一難去ってまた一難


「いつつつ、サロメの奴。全力で魔弾をぶっぱなしやがって。危うく死ぬところだったろうが」


 そうして半ば半壊になりかけたアジトから逃げるように飛び出したジルクは、スラム街の入り口で、瓦礫の上に座り込むようにして大きなため息を吐いていた。


「はああああ、これからどうすっかなぁ」


 偉そうに啖呵を切ったはいいが、現実的に一晩で5000万ディーナを稼ぐのは不可能だ。

 荒野の機械生命体を倒しても、ここでは何の利益にもならない。


「プライド捨ててサロメに頼るべきだったかなぁ。いやでもアイツに借りを作るってのもなんか違うし」


 いっそのこと、ハッキングでもして組織がため込んでる仮想通貨を一時的にちょろまかすか?

 と思い始めたところ、はやし立てるような声と共に、スラムの子供たちがジルクの周りに群がり始めた。


「兄ちゃん、遺跡帰り?」

「怪我してるでしょ? アタシたちが治してあげよっか?」

「いまなら安くしてあげるよ!」


 そういって気安くジルクに纏わりつくなり、騒ぎ始める小汚い子供たち。

 スラムの子供たちにしては珍しく、敵意はない。

 

(おそらくスラム街に訪れる人間に片っ端から声を掛けているのだろうな)


 子供といえども、その日暮らしの金と食料は自分で稼がなくては生きていけない以上。

 この廃惑星で、誰かが助けてくれるなんて考える甘ちゃんは全員、土の下だ。

 ここにいるのは幼いながらに廃惑星で逞しく生き延び、『取引』を持ち掛けてくる商売人と考えていいだろう。

 

「とはいえ、いまさら乱暴に振りほどくのも気が引けるんだよな」

『ですから普段から隙を見せてはなりませんと忠告しているでしょう。マスター。物取りの可能性もあります。簡単に篭絡されてはならないと何度も――』


 AIRIに痛いところをつかれ、そっとを目を逸らすジルク。

 いいや。こういう時、常に体を万全にしておくかどうかで、生死を分けることなんてザラにある。

 幸いにも、ネルゴたちからちょろまかした小金ならあるのだ。

 物は試しと、無理やり自分を納得させて頼めば、気弱そうな少女がジルクの傷に小さな手を当る。


「それじゃあ行くよ、『応急手当ヒール』」


 そう小さく呟くような声の後、淡い光がジルクの身体を包み込み、全身のキズが少しずつ治癒していく。


「へぇ神官の血統スキル持ちか。珍しいな」

「うん。ママが教会の生まれだったんだって」


 『血統スキル』


 遺伝子に刻まれたスキルツリーの総称で、この世に生まれた人類はあらかじめ使える『適性スキル』のことだ。

 なんでも生まれながらに与えられた才能らしく。

 女神さまからの贈り物とされている。

 

(まぁ、クローンである俺らには縁のない能力ではあるんだけどな!)


 ほんと気軽に魔法やら炎やらをぶっぱなせる才能が恨めしい!

 そうして軽く腕を回せば、違和感があった身体の軋みがなくなっていた。


「おお、本当に治ってやがる。ありがとな嬢ちゃん。おかげで少し楽になったよ」


 それで治療代はいくらなんだ?


「へへ、それじゃあ治療料15万ディーナになりまーす」

「高いなおい!」


 ジルクが三体製造できるくらいの値段に思わず驚きの声が漏れる。

 

「あーその、も、もうちょっと何とかならないか? さっき派手に散財したばかりで手持ちが5000ディーナしかなくて」

「それじゃあこの遺物を開けてくれたらタダにしてあげる」


 ニッコリと笑う少女が、四角い箱型の遺物を差し出してきたのを見て、ジルクは内心やられたと、天を仰いだ。

 なるほど。はじめから俺が≪ウロボロス≫の解析・索敵担当って知ってて近づいてきたってわけか。


「はぁ、わかったよ。本来なら一回の解錠に30万ディーネもらうところだけど、今回だけ特別だからな。――AIRI。ハッキングするから演算領域貸してくれ」

『了解しました。マスター』


 そっと耳元に装着したデバイスを介してハッキングを試みれば、そこまで厳重な封印術式が掛かっていなかったのか、箱はあっさりと空いた。


「ほれ、開いたぞ」

「わーきれいな指輪だぁ」

「すげぇ! でけぇ魔石もついてる。こりゃ高値で売れるぞ!」


 ジルクの手からひったくるようにして大きめの魔石付きの指輪を掲げ、喜ぶスラムの子供たち。

 例え売れたとしても1000ディーナかそこいらしか値のつかないクズ魔石だが、それでも子供たちだけで生きていくには十分な遺物なのだろう。


「さて、それじゃあ俺もさっさとと退散するかな」

「あ、待って」


 するとこの辺では新顔なのか。

 腕に奴隷の証である数字の焼き印をつけた少女が不思議そうにジルクの袖を引っ張った。


「ねぇお兄さん。なんでお兄さんはクローンなのにどうしてスキル使えるの?」

「うん? ああ、そいつはこのAIRIのおかげだな」

「その耳の機械の?」


 そういって不思議そうに首をかしげる少女に、ジルクは自分の耳に装着した補聴器型のデバイスを自慢げに叩いてみせた。


 どうやら数百年前に滅んだ惑星の人工知能が搭載されていたらしく。

 偶然拾った制御端末を改造して装着してみたところ、旧世界以前に存在したとされるスキル情報が入っていることが分かったのだ。


(まぁ、スキルが使えるつっても肝心のデータはほとんど破損してるから、使えるスキルらしいスキルといえばAIRIを介した『ハッキング』と『鑑定』くらいなものなんだけどな)


 しかもデータ自体は旧世界のものなので、現代の相場とのズレがある上に、動力源となるエネルギーも魔石から摂取しなければならないため、そう何度も起動できる代物なのだ。


「でもまぁそのおかげもあってクローンの俺でも、ギャングの連中に重宝されるくらいには生きていけるんだけどな――って、もういねぇし」


 自慢話が長すぎたか?

 そうして辺りを見渡し、首を傾げれば、荒野で回収したはずの魔石がないことに気づいた。

 

「AIRI! さっきの子供たちはどこ行った」

『マスターが気持ちよく私を自慢している間に、そそくさとどこかへ行きました』

「あーくそ、やられた。はじめからこっちが目的かよ。いくらガキどもだけつっても油断しすぎだろ、俺」


 おそらく子供たちの中に『盗賊』の血統スキル持ちがいたのだろう。

 サロメがいたら間違いなく呆れられる失態だ。


 この遺跡の外周部にいるモンスターは比較的弱いものばかりだとはいえ、ギャングの構成員に手を出す孤児はいない。

 それでもあえてジルクを狙ってきたということは、


「それだけ舐められてるってことだろうな」


 やっぱクローンが選定者のように自由に生きるのは無理なのか? 

 と思いかけたところ。

 

『マスター』と不意にAIRIが自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、不意に顔を上げたところ。

 この辺では見かけない装備をした男たちが、何やらあたりを見渡している姿が見えた。


「あん? あれはこの辺の住民に偽装してるっぽいが、漂流者か?」

『YES。彼らから高濃度のナノマギアの反応が検知されました』

「なんだと⁉」


 探知機能についてははるかに優秀なAIRIの言葉だ。

 おそらく事実なのだろう。

 しかしそんな貴重なものをもって、こんなスラムの居住区にいったいなんの用だ?

 しっかりと魔導銃をぶら下げているところを見ると、ただ探索目的で立ち寄ったわけではないのはわかる。


(かといってこの辺にめぼしい遺物なんてないはずだが――ってあれは、スピリコスのボスじゃねぇか⁉ あんな大物までここに何の用だ)


 気配を殺して慎重に後を追えば、案の定、怪しげな漂流者と取引現場の真っ最中だった。

 距離が遠くてあまりよく聞こえないが、AIRIに頼んで音声を拾ってもらえば、『先日落ちた』やら『方舟の中身を』と特徴的な単語が聞こえてきた。

 おそらく今日、墜落したあの方舟に関する取引なのだろう。

 おまけに――


「おーおー、取引の対価に魂魄結晶か。この資源不足のご時世にずいぶんと景気のいい取引してんじゃねぇか」


 こちとらパンツ一つしか回収できなくて明日殺されるかもしれないっていうのに、たまたま墜落地点が自分たちの縄張りだっただけで大金ゲットか。

 そりゃあれだけ派手な抗争になるわけだ。


(お前らが邪魔さえしなければ俺もアイツ等に笑い者にされずにすんだってのに)


 そう考えるとなんだか腹が立つことこの上ないわけで

 ――ジルクの中の悪魔がこうささやく。

 

「敵対組織なら奪っちゃってもいいんじゃね?」――と。


◆◆◆


 そんなわけで――


「だぁああああどうにか逃げ切った!」


 謎の黒ずくめの集団に気取られることなく、愛すべき隠れ家に到着したジルクは冷たい床にぶっ倒れていた。


 なにせ妙な誘惑に駆られたとはいえ、魔導銃を持った集団相手に一世一代の大立ち回りだ。

 それこそ生き残れたのが奇跡だと言ってもいい。

 だけど無茶しただけの成果はあった。


「こんだけ頂戴すればうちのボスも文句ねぇだろ」

『YES。これだけあれば、おそらくマスターの負債を帳消しにできるでしょう。ですが途中、マスターが身の危険を冒してまで、取引に首を突っ込んだスラムの子供たちを救出する必要はなかったのでは?』

「あー悪かったってAIRI。つい身体が動いちまったんだよ」


 普段の扱いからわかる通り、クローン兵の命は軽い。


 なにせ複製の魔術式が確立した今、ボタン一つで量産できるのだ。

 複製可能な命に人権はなく。

 その使用用途も使い捨ての肉壁として使われるか、死んで方舟に搭載された魔力炉の燃料にされるかの二択しかない。


 価格にして50000ディーナ。


 取るに足らない命の値段を、たかが他人のために投げ捨てようとしたのだ。

 合理的なAIRIが疑問を持つのも致し方ないことだろう。


「まぁ、アイツ等が人目を引いてくれたおかげでこうして大量の魂魄結晶も手に入ったことだし、今日は派手に栄養満点な携帯飯としゃれ込もうぜ」

『マスターは普段から栄養サプリを摂取しているので、ここで贅沢をしても意味がないのでは』

「いいんだよ、こういうのは気分だ気分――っと、その前に一応中身の確認だけしておくか。AIRI手伝ってくれ」


 なにせ、運に関しては自他ともに認めるほど、持っていないことで定評のあるジルク゚のことだ。

 貴重品を奪ったつもりが別の荷物でしたーなんてこと普通にある。

 次、下手な遺物をボスに献上しようものなら今度こそぶち殺し確定なため、確認は大事だ。

 

「おっ、こいつは旧世界製の魔術プロテクトか。……ずいぶん古い術式構造みたいだが何とかなるか?」

『YES。おそらく旧世界の黎明期のものと推定されます。魔術式で厳重に密封されており、下手にいじれば半径5キロは焦土と化すでしょう」

「マジかよ。破れるか?」

『YES。この構築術式なら、180秒で突破可能です』


 さすがは旧世界製の人工知能。

 こういう時には本当に頼りになる。


 そして、さっそくトランクの封印術式の解除に取り掛かりながら、ジルクは不意に先日、宇宙から飛来知ったパンツを思い出す。

 なんの変哲もないただの下着。

 ゴミのような遺物が稀にとんでもない価値を生み出すから馬鹿にできないとはいえ、なんでAIRIがあんな反応したか謎だ。


(AIRIに限って誤作動ってことはいないだろうが、貴重な素材でも作られてたか? でもその割には普通のパンツに見えたんだが)


 そういえば、あのパンツどこ行った?

 謎の黒ずくめの集団から逃げている最中に落としでもしたか?


 そうしてAIRIの演算の補助を借りて、術式の構造を解析することしばらく。

 やけに強固に封印されたトランクからガラスが砕けるような音が響き、かちりと中から鍵の開く音が聞こえた。


『マスター、封印の解除。完了しました』

「ごくろうさんAIRI。さーて、それじゃあ御開帳といくか」


 せめて5000万ディーネ以上の価値であってくれ!


 そうして膨れ上がる期待に胸に、意気揚々とトランクの中を覗き込めば、そこには100g末端価1000万ディーナ程するとされる魂魄結晶の山はなく。

 やけに見覚えのある真っ赤なパンツが一枚、トランクのなかに鎮座しており――

 

『おなかすいた』

「は?」


 パンツがいきなり喋り出したかと思えば、突然、夕日の色を纏ったかのような幼女に姿を変え、ジルクの首筋にかぶりつくのであった。

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