第8話 漢のケジメ(菓子折り

 ……昔の夢を見た。

 楽しかった頃の夢を。


 少年時代のレン。

 当時は細い路地裏が彼らのたまり場だった。

 乱雑に置かれた木箱に座ったり壁に寄りかかったりしながら他愛のないお喋りでいくらでも時間をつぶすことができた。

 そこに今四人の子供の姿がある。

 全員が頭に猫科の動物の耳を持つ半獣人である。


「それじゃあレンは春からカルターゼンの塾に通うのか」


 他の子らに比べて頭一つ分背が高い青年……グループのリーダー格だったヒガン。

 灰色の毛の彼はレンより三つ年上だ。

 色々決めて皆を引っ張っていく。そんなリーダーシップがあってレンたちから慕われていた。


 ヒガンの言葉にレンはうなずく。

 レンは近々故郷ではない近隣のカルターゼンという町の私塾に通うことが決まっていた。


「え~……寂しいなぁ。レン君、どうして他の町でお勉強するの? ここじゃだめなの?」


 眉毛をハの字にしてしょんぼりしている銀の毛の少女はミヤコ。

 歳はレンより一つ上。

 よく笑い、よく食べる。陽だまりの雰囲気を持つ少女だった。


「離れた町に一人で行けって……太守様も厳しいね~」


 大きくため息をついた丸い顔の茶色い髪の男の子はフゲン。

 レンと同い年のこの少年は引っ込み思案で大人しい子だ。


 フゲンの今言った『太守様』とは彼らの暮らすこの都市国家シンガンの最高権力者リュウコウの事だ。

 このリュウコウはレンの母方の祖父である。


「リュウコウ様はレンの将来は自分で好きに決めさせたいんだろ。ここで学べば自動的に学者か物書きだからな」


 ヒガンはそう言って木の実を口に放り込んだ。


 シンガンは『本の街』と呼ばれている。

 街中に書庫や書店が溢れており学者や研究者が大勢暮らしている。

 都市国家とは言っても帝国領の大きめの村よりはやや大きいと言った程度の規模。

 それが広大な帝国領内においてポツンと中立都市として存在しているのだ。

 それはシンガン創設者の『いかなる勢力にも与せず』という意向によるものであり今の所帝国がそれを黙認しているので成立している街なのだ。


『シンガンを出て学びなさい、レンよ。帝国で身を立てたいと言うのであれば武術も修めねばならん。それはここでは学べまい。カルターゼンのソロンは教え手として優秀な男だ。お前を導いてくれるだろう。多くを学び、自分がどう生きるのかを決めなさい』


 祖父の言葉を思い出すレン。

 ヒガンの言葉は的を射ていたのだった。


「他の街と言ってもカルターゼンは馬を使えば半日だ。たまには顔を見せに帰るよ」

「本当にぃ? 向こうでお友達ができたからって私たちのこと忘れちゃヤだよ~」


 涙目のミヤコに優しくうなずくレンであった。


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「……………」


 ベッドの上で上体を起こすレン。

 まだ部屋は暗い。

 日の出はまだだが感覚でそれがすぐである事を感じる。


 寝覚めの気分は最悪だった。

 動機が早い。

 寝巻の胸元を鷲掴みにする。


 夢に見たなつかしい顔。

 故郷の友人たち。


 ……今はもう、誰も残っていない。


 自分だけが独り残されてしまった。

 あの夜に……全ては炎の中に消えたのだ。


 彼女の……紅蓮将軍ファルメイアの放った炎の向こうに消えたのだ。


「ぐっ……うぅ……」


 掴んだ胸倉の皴が伸びる。

 涙は出ない。

 あの夜に枯れてしまったのだろうか。

 あれから何度もあの瞬間も、楽しかった頃の事も思い返してきたが涙は出なかった。


(俺はもう死人のようなものだから……だから、泣けないのか……)


 残った命の使い道だけは決めている。

 それさえ叶うのであれば自分は地獄へ落ちようが悔いはない。


 レンは決意を新たに静かに瞳を閉じた。


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 編入3日目。


「よう、レン!!」


 片手を上げて挨拶をしてきた男……ライオネット・エルヴァンシス。

 昨日の今日でレンと同じく顔中絆創膏まみれだ。


「……………………」


 そんな彼をちらりと一瞥して無言のままレンはその脇を通り過ぎて席へ向かった。

 ただでさえ彼は憂鬱な目覚めで機嫌が良くないのだ。


「あ、あれ……?」


 無視されたライオネットが手を挙げた姿勢のままポカンとしている。


「そりゃそうだろうよ」


 近くの席のサムトーがため息をついた。


「いや俺たちは本音でぶつかり合った。それでお互い認め合う流れだろうが」

「そうなってねえからあんな冷たくされるんだろ」


 釈然としない表情でしばらく虚空に視線を彷徨わせたライオネット。

 そして彼は何かに気が付いたようにハッとなる。


「もしかして俺、嫌われてんのか!?」

「嫌われてるつーか、まあ……ウザがられてはいるだろうな」


 半眼のサムトーが言うとライオネットは両手で頭を抱え込んだ。


「おおおおお……なんてこった。上手くいってると思ってたのによぉ……」

「んな蛮族の儀式みてーなやり方で人間関係構築しようとするからだろ」


 肩をすくめるサムトー。

 ライオネットは頭を抱えて机に突っ伏したままである。


「……ったく、しょうがねえな」


 やれやれ、といった風にため息をつくサムトーだった。


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 昼休みになった。

 食堂は大勢の生徒たちで賑わっている。

 器の並んだトレイを手に長テーブルの端に一人で座ったレン。


 食事をしながら顔をしかめる。

 口の中が切れているのでしみるのだ。

 そのレンの真正面に誰かがトレイを置いて座った。


「邪魔するぜ」


 座ったのはサムトーだ。

 周囲を横目で見るレン。

 席の空きはあちこちにある。

 それでも尚ここへ座ったということは自分に用があるのだろう。


「サムトー・ユングだ。よろしくな」


 軽い調子で名乗るサムトーにため息で応じるレン。

 機嫌がよくないのは相変わらずだ。


「何の用だ」


 ジロリと剣呑な視線を向けるレン。

 暑苦しいバトル馬鹿の次は何やら軽薄そうな奴が絡んできた、そう思って。


「おいおい待て待てそうトゲトゲすんなって……」


 慌てるサムトー。


「ライオの事でちょっとな。まあお前にしてみりゃいきなり喧嘩売ってきたやべえアホに見えてるだろうけど……まあ実際やべえアホではあるんだけどよ」


 フォークに刺した肉を口に放り込んだサムトー。

 食事をしつつ彼は話を続ける。


「まああんなでも武道でも座学でも学年主席ってのは事実でよ。先輩方にも一目置かれてる。んで結構周りに気を遣う方でもあるんだわ、あれで。その気の遣い方がコレだもんでよくトラブルにもなるんだがな」

「……………………」


 レンは黙ってサムトーの話を聞いている。

 彼が何を言いたいのかまだよくわからない。


「今回の件は奴なりにお前が上手く皆に溶け込めるように考えてのことでよ。ライオと正面からやり合ったお前をナメる奴は少なくともこの学年にゃもういねえよ。半獣人だからって下に見られることも減るだろうぜ」

「言われるままに俺が頭を下げていたらどうなった」


 レンが問うとサムトーはひょいと肩をすくめる。


「そん時は舎弟だって事でお前をかばってやる気だったんだよ。実際そういう生徒が何人かいる。……まあ、そんなワケだからよ、仲良くつるめとまでは言う気はねえが挨拶程度はしてやると奴も……」


 言いかけたサムトーの言葉が止まる。

 丁度そこに本人……ライオネットがやってきたのだ。


「おう、ここにいたのか。レン、これを受け取れ」


 そう言ってライオネットがレンに向かって差し出したのは饅頭の入った平べったい箱である。

 上に「お詫び」と記された熨斗紙が付いている。


「ご家族で召し上がってください」


「……まあ、やべえアホなんだけどさ」


 饅頭の箱を前に無言なレンに苦笑交じりに言うサムトーであった

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