第9話 囮
リカの家へ向かう途中、京子に尋ねた。
「なんでリカのお母さんが、粛清リストに入っていたのだろう?」
「リカのお母さんはね、アンドロイド開発の第一人者なんだって。しかも、ロストテクノロジーについての研究が専門だったらしいわ。あの研修施設で作られたアンドロイドはお粗末だったでしょ? 今のAI政府にはロストテクノロジーとなった旧式アンドロイドを作る技術がないの」
「AI政府はリカのお母さんの技術が目当てということか」
「おそらく、以前から目を付けられていたんだわ。まずいことになったわね」
俺たちがリカの家に着いた時、家にはリカの他に誰も居なかった。
リカの父親は研究中の事故で亡くなっており、兄弟もいないらしい。今まで知らなかったが、この世界では珍しい、母と子の二人暮らしだったそうだ。
リカが、過去の痕跡を調べる魔法で、母親が家から居なくなった時の様子を調べている。
その結果、オプティマイザーらしき人が家に押しかけ、力づくで母親を連れ出していた事が判った。
リカの目からは大粒の涙が零れ落ちている。
「お母さん… どうか無事でいて…」
連絡を聞いて、おばさん(京子の母)も駆けつけてくれた。
「間に合わなかったみたいね。残念だわ」
おばさんも落胆した様子だ。リカの母親とは仲が良かったらしい。
俺が京子に聞いた。
「粛清リストに、俺や京子のご両親の名前は?」
「なかったわ。他は知らない名前ばかり。お母さん、知っている名前ある?」
京子がおばさんにリストを見せるが、ほとんどは反政府組織とは無関係の人らしい。どうやら、手あたり次第に怪しい人をリストアップしているだけのようだ。
何とかしてリカのお母さんを救い出したいのだが、捕らわれている場所を知る方法がない。オプティマイザーが動いたとなると、救出する場所を特定するだけでもかなりの時間を要するだろう。何か良い方法は無いだろうか?
「困ったわねぇ。どこかに手掛かりはないかしら?」
京子も困り顔だ。リカは立ちすくんで呆然としている。
俺は、少し前に学校の給湯室でリカから聞いた話を思い出した。不老の能力を有する俺の存在は、AI政府にとって非常に重要であるということ。おそらくリカの母親よりも、俺のほうが利用価値が高いだろう。そこで名案を考えた。
「人質交換というのはどうだろう?」
「え? どういうこと?」
「AI政府は、喉から手が出るほど、永遠の命を持つ俺を確保して調べたい筈だ」
「ええ、そうだわ。まさか、あなた変なこと考えてないでしょうね?」
「変なことじゃない。AI政府に、リカの母親と俺の人質交換を提案するんだ」
「なにバカな事を言っているの?」
京子は驚きと怒りを露わにしている。
「京子なら、発信者が絶対にわからないようにメッセージを送れるよね」
「もちろんよ。でも、絶対に送らないわよ!」
「しかし、今は他に方法を思いつかない。人質交換といっても、リカの母親を見つけた時点で力づくで取り戻せばいい。俺はリカの母親を引きずり出すための囮になるだけだよ」
「でも、あまりに危険すぎるよ。あなたを確保するためなら、オプティマイザーが総出でやってくるわ」
おばさんは黙って考え込んでいる。なにか名案があるのだろうか?
「うーん、確かに危険を伴うけど、オプティマイザーを一網打尽にするチャンスかも」
おばさんがポツリという。
「え? リカのお母さんを取り戻すだけじゃなくて、敵を殲滅するということ?」
「そうよ。オプティマイザーが総出でやって来るなんて、滅多にないチャンスだわ。人質交換という話を持ちかけたなら、相手は人質を渡さずに貴方だけを確保する一挙両得を企てる筈よ。まさか、総攻撃をかけてくるとは思っても見ないでしょう。相手の裏をかくのよ」
おばさんの過激な発想には付いていけない。でも、確かにAI政府を倒すにはそれくらいやらないとダメなのか。
「こちらの戦力は?」
「あなたたちがいるわ。もちろん私も手伝うわよ」
「俺たち以外でオプティマイザーと戦える人はどれぐらい居るの?」
「いないわ」
「…」
「だって、私が最後の戦士だもの。カッコイイでしょ!」(ドヤ顔)
いや、ここはドヤ顔する場面じゃないだろ。最後の戦士って… 他はみんなやられたということか。
「大丈夫よ。あなた達がいるもの。でも、もう少し鍛えたほうが良いわね。明日からまた特訓ね♡」
こんな状況なのに、何故かおばさんは楽しそうである。もしや、人を鍛えるのが趣味なのかも。だからオプティマイザーの養成にも快く応じたのではないか。そんな疑いを抱いてしまう。
「さあ、私がオプティマイザー達に教えた以上の事を、貴方達に叩き込むわ。覚悟なさい♡」
次の日から、地獄の特訓が始まった。
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