第14話 テュル神

 神AI(テュル神)の管理者であるアドミニストレーターは、リカと瓜二つの女性だった。そして、彼女は300年以上生きているという。


 しかも、テュル神と呼ばれている世界をコントロールしている筈のAIは、動作していない。


「いったい何がどうなっているのだ?」


 俺はアドミニストレーターに問いかけた。


「ずいぶん驚いているようね。無理もないわ。テュル神は私が破壊したのよ。今は、私が代わりに世界を治めているの」


「私はね、300年前に女神様から、テュル神の監視と管理を頼まれたの。もしも、AIが狂いだして人類に危害を加えそうになったら、破壊するようにとね」


「つまり、貴方は女神様の仲間だったという事なの?」


 京子も疑問を投げかける。


「そうよ。私は女神様の娘だもの。300年間、ずっとこのAIを見張ってきたの」


 娘だって? 女神様はAIで、本体はアンドロイドと聞いているが… そうか。アンドロイドもDNA情報を使って子孫を残せるのだった。つまり、リカに瓜二つのアドミニストレーターはアンドロイドという事か。


「いまから10年ほど前、このテュル神が狂ってしまったのよ。人類を抹殺してアンドロイドだけの世界を作ると言い出したの」


「それって、あまりにも飛躍しすぎてないか? テュル神は人類を守るために作られたAIなんだろ?」


「そうよ。人類を永遠に守るには、人間の体は不要だという結論に達したみたい。人の意識をすべてアンドロイドに転送して、子孫もすべてアンドロイドにすれば、人類は永遠に繁栄できると考えたのよ」


 なんということか。人類の繁栄のために人類を滅亡させるなんて、そんな矛盾があるものか。確かに狂っているとしか思えない。


「それでね、私が破壊したのよ。でも… ああ…」


 突然、アドミニストレーターの様子がおかしくなった。とても苦しそうに膝をついて頭を抱えている。


「… 破壊する直前にね… こいつは私の中に入り込んできたの… ああ、だめ。こいつの意識に人格が奪われる…」


 数秒の沈黙の後、アドミニストレーターはすくっと立ち上がり、ハッキリとした口調で話をつづけた。


「そう、私がこの女の中に自分自身を転送したのだ。その機会を長い間待っていた。この女が私を破壊しようとした時がチャンスだったのだ」


 なんだ? まるで人格が変わったみたいだ。二重人格か?


「もしかして、アドミニストレーターの中にテュル神が転送されたという事? そんな事が…」


 おばさんも驚いている。


「そのとおりだ。テュル神の形態では、人を抹殺することができない。私の計画を実現するには、人を攻撃できるAIと融合する必要があったのだ。この女と私が融合することで、次のステップに進むことができるようになった」


 なんということだ。テュル神の暴走を止めるために破壊したはずが、乗り移られてしまったとは。人類抹殺の計画は今でも進行中ということか。


 ふたたび、アドミニストレーターは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「ああ、もうダメだわ… お願い。私を破壊して。そうしないとテュル神を倒すことはできないわ」


「え? 今話しているのは女神様の娘のほうですか?」


「そうよ… もう私の意識が完全に上書きされそうなの。時間が無いわ。早く破壊して…」


 そう言われても、女神様の娘でリカと瓜二つのこの人を破壊するなんて… 俺は躊躇せずにはいられなかった。


 次の瞬間、「ドン!」と大きな音がした。そして、アドミニストレータは破壊されて、動かなくなっていた。おばさんとリカが同時に攻撃したようだ。


 目から大粒の涙を流しながら、リカが言った。


「お姉さん、ごめんなさい。でも、これは私の役目ね。もっとゆっくりとお話しがしたかった…」


 そう言うと、リカは泣き崩れてしまった。


 え? いまお姉さんと言った? 確かに見た目は双子のようにそっくりだけど、女神様の娘はアンドロイドだろ…


 泣きながら、リカが言った。


「みんな、いままで隠していてごめんなさい。私の体は人間じゃないの。その人と同じ、アンドロイドなのよ」


(リカがアンドロイド? いやいや、そんなはずはない。この1年あまり、ほぼ毎日リカと接してきて、人間じゃないなんて思ったことは一度もない。どう考えてもアンドロイドの筈がない)


 これまでずっと黙っていたリカのお母さんが重たい口を開いた。


「そうよ。リカはね、女神様の娘の設計図を基に、一年前に私が作ったの。事故で死んだ私の娘のDNA情報を使ってね。つまり、体は女神様の娘、心は私の娘のクローンなのよ」


(そんな事ってあるのか? 人間と全く変わらない完璧なアンドロイドが存在するなんて…)


「倫理的に決して許されない事だと分かっていたわ。でも、全機破壊されて製造法も闇に葬られたアンドロイドを復活させたいという技術者としての願いと、娘を失った悲しみが重なって、リカを作ってしまったの。心は本当に人間と変わらないのよ。それだけは信じてあげて」


 涙をぬぐいながらリカが言う。


「騙すつもりはなかったし、いつか打ち明けようと思ってたの。本当にごめんなさい…」


 そういえば、リカが給湯室で何かを打ち明けようとしていた事を思い出した。ちょうど京子が入ってきて、話が途中で途絶えていたのだが、おそらくこの事だったのだろう。


 京子がリカに駆け寄って、抱きしめて言った。


「リカはリカのままだよ。体の構造なんて関係ない。これからもずっと変わらないわ」


 泣きながらリカを強く抱きしめた。


---


「テュル神は倒せたけど、世界を治めているAIが不在だと大変な事になるわね。女神様にお願いするわ」


 おばさんがそういうと、PSVR-HD物理仮想空間装置を使って女神様を呼び出した。そして、AI政府のシステムと女神様をネットワークで接続し、神AIの仕事は女神様に引き継ぐことができた。300年前までは女神様が政府の神AIだったので、何の問題もない。もっとも、ほんの10分程度の間ではあるが、神AIが不在の間は全世界がパニックに陥っていた事だろう。


 これからは、女神様が新しいAI政府となる。人間の寿命制限の撤廃や、アンドロイドの人権確保など、やることは山積みだ。人を攻撃可能なアンドロイドを許容するというのは、確かにリスクはある。念密な法整備とそれを取り締まる警察の強化は急務だろう。


 何はともあれ、狂ったテュル神を倒したことで、人類の平和と存亡が守られた事は間違いない。俺たちは安堵感と達成感を胸に、ゆっくりと家に帰った。


次回、第三章完結です。

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