第12話 暗い森の探索者

 ファルケンリンク士官学校……通称『学園』

 第二学年Aクラス、朝のHR。

 出欠を取り終えた担当教官ジェレミー・ディーは続けて授業に入ろうとした。


「ディー先生! レンが来てないんですが」


 そこを挙手して遮ったのはライオネットである。

 レンの席は今空席になっている。

 もう一人、ヒビキも今日は登校していないのだが、彼女の欠席はちょくちょくある事でそこには触れないのがクラスの暗黙の了解となっているのでライオネットは名前を出さなかったのだろう。


「問題ない」


 テキストをめくりながらディー教師が答えた。


「レン・シュンカとヒビキ。ナグモ両名は本日は公欠だ。皇帝陛下の御召しにより狩りのお供をしている」


「ふーん!!!??? そうなんだぁ!!!??」


 それに対するライオネットの返事はほとんど絶叫であった。

 教室内の多くの生徒が顔をしかめて耳を塞ぐ、その中には席が近いサムトーもいた。


「声がでけえなオイ」

「すまん。ビックリしたのと嫉妬で声量がおかしくなった」


 正直に申告するライオネットであった。


 ────────────────────────


 帝都南西に位置する広大な森林地帯『ヘレムレンの森』

 皇帝の狩りはこの森と隣接して広がる草原を使って行われる。

 複数人が集団となりチーム戦の形式で行うのが通例だ。


 今草原には一定の間隔を置いて白と赤の二つの陣幕が張られている。

 白は皇帝ザリオン、赤はファルメイア将軍の陣幕である。

 皇帝と将軍はその陣幕で獲物を待ち受ける。

 そしてそれぞれのチームの勢子が森に入り獲物を見つけ自陣へと追い立てるのである。


 屋外用の背もたれのない椅子に座る皇帝ザリオン。

 彼の出で立ちは城にいる時と変わらずゆったりとしたローブに毛皮を羽織っている。

 悠然と寛ぐ皇帝……その前にはレンとヒビキの二人が片膝を地に突き深く頭を垂れていた。


「皇帝陛下におかれましては、ご機嫌麗しいご様子……」


 直に接する皇帝、その静かにして圧倒的な存在感にレンは喉がひりつき言葉に詰まらないか必死であった。


「よい。堅苦しい挨拶はやめにせよ」


 レンの口上を片手を軽く上げたザリオンが遮った。

 言葉を止めたレンは視線を地に落としたまま皇帝の次の言葉を待つ。


「今日は余興よ。そなたらも楽しんでゆけ」


『御意にございます』


 レンとヒビキ、二人の返事が唱和した。


 今日の二人の役割は勢子である。

 森へ入り獲物を見つけ自陣へと追い立てる。

 それを討つのは狩り役のザリオンとファルメイアだ。

 この二人の内のどちらかが討って初めて勝敗を決めるポイントとしてカウントされるのである。

 既定の時間が経過した後に双方の獲物の数と質を比べて勝敗が決まる。

 勢子が倒してしまうと獲物にカウントはされない。

 仕留めるのはあくまでも狩り役でなければならないのだ。


 勢子の待機場所へ移動した二人。

 今日の勢子は二人だけではない。

 近衛衆とファルメイアの軍からそれぞれ十名が双方のチームに参加している。

 とはいえ今日のメインはレンとヒビキの二人だ。

 それ以外の者たちは狩り役の待ち時間が長くなりすぎてだれないように適度に小物を連れてきて場を持たせる役割だ。一定のラインから森の奥へは入らない取り決めになっている。


 設置された長椅子に腰を下ろしているレン。

 先ほどから彼は立ち上がったり座ったりを繰り返し何度も深呼吸している。


(緊張してるな。……結構小心者なのか?)


 そわそわしているレンを遠目に見ているヒビキ。

 緊張といえば彼女もしていないわけではないのだが、視界に自分よりガチガチになっている者がいると冷静になれるものである。


 楽しめ、と皇帝は言うが……。


 余興ではあっても勝敗がある以上はどうしてもそれを意識せずにはいられない。

 しかもそれぞれが組んでいる相手は皇帝陛下に天魔七将様ときているのだ。


「おい、落ち着け。そんなじゃ森の中でコケるぞ」

「……は、はい」


 声を掛けてきたファルメイア麾下の騎士に上ずった声で返答するレン。

 そしてレンはその騎士が自分がファルメイアの屋敷に連れて行かれた日に自分を案内した騎士だと気付く。


「気持ちはわからんでもないがな。どちらにせよもうこうなったら開き直ってやるしかないぞ」


 あの日は当たりが強いと思っていた騎士が今は気を使ってくれているようだ。

 それだけ自分のナーバスさが目に余るのかもしれないが……。


(そうだな。うろたえた所でもうどうにもならないか)


 力んだところで自身の力量が変化するわけでもない。

 レンはようやく少し動悸が治まるのを感じる。


「時間だ」


 騎士たちが身構える。

 レンもそれに倣って走り出せるように腰を低く落とした。


 ……そして狩りの開始を意味する銅鑼の音が草原に響き渡る。


 勢子たちは全員弾かれたように森へと向かって走り出すのだった。


 ────────────────────────


「小物の相手はするなよ!!」

「足を止めずに森の奥を目指せ!!」


 ファルメイアの騎士たちの言葉を背に受け肩越しにうなずくとレンが加速する。

 自分以外の勢子は森の浅い部分までしか侵入を許されていない。大物は望めないだろう。


(よし……やってやる!!)


 腹が据わり、レンが意気込む。

 自分の最終的な目的の……復讐の為にもここは主人を勝たせてポイントを稼がなくてはならない。


「……!」


 その時、獣人特有の鋭敏な感覚が付近を自分とほぼ同じ速度で同じ方向に進む者の存在を感知した。


(いる。……ナグモだな)


 森の中を駆け抜ける狐耳の少女を想像するレン。

 レンは仲間の半獣人より身体能力に優れる、しかも森の中の移動は幼少時から慣れている。


 ……それなのに、その自分とほぼ同じ速度で彼女は進んでいる。

 なるほど強敵だ。

 わざわざ皇帝が見たいと呼び出すだけの逸材であるという事だろう。


(……ん?)


 その時だ。

 ほんの一瞬だが、レンはヒビキ以外の何者かの気配を感じた気がした。


 獣や魔物の気配ではなかった。

 自分たち同様に高速で移動する人の気配だ。


 だがここは禁足地だ。

 帝国によって余人の立ち入りが禁じられている。

 そして今日も自分とヒビキ以外はここまで入りこむことは許されていない。


 ほんの一瞬のことであった。

 今はもう何も感じない。


(気のせいか……?)


 そもそも他の勢子は来ないと言ってもそれ以外の者ならその限りではないのだ。

 目付け役でも派遣されているのかもしれないとレンは思った。

 妨害でもされない限りはそちらを気にする余裕もない。


 レンはチハヤの気配が離れていくのを感じる。

 二人で同じ場所を探していてもしょうがない。河岸を変えるのだろう。


(俺も獲物を見つけなくては……!!)


 感覚を研ぎ澄まして周囲の生き物の気配を探る。

 だが、感じ取れるのは鳥や小動物の気配ばかりだ。

 それらの生き物もレンの気配を感じ取ったのか逃げ去っていく。


「少し殺気立ち過ぎているか……」


 獣は強者ほど臆病であると本で読んだ事がある。

 探す側の自分が強烈な気配を放てば距離を取られてしまうのかもしれない。

 そう思ったレンが呼吸を整え静かに気配を消していく。

 森と一体化するように。

 立ち並ぶ樹木の一本になったかのように。


「…………………………」


 そうして静かに周囲を探っているとレンは一つの気配を探り当てた。

 ……だがそれはやはり獣や魔物のものではない。

 人のものだ。


(やはりいる。気のせいじゃなかった。さっきの奴か?)


 向こうも気配を殺しているらしい。

 静かに移動している。自分の方へではない。


(ナグモを探している……? しかもこれ……)


 眉をひそめたレン。

 気配とともに微弱に感じ取れたものは冷たい殺気だ。

 これは目付け役などではない。

 殺意を……害意を持ってこの森に潜んでいる者がいる。


 ……ヒビキの向かった方向に移動している。

 一瞬だけ迷って、そしてレンは移動を開始した。


 気配を追って……ヒビキのいるであろう方角へ。


(くそっ! 何なんだ!! こっちはやらなきゃいけない事があるっていうのに!!)


 心の中で毒づきつつあまり陽の差さない薄暗い森の中を駆けるレンであった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る