第13話 アドミニストレーター

 おばさんと最強のオプティマイザーであるミスターブラウンとの戦いが始まった。


 俺たちは、言われた通り手出しをせずに、少し離れた場所に避難して静観することにした。万が一、おばさんが倒されそうになったら助けに入ろうとは思ったが、二人の非常にハイレベルな戦いに、入り込む余地は全く無かった。


 二人はどれくらい戦っていただろうか。おそらく30分は経過している。その頃になると、ようやくお互いの体力が底をつきはじめ、動きが鈍くなってきた。そして、最後は気合と根性の僅差で雌雄が決した。


「はぁ… さあ、私が勝ったのだから、何でも言うことを聞くのよ」


 息を切らせながらおばさんが言う。


「そんな約束をした覚えはない」


 ミスターブラウンは言葉を発するのも苦しそうだ。完全に力尽きて、戦闘不能である。


「そんなの、一騎打ちの常識でしょ。暗黙の了解ってやつよ! さあ、政府のAIが設置してある場所に案内してもらうわ」


「俺は知らん。AIの本体は、アドミニストレーターが管理している」


「じゃぁ、その人に連絡して頂戴」


「連絡しなくても、俺たちの戦いを監視していた筈だから、向こうから連絡が来るだろう」


「ふーん、そいつは強いの?」


「戦ったことはないからわからない。ただ、この男と同じように不老不死の能力があり、300年近く生きているらしい。だから、その男にとても会いたがっていた」


 なんと! 俺と同じ能力を持つ人間がいたのか。それは、俺もぜひ会ってみたい。


 しばらくすると、ミスターブラウンの言う通り、俺たちの魔道器ティアデバイスに通知が来た。


「私の居場所は、正面の建物の最上階です。お話ししたいことがあるので、ここまで来てください」


 俺たちは、案内されるままに建物の最上階に向かった。



 道すがら、おばさんと京子が神AIについて話している。


「ここには、AI政府が全世界の政治、経済、行政を行っている、神AIが設置されているはずよ」


「たしか、テュル神と呼ばれているAIね。500年以上前に作られた人類最高のAIなんでしょ?」


「そうよ。このテュル神が人間社会を支配するようになって、戦争や貧困のない平和な世界がもたらせれたの。それまでは人類は殺し合いを止められなかったのよ。このAIは、人類が二度と戦争を起こさず、平和で幸せな暮らしができるよう、設計されて作られたの」


「500年の間ずっとこのAIが世界をコントロールしていたの?」


「いいえ、今から300年ほど前、アンドロイドの技術が進歩して、人間と同じ心を持ったアンドロイドが誕生したのよ。その時に、アンドロイドと人類の共存のために、新たな神AIが作られたの」


「それが女神様AIですね。以前お話を聞かせてもらいました」


「でも、それが原因でまた戦争が起こり、人の心を持ったアンドロイドはすべて破壊されてしまったのですね。とてもかわいそう」


 リカが悲しそうに話す。彼女は動物好きだが、アンドロイドにも同様の愛情を持っているようだ。


「テュル神は、人間が第一という設計思想で作られたから、アンドロイドが人間社会を脅かすことが許容できなかったのよ。人の心を持つアンドロイドの権利を考えるのは、難しい問題だわ」


 なるほど。テュル神が作られた500年前には、人間の心を持つアンドロイドが現れることを想定できなかったのか。


「でも、人間を最優先する筈のテュル神が、最近になって人を殺せるアンドロイドを作ろうとしているなんて、どう考えても異常だわ。何が起こっているのかを突き止めないと」


 確かに。テュル神には人間の寿命の制限や歴史改竄の問題があるとは言え、平和を維持してきたAIが人殺しとはおかしな話だ。


 そうこうしているうちに、目的の部屋の前に到着した。


---


「ここにテュル神と言われているAIがあるのね。私も初めて見るわ」


 おばさんの顔も好奇心に満ちている。さすが親子だ。


 部屋の中央には、美しい造形美を持つ、大きなコンピューターが設置してあった。とても500年以上前に造られた装置とは思えない。


「いったい中身はどうなっているのかな?」


 好奇心旺盛な京子が、キラキラと輝いている美しいパネルを開いて中を覗き見ようとしている。


「おい、やたらに触らるなよ! 全世界の政治・経済・行政などを一手に処理しているAIだ。もし停止してしまったら、世界中がパニックになるぞ!」


 俺がそんな事を言って思いとどまる京子ではない。無駄だとはわかっていた。


「これ、中身が…」


 派手な装飾の本体の中には、古びた小さなコンピューターのようなものが置いてあった。しかも、どう見ても電源が入っておらず、動作しているとは思えない」


 俺たちはしばらくの間、息をのんで眺めていた。すると、部屋の奥から声がした。


「それがテュル神よ。500年にわたり世界を治めてきた人類最高のAI。見ての通り、動いていないわ」


 奥から一人の美しい女性が俺たちの前に現れた。彼女が、ミスターブラウンが話していた神AIの管理者、アドミニストレーターだということは、すぐに理解できた。


 何よりも驚いたのは、彼女の容姿がリカと瓜二つなのだ。一卵性双生児といって良いほどよく似た二人は、お互いの顔を見つめ合い、驚愕している。


 アドミニストレーターがリカに向かって言った。


「あなた、もしかして…」


--- 第13話 END ---

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