の宇宙にも存在したなんて。

 てっきり選定者は、女神さまに愛されたのは『人間』ばかりと思っていたが。


「あーもしかしなしくても、パンツに変身していたのは吸血鬼のスキルなのか」

「ふん! 妾の血統スキルをそのような陳腐な大道芸と一緒にするでないわ。妾の血統スキルはもっと由緒正しき全知全能のチカラじゃ!」

「んじゃなんでパンツに何て変身してたんだよ」

「それは、その。腹が減っておったので肉体を維持するためには仕方がなかったのじゃ」


 どうやらやむに已まれぬ事情があったらしい。


「とにかく。力が欲しいというならば。妾はおぬしに望むだけの力を与えよう。じゃから一つ妾と取引せぬか?」

「取引だと?」


 そういってわずかに身構えるジルク。

 その今にも視線は、幼い子供ながら、明らかに異質な雰囲気を放ち、この場を支配する幼女に向けられ、


「うむ、方舟が必要ならば妾のをやろう。そのかわり、おぬしには妾の下僕となってもらう!」

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