第6話 編入生歓迎パンチ

「流石七将サマともなると違うねぇ? 飼い猫がこんな所にまで入り込みやがるぜ」


 ライオネットは尚もレンを挑発している。


「おい、やめとけよ」


 別の生徒が嗜めるがライオネットは気にする様子も無い。

 彼の行いに声を上げたのはその男子生徒だけだ。

 後の者は我関せずとスルーを決め込んでいるか、あるいは多少興味深げに成り行きを見守るのみだ。


 歓迎されはしないだろうという事は予想していたが……。

 レンの気が重くなる。


(相手にしたら負けだな)


 そしてライオネットから視線を外すとそのまま無言でレンは自分の席に着いた。


「……チッ」


 舌打ちをして表情を歪めたライオネット。

 面白くねえ、とへの字に結んだ口元が語っている。


(無視を続けている内にこっちへの興味を失ってくれればいいんだがな……)


 憂鬱な気分でそう思うレン。

 そしてその自分の希望は恐らく叶うまいとも何となく想像するのだった。


 ────────────────────────


 そして放課後。

 何とか無難に初日を乗り切れたかと思っていたレンに再びライオネットが接触してきた。


「よォ新入り。ちょっと顔を貸してくれよ」

「……俺は用はない」


 うんざりしつつもなるべく相手を刺激しないよう淡白な対応をするレン。


「まあそう言うんじゃねえよ。折角同じクラスになれたんだ……親睦を深めなきゃなぁ」


 口にしたセリフとは真逆の空気で、得物を見つけた肉食獣の目付きでレンの前に立ち塞がったライオネット。


 随分執着されている。

 これは……何らかの決着をつけない限りは付き纏われるだろう、そうレンは判断した。


「手短に頼む」


 嘆息交じりに言うレンに「こっちだ」というように顎でしゃくってライオネットが歩き出した。


 そして二人がやってきたのは修練場だ。

 主に武術の鍛錬を行う施設。

 板張りの広い屋内は今は他に人影が無い。


(改めて見るとこいつ本当に体格がいいな)


 対峙するブロンドの男を見てレンはそう思った。

 170そこそこの身長の自分に対してライオネットは180台半ばと言った所か……。

 上背がある上に肩幅もあって筋肉質なので本当に大きく見える。

 筋肉ダルマというわけでもない引き締まった体格だ。


「さぁて単刀直入に言うぜ。お前俺の下に付きな。舎弟としてこき使ってやるよ」


 自分を親指で指して獰猛に笑うライオネット。


「七将推薦のお前を舎弟にすりゃ俺にも一層箔が付くってもんだぜ。なぁ? 俺は学年首席だからな。俺に付いてくりゃお前にもそこそこいい目は見せてやるよ」


 その首席が事実ならそれ以上箔を付けなくてもいいのではないか、と思ったレンだがそれを口にはしない。

 権力や財力は持てば持つほど飢えるものだと聞いた事があるような気がする。


「悪いが……興味がない。他を当たってくれ」


 軽く首を横に振ってからレンはライオネットとすれ違う形で修練場の出口へ向かう。


 ……その瞬間。


「ッッ!!!」


 突然激しくブレた視界。頬に感じた激しい熱。

 口内に血の味が広がる。


(クッ……こいつ……!!!)


 奥歯をかみ締めライオネットを睨み付けるレン。


「俺が声掛けてやってんだ。イヤですは通らねぇんだよ」


 たった今、自分を殴り飛ばした拳を誇示するように見せ付けて相手はニヤニヤと笑っている。


「ホラどうした? やられっぱなしか獣野郎」


 嘲笑混じりに言うライオネットにレンの頭に血が上った。

 拳を握り締める。

 やり返すか、と……前に踏み出しかかったその時。


 彼の脳内にいくつかの記憶がフラッシュバックした。


 炎に包まれた故郷が……そして、紅い女将軍が。


「……………………………………」


 頭が、そして心が冷えていく。

 ふーっと鼻で息をしてレンは持ち上げかけた拳を下ろす。

 この程度の事、あの惨劇の夜の記憶に比べればまったく取るに足らないものだ。


 ……復讐の為にファルメイアの信頼を得る必要がある。

 その彼女の指示で通い始めたこの学校で問題を起こすわけにはいかない。


「用はそれだけか。もう俺に構うな」


 落ち着いてそう言い残してその場を立ち去る。


「……腰抜け野郎がよ」


 背後で苛立たしげな声がするが、彼はもう振り返らなかった。


 ────────────────────────


 日が落ちてから屋敷に戻ったファルメイア。

 鎧を脱いで洋服に着替えた彼女は控える従者の頬の絆創膏に気が付いた。


「早速何かあったみたいね?」

「取るに足らないことです」


 悪戯相手を前にした猫のように目を輝かせるファルメイア。

 対するレンは淡々とそれに対応する。

 主は夕食の時間である。

 大きな食卓に一人、紅髪の女主人が着く。


「今日は一日、帰ってからあんたの話を聞くのを楽しみにしてたのよ。さ、レン……今日あった事を話しなさい。なるべく詳細にね」


 食事をしつつ楽しげなファルメイア。

 仕方なくレンは今日学校であった事を彼女に話して聞かせた。

 楽しい話ではないが主人が詳細にと言っている以上しょうがない。

 とにかく今は彼女の望むようにしなくてはならないのだ。


「あははは。相変わらずそういうのがいるのね。あそこはね、レン……卒業生の大部分はそのまま帝国軍に士官する。それで、在学時の人間関係が軍属になってからもそのまま持ち越されるパターンが多いのよ」


 分厚い肉を上品に口にするファルメイア。

 ちなみに所作は上品であるが彼女はかなりの健啖家であり良く食べる。


「学生時代ボスと子分の間柄だとボスの方が先に出世していったりとかね。人間関係も実力の内だと判断されるからね。だから学生時代からマウント取るのに必死になる奴もいるわけ」


 なるほど、とレンは思った。

 そういう事ならばライオネットのあの態度も肯ける。

 奴は特に上昇志向が高そうだしな……と。


「それで? あんたはどうしたわけ?」

「それは……無視しましたよ」


 当然の事を聞く、とレンは思う。

 ところがそう言われてファルメイアは不思議そうな顔をするのだった。


「どうして?」

「どうしてって……問題を起こすわけにはいきませんから。自分はファルメイア様のお名前で通っている身です」


 ふむ、と彼女は食事の手を止める。


「なるほどね。結構生真面目なのねあんた」


 ファルメイアがレンの方を向いた。

 彼女はもう笑っていない。


「でもね? レン。私はあんたが理不尽な目に遭ったのに私を理由に我慢しているってなったら、そっちの方がずっと不愉快で悲しいわ」


「…………!」


 意外な事を言われて戸惑うレン。


「けしかけるつもりは無いけど今度同じ事があったらあんたの望むように対応しなさい。それでも放っておくっていうんならそれでもいいし」


 ファルメイアが笑った。

 先ほどの面白がっている笑みともどこか違う仄かな暖かみを感じる笑顔だった。


 ────────────────────────


 そしてレン・シュンカ学生生活2日目。

 食堂で昼食をとり終えて戻った彼に再度ライオネットがちょっかいを掛けてきた。


 席へ戻ろうとした彼に丁度躓くようなタイミングで足を出したのだ。

 それをひょいと飛び越えて回避したレンであったが……。


「………………………………」


 無言でライオネットを見たレン。

 ブロンドの男は相変わらず薄笑いを浮べて挑発的な視線を投げ付けてきている。


(望むように……か)


 自分はどうするべきか短い時間で彼は考える。

 昨日からの一連の流れを思い出しながら。


(まあ、やっぱり腹は立つな。やっておくか)


 そう思った瞬間、レンは行動に移っていた。

 昨日自分がやられたように思い切りライオネットの顔面を殴り飛ばす。


「ッッ!!!!」


 強制的に横を向かされたライオネット。

 その瞳が驚きに見開かれている。


「……おっ」


 思わず声を出していたのは当事者のどちらでもなく、別の男子生徒であった。



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