『厄介者』と『サロメ』


 それこそ、このパンティをめぐってアバドンに拠点を置く全てのギャングが命がけで争ったというのだから笑い話にもならないだろう。


 突如、方舟が宇宙から落ちてくるという報せは、アバドン全域を騒がせた。


 なにせ、資源と呼べるものはほとんどない廃惑星だ。

 物も人も遺物も、宇宙から落ちてきた『もの』は生死問わず、早い者勝ち。

 奪うも、殺すも当人の自由というのが掟のこの廃惑星で、唯一絶対の成り上がりのチャンスといえば、この争奪戦しかない。


 それこそ墜落した方舟ごとを手に入れることができれば、ギャングの支配から外れ、こんななにもない廃惑星からおさらばできるのだ。から、その盛り上がり方は想像に難くない。


 だけどいざ、数多のギャングを出し抜き、我先に方舟が墜落したと思しき現場に到着してみれば、一番強い魔力反応を見せたのがこの真っ赤な女物のパンティだというのだから、この時のジルクの心境を察してほしい。


(しかもたちの悪いことに、その魔力反応がバッチリボスに監視されてたとか、不幸にもほどがあんだろ)


 結局、眉間に拳銃を突き付けられ、問い詰められるままに馬鹿正直にボスの前に『おパンティ』を差し出だしたところ。


 『テメェ⁉ うちの娘に手ぇ出してんじゃねぇぞこの野郎!』


 となぜか鉄拳制裁を頂戴し、一人だけペナルティーを受ける羽目になったのだ。

 解せぬ。

 まぁ何事も成り上がるためには金が要る。

 それは個人、組織関係ないのは理解できるのだが、


「だからって役に立たなかった罰で、明日までにみかじめ料5000万ディーナもってこいとか無理にもほどがあるだろうがよ」


 だが、ジルクだって命が惜しい。

 失態の帳消しを条件に、目の前で自分と同じ顔のしたクローンが撃ち殺されれば、ハイと答えるしかない。

 なので一縷の望みをかけ、戯れにギャング仲間から聞き出した情報をもとに、貯金の全てをはたいて装備を整え、自分と同じ顔をしたクローン部隊をそろえ、未攻略の遺跡攻略に志願したまでは良かったのだが――


「ジルクぅ。テメェ、自分だけ生き残って遺跡探索失敗したんだって?」

「あんだけ派手に啖呵切ったのに、失敗とか無様だなぁおい」


 ギャングが統治する≪ウロボロス≫のアジトに戻れば、強化服に身を包んだ同僚たちに囲まれていた。

 ニヤニヤとわざとらしくジルクの失態をあざ笑っては、これ見よがしに新装備を見せつけてくるあたり、陰湿ここに極まりといったところだが、


「それでこんな倉庫に呼び出して、俺に用ってのは何のことだ」

「へっ、なにってもちろん決まってんだろ、お嬢様とのバディ解消についてだ」


 またそのことかよ。

 うんざりしたように息を吐けば、途端に張り詰めた緊張感が体から抜けていく。


 彼らはいわゆる、優秀な漂流者の遺伝子を元に製造された『三等級クローン』という奴だった。

 ボスに気に入られて、半ば無理やり攫われた野良クローンであるジルクとは違い。優秀な漂流者の遺伝子を金をかけて培養、製造されたせいか己の才能に関して並々ならぬ誇りを持っているのだ。


 つまり何が言いたいかといえば、つまらない嫉妬から来る嫌がらせだ。


(まぁ大方、今回の遠征で死んでもらって、『あの』おてんば娘のサイドキックの座をゲットしたいってところなんだろうが)


「仕事がとられたくらいでイラつくなら、才能に胡坐かいてねぇでもっと探索技術の訓練すりゃいいのに(ボソ)」 

「おい、何だって出来損ない?」


 どうやら口に出ていたらしい。

 取り繕うように咳払いをして、改めて屈強な筋肉を搭載したマッチョどもを見上げるジルク。


「なんでもねぇよ。それよりどいてくれないかネルゴ。いまお前らにかまってる暇はねぇんだよ」

「――んだとテメェ。最近ボスのお嬢様に気に入られてっからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」


 そんなんじゃねぇし、むしろ迷惑してるわ!

 だがそんなことを馬鹿正直に言えば、マジで殺されるのでグッと堪える。


「とにかく何も用がねぇなら、そこどけよ。お前らも俺の状況知ってんだろ。こっちはマジで明日の命がかかってんだ、お前らにかまってる時間はねぇんだよ」


 そうして肩をすくめて、強引に腕を振りほどけば、不意にネルゴの拳が飛んできた。

 口の中に錆臭い匂いが広がり、その場に倒れ伏せば、反射的にリーダー格のネルゴを睨みつける。


「はっ、この程度の攻撃もよけれねぇとはな。野良のクローン風情が、俺たちに逆らうからこうなるんだよ」


 そういってあざ笑うように右手を振れば、取り巻きどもが楽しげに声を上げる。


「そうそう。聞けば、せっかく手に入れた遺物も放棄して逃げかえってきたって話じゃねぇか。それでよくお嬢様のサイドキックだって胸を張れるな」

「まぁそういってやるなよ。所詮は量産前提の無能な遺伝子から作られたクローンとはいえ、他に才能があるかもしれないだろ? 例えば、――夜の才能とか」

「はっ、そりゃ傑作だ。種だけバラまくしか能がねぇクズにはぴったりの才能じゃねぇか。――なぁ、ジルクよ。お前いったいどうやってあのお嬢様に取り入ったか言ってみろよ。何なら俺たちが変わってやろうか?」

「ああん? なんだと?」


 聞き捨てならない言葉に、わずかに声の質を落として立ち上がれば、待っていたとばかりにネルゴが挑戦的に笑った。


「お、何だ役立たず、その目は。探索でしか役に立てねぇ腰ぎんちゃくの分際で、俺たちとやろうってのか?」

「……だとしたらどうする?」

「面白れぇ。無能のクローン風情がぶっ殺してやるよ!」


 そうしてお互いが腰に下げた魔銃に手を伸ばせば、不意に甲高い女の声が聞こえてきた。

 

「ちょっと何やってるのよアンタたち!」

「ちっ――、邪魔者が来ちまった」

「サロメ」


 声のする方に視線を飛ばせば、そこには真っ赤な戦闘服に身を包んだ勝気な金髪少女が仁王立ちで立っていた。

 階段から飛び降りれば、キッと意志の強そうな視線がジルクとネルゴに突き刺さる。


「お互い銃を構えて何のつもり? アンタらここの掟を忘れたわけじゃないでしょうね」

「滅相もねぇですよサロメお嬢様。こいつはただの冗談でして、なにも本気でやりあおうってわけじゃねぇですよ」

「そう? あたしには今にもおっぱじまりそうなて雰囲気に見えたけど」

「いえいえ、この無能が俺たちに稽古してほしいと頼み込んできた次第で。それよりサロメお嬢様、今度の遺跡攻略、俺たち【デスノーツ】と組んでるってのは――」

「あいにくさま、アタシの相棒は足りてるのよね」


 そういって流し目でこちらを見るなり、堂々とネルゴと向き直るサロメ。

 すると先ほどまでの強気な口調はどこへやら。

 サロメに対して恭しく礼をするネルゴは、大人しく下がって見せた。


(まぁ当然と言えば当然か)


 なにせクローンは『人間』に逆らっちゃならないことになっている。

 『飼い主』の反感を買えばたちまち首につけられた魔道具で、胴体ごと吹っ飛ぶの仕掛けになっているのだ。


「反乱防止のためとはいえ、ほんっとえげつない威力だからなコイツ」


 そうしてこれ以上説得は無駄だとわかったのか。

 早々と取り巻きを連れて行って退散していく彼らを尻目に、ジルクもそそくさとこの場から退散しようとすれば、


「それでアンタはどさくさにどこ行こうとしてるわけ?」


 ダンと足元に銃弾を撃たれ、ジルクは飛び上がるようにして振り返った。


「おまっ、団員に発砲すんのは規則違反って自分で言ったばかりだろうが⁉」

「アタシはいいのよアタシは。なんたってウロボロスを率いるギャングのボスの娘にしてエース、この船で逆らえる者なんているはずないじゃない」


 いやお前が言ったら身も蓋もねぇだろ。それ。


「で、アイツ等と何してたわけ? 普段のアンタならあんな奴らの戯言、意にも介さないじゃない。なに言われたわけ?」

「……なんでもねぇよ。いつもどおりアイツ等が絡んできた。それだけだ」

「ダウト。どうせ今日の探索についてチクチク言われたんでしょ。――聞いたわよ。アンタ、パパから5000万ディーナ持ってこいって言われて、クローン引き連れて遺跡攻略に行ったんですって?」

「ああ、そうだけど」

「なんでアタシも連れて行かなかったのよ!」

「ああもう、こうなるから言いたくなかったんだ! 全滅必至の決死作戦にボスの娘を連れていけるわけねぇだろ。つか、もう、ボスの娘のアンタの耳に届くまで知れ渡ってんのかよ」


 こっちは、あえて秘密にして見返してやろうかと準備してたってのに。

 情けなさにガックリと脱力すれば、当然とばかりにサロメの弾んだ声が返ってきた。


「ええ、アンタが無事遺跡から生き残ってくるかどうか大々的に賭けてたからね。聞きだすのは楽だったわ」


「まぁ、賭けはあたしの勝ちだけど」と勝ち誇る辺り、それだけジルクの死を望んでいたやつが多かったというわけか。

 道理でいつも以上にイラついてたわけだ。


「それにしてもこの貧弱装備でよく生きて帰ってこれたわね? アンタ戦闘はからっきしじゃなかったっけ?」

「ああ、だから見事に全滅したけどな」


 おかげで、苦労して手に入れた遺物も放棄せざる終えなかった。

 余計に借金が増えた形だ。


「はぁ呆れた。アタシたち『選別者』だけでも攻略不可能なのに、クローン相手に遺跡攻略してこいとか。ほんっと何考えてるのかしらあの人」

「知るかよ。……おおかた虫の居所でも悪かったんだろ」


 それかもしくは、もっと別の要因があったか。

 どちらにせよ娘といい関係だと誤解されて、ブチ切れられましたとは言えねぇな。これは。

 

「ふーん、それならあたしがパパに口利きしてあげよっか? アンタ弱いんだから。独立なんてせずこれからも一生アタシのサポートしてればいいのよ」

「はっ、それこそ冗談はよせよ。クローンがそんなに大事に使われるかよ」


 ただでさえ、ボスに目ぇつけられてんだ。

 そんなこと言ったら確実に魔力炉逝きだっての。

 

「まぁ借金漬けになってる俺の命を買い戻してくれるっつーんなら話は別だけどな」

「え⁉」


 サロメの思わぬ反応にこちらもびっくりする。

 うん? いまのは笑うとこじゃねぇの?


「ふ、ふーん。アンタを買い戻したらアタシのものになってくれるんだ。――それならアタシがアンタを買ってあげてもいいわよ」

「はぁ⁉ それこそボスが許さねぇだろ⁉」

「そん時はその時よ。それに勘違いしないでよね。アタシはゆくゆくは独立して自分の組織を立ち上げるって目標があんのよ。こんななにもないとこで墓漁りするような惨めな生き方じゃなく、惑星そのものを支配する統治企業を立ち上げる必要があるの!」

「統治企業の社長、ねぇ」

「ええ! そのためには優秀なクルーが必要なの! だからあんたみたいなクローンでも、その――いてもらわなきゃ困るのよ!」


 相当、恥ずかしいことを言っている自覚があるのか。

 顔を真っ赤にして、まくしたてるように自分の夢を語るサロメに圧倒される。


「それで、アンタはアタシに買われる気はあるわけ?」

「……あー、子供の夢を熱烈に語ってもらったとこ悪いんだが。冗談に決まってるだろ」


 そういうと、ジャコッと銃を構えるサロメが見え、いくつものエネルギー弾の爆音がアジトに轟くのであった。

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