第20話 紳士の帰還
……困っている。
レン・シュンカは今とても困っている。
腕を組み、眉間に皺を刻んで難しい顔をしている席に座った半獣人の青年。
べったりと張り付くようにして一緒に教室に入ってきたヒビキはそれから素直に自分の席に着いていた。
その後、昨日のようにちらちらとこちらを振り返ってくる事もない。
「お、なんかナグモのやつ落ち着いたな」
斜め前の席のサムトーはそう言うが……。
(違う……)
レンにはわかっている。
彼女は決して落ち着いたわけではない。
『自分はもうチラチラ顔色を窺う必要はない。確かな絆があるのだから』と……そう思っているのがわかる。
つまり自分への依存の深度が増しているのだ。
より危険なフェーズに突入していると言える。
頭を抱えそうになるのを必死に耐える。
……ここまで状況に流されすぎてしまったが、このままではいけない。
問題を一つ一つ解決して少しでも状況を好転させなくては。
(差し当たっては……)
前を見るレン。
前方の席から捨てられた子犬のような目で自分を見ているライオネットと視線が合った。
ヒビキにやられたあの時からライオネットはレンに近づいても来ないし話しかけても来なくなっている。
彼女に言われたことを気にしているのだろう。
(あの鬱陶しいデカブツをどうかしなきゃな)
一限の座学が終わり休み時間になった。
「……ヒビキ」
「ん、どうしたんだ? レン」
呼べば彼女はすぐにやってくる。
弾むような足取りである。
(……仲良くね?)
周囲のクラスメイトたちは怪訝そうな顔をしているが。
「何だよ。アタシに用があんならなんだって言えよな。遠慮すんのはナシだ。アタシたちの仲なんだからさ」
(めっちゃ幸せそう……)
花が咲くような声とはこういう喋り方を言うのだろうかとレンが思った。
ともあれそんな事を言っている場合ではない。
「そのさ、ライオネットの事なんだが……」
言いながら前方を見るレン。
どんよりとした負のオーラを纏った肩幅の広い後姿が目に入る。
その落ち込みようは負けたからだよな? とレンは考える。
自分と引き離されたからではないよな? とレンは祈るように思った。
「友達なんだ。つるんで駄弁るくらいはよしとしてくれないか」
「ああ、勿論だ。別に関係を断絶しろだなんて言ってねえよ」
二つ返事で頷くとヒビキがライオネットの席に歩いていく。
「レンが話しかけてもいいってさ。よかったな、エルヴァンシス」
ヒビキの言葉にガバッと顔を上げたライオネット。
「本当!? やったぁ!!!」
「いや、だから何でお前は無邪気に喜んでんだよ」
ガッツポーズしているライオネットに乾いた声で突っ込むサムトーである。
……そして次の休み時間。
「俺だけじゃなく他のクラスメイトとも適度に話をしてみないか?」
レンがそう提案してみる。
やはりこの狐耳の少女は少なからず周囲と壁を作ってしまっているように見えるのだ。
孤高の学生生活がこの暴走しがちなキャラを育ててきてしまったのではないかという疑いを拭い去れないレンだ。
「ん~……別に拒絶してるわけじゃないんだけどさ。前はアタシたまに刺客が襲ってきてたし、それで友達とかはなって」
口篭もるヒビキだ。
だが、その心配は今はほぼなくなったはず。つまりは彼女が同年代の友人たちとの交流を拒む理由は無い。
「ま、レンが言うなら考えるよ。いきなりは無理かもしれねえけど、少しずつな」
そう言って彼女は穏やかに微笑んだ。
……すると、教室全体が大きなどよめきに包まれる。
無理もない。
今まで基本的には仏頂面しかしていなかった彼女が見せる初めての微笑である。
「びっ、美人~~~ッ」
誰かの上擦った声が聞こえる。
がたがたといくつか誰かが思わず席を立った音も聞こえた。
(テメェ、このやろう……レン・シュンカぁ!! デキちゃってから俺の彼女の美顔を見せびらかしてやるぜ的なアレかぁ!!??)
(許すまじ……許すまじこのケモミミ野郎ッッ!!!)
……そして何故か周囲から怨念の籠った視線を複数向けられ背筋をゾクッと震わすレンである。
────────────────────────
放課後になった。
レンはヒビキとライオネットとサムトーと共に四人で街に出た。
切っ掛けはサムトーの一言だ。
「折角こうして話くらいするようになったんだ。放課後ちょいと飯でも食いにいかねえか?」
レンがヒビキを改めて二人に紹介した時の事である。元々二人にとってはクラスメイトなので紹介というのも多少の御幣があるのだが……。
狩りの時の一件から交流を持つようになった。
好意的に見られているのはその際の負傷が彼女を庇ったものだから、とそう説明してある。
「いやぁ……俺ぁよう、サムトー以外とどっか飯食いにいったりとか初めてだぜ。ちょっと緊張しちまうよな」
上機嫌なライオネット。
なんかコイツ思ったより友達いないのでは……と思ったレンである。
ヒビキは会話にあまり参加しない。
気まずいというわけではなさそうだ。
まだ会話に加わるタイミングというか、そういうものが上手く掴めない感じだ。
今は……まだそれでいいとレンは思う。
これから自分以外の生徒とも交流を持ってもらえれば。それは少しずつ慣れていけばいいだろう。
どうせ自分はいなくなる身なのだから……と、そう突き放して考えるには少々関わり過ぎた。
いずれくるその時まで少しばかりお節介を焼いてもいいだろう。
「レノ通りにいい店があるんだ。値段がそこそこで味がいい。お前らも財布に余裕あるわけじゃないだろ?」
先導するサムトーが振り返って言う。
うなずくレンたち。
裕福な家の者が多いファルケンリンクの学園であるが学則により大金を持ち歩くことも使う事も許されてはいないのだ。
レンも必要経費として小遣いのような金をファルメイアから受け取ってはいるものの余裕があるとは言い難い。
「……っと、それにしても今日は人が多いな」
通行人とぶつかりそうになったサムトーが慌てて避ける。
確かに今日は出歩く者が妙に多い。
「そうか。そういや忘れてた。今日だったな……」
そして彼は何かを思い出したようだ。
ヒビキとライオネットも思い当たることがあるらしく同意するような雰囲気である。
レンだけが何のことかわからない。
そして一行は帝都の
そこは大勢の人々が溢れ歓声で沸きかえっている。
……この光景は見覚えがある。
そうだ。ファルメイアと初めて話したあの日だ。
行軍する帝国の騎士たち。
ギャラリーは彼らに歓声を上げているのだ。
あの日と異なるのは……パレードをしている騎士たちは人間ではない。
オーク種族。
豚猪人とでも言えばよいのだろうか?
人間基準で見て見目麗しいとは言い難い種族である。
2m近い巨躯の者が多く、体型は筋骨隆々にして人と比べ上半身が肥大化している。
顔立ちは豚鼻で額が突き出ており大きい2本の牙が下顎に生えている。瞳は細く小さく目が黄色い。
亜人種なのだがかつてはその粗暴で残虐な振る舞いから人類と敵対関係にあり魔物として扱われていた。
不潔で原始的な種族であった。
だが……それが今では異なる。
大通りを行軍するオークの騎士たち。
彼らは皆一様に白銀の鎧に身を包み清潔に身なりを整え観衆の歓声に応えながら整然と進んでいる。
軍内に楽団も伴っており勇壮な行進曲を奏でている。
勿論演者も全員オークだ。
群衆の後ろからレンたちもパレードを見る。
「紳士のご帰還だなあ」
サムトーが呟いた。
巨大な
その瞬間、ギャラリーの盛り上がりも最高潮に達する。
「七将様!! アドルファス様!!」
「お帰りなさいませ!!」
いくつもの歓声が飛び交っている。
引かれてきた戦車の上には一際巨大なオークがいた。
3mはあるだろうか。
綺麗に整えた髭の両端をピンと上に突きあげてモノクルを掛けたオーク。
帝国天魔七将『白輝将軍』アドルファス将軍の凱旋であった。
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