第5話 脱出

「壁から離れて!」


 京子が叫んだ。


 俺たちは急いで壁から離れた。すると、壁の赤い箇所はみるみる広がっていき、中心が溶けだした。


 やがて人が通れるくらいまで穴が広がった後、壁の向こう側から美しい女性がこちらに向かって歩いて来た。


「おまたせ♡」


「どうしてリカが!?」


 かえではとても驚いている。


「話は後だ。今すぐ脱出しよう!」


 リカの開けた穴を通り抜けると、小さな洞窟に出た。その洞窟は近くの沢まで続いており、施設の外に出ることができた。


「どういうこと?」


 かえでが不思議そうに尋ねる。


 話は昨日まで遡る。


 かえでから返してもらったアクセサリーに隠された暗号を解読した後、施設への侵入を計画しハッキングを行った。ただ、いくら京子が天才ハッカーだとしても、AI政府のトップ研究機関である施設のセキュリティにしては脆弱過ぎる。


 考えてみると、昼間のアポ無しでの施設見学もそうだが、あまりにも都合よく事が運び過ぎている。これには違和感を感じていた。


「これ、罠かも知れないわね」


 おばさんが言った。かえでを囮にして俺たちを誘いこむ罠である可能性があるという。


 そこで、俺たちは罠にかかったフリをして、ロストテクノロジー研究所の秘密に迫りつつ、かえでの救出もしっかり行う計画を立てた。いわば二段構成の救出作戦である。


 施設の周辺を調べたところ、沢から続いている洞窟が施設の近くを通っており、10mほど岩を掘って進めば施設に侵入できる事が判明した。洞窟の周りは岩盤のため、機械を使わずに穴を掘るのは難しいのだが、超高温であらゆる物を溶かすプラズマメルトダウンの魔法なら、大きな音を立てずに岩に穴をあけることが可能だ。これは、リカの家に伝わる秘伝の魔法の一つだ。


 そこで、俺たちが罠にかかって捕らわれた後に、リカが俺たちを救出に来るという計画を立てたのだ。


「なるほどね。罠にハマった場合を想定して、確実に脱出する方法を考えていたのね。さすが京子さんのおばさんですね」


 かえでの部屋に防犯カメラが無いことは調査済みなので、俺たちが脱出したことには暫く気が付かないだろう。このままゆっくりと沢を下り、家に帰ればよい。施設のスタッフが異常に気づいた時には、すでに俺たちは帰宅しているという寸法だ。


---


 ところが、洞窟を出るところまでは順調だったが、予定通りには行かなかった。


 俺たち4人が沢を下っていると、突然空から無数の火の玉が降り注いできたのだ。


「メテオだ! バリア防御魔法!」


 京子がバリアを張ってメテオの直撃を防いでくれた。あたり一面は火の海だ。その炎の向こう側に、黒い人影が現れた。


 その人影が、手練れの魔法使いだと直感した。そして、ゆっくりと俺たちの方へ近寄ってきて、姿を現した。下品な仮面を被った男の姿は、見覚えのあるものだった。


(オプティマイザーだ!)


「やはりお前たちだったか。お前たちなら施設の罠を掻い潜って逃げ出すと思い、ここで待っていたのだ。俺に気づかれたのが運の尽きだったな」


 下品な仮面の男は、不敵に笑っている。


 でも、今回は4人対1人のうえ、俺たちはおばさんの特訓によって以前とは比べ物にならないほどパワーアップしている。オプティマイザ―が一人なら何とかなるかもしれない。そう考えて、俺たちは戦うことを選んだ。


「ふん、こないだはゴキブリのように逃げて行った癖に、また俺たちにやられたいのか?」


 俺の強気な発言にも全く動じず、男は余裕を見せる。


「今日は玲子さん(京子の母)は居ないようだな。お前たち子どもだけなら俺の敵ではない。思い知るがいい!」


(相手は油断している。ここは一気に行くぞ!)


(わかったわ)


 いよいよ特訓の成果を試す時が来た。まず、加速魔法を使われると厄介なので、それを封じるためにリカが重力魔法グラビティーノの範囲攻撃で周囲30mの重力を100倍にする。すかさず、俺たちは反重力フィールドを体に纏い、重力攻撃から身を守る。オプティマイザーも同様に反重力フィールドを使う事になるので、加速魔法は使えない。


 そして、相手に防御の猶予を与えないリカと京子の波状攻撃、かえでは後方支援に徹して、俺たちがダメージを受けると即座に回復してくれる。敵の動きが鈍ったところで、ドトメの防御不能な高密度プラズマブラスターによる一点集中攻撃。かつての俺の必殺技だ。


 さしものオプティマイザーも、俺たちの連携攻撃に成す術もなく、たちだころに戦闘不能となった。この間、わずか2分ほどである。


---


「信じられん、お前たちこの短期間でどうやって鍛えたのだ? それに、お前! なんだその魔法は。古代の魔法じゃないか。どうやってその魔法を覚えたのだ?」


「ふん、覚えたのではなく。思い出しただけだ。もはやお前など敵じゃないんだよ」


「なんだと! もしや... いやそんなはずはない... グハッ!」


 息も絶え絶えに声を出していたオプティマイザ―の背中を京子が踏みつける。


「大人しくしてなさい。貴方はおかあさんに預けて、牢屋にぶち込むわ。政府の刑務所と違って、私達の牢屋はとても居心地がいいわよ」


 ニヤリと微笑む京子。


(ううむ、やはり親子だな。何処となくおばさんに似てきた)


「ウググ…」


 苦しむオプティマイザー。


「さて、こいつをどうやって連れ帰ろうか?」


 俺がそう言うと、突然、森の暗闇の中から聞き慣れた声がした。


「あなたたち、やるなじゃい。よくオプティマイザーを倒したわ。これも私の特訓のお陰ね! ほほほ」


 おばさん(京子の母)だ。


「さあ、私といらっしゃい。たっぷりと可愛がってあげるわ♡」


 そういうと、おばさんはオプティマイザーを更にきつく拘束魔法で縛り上げて、連れ去って行った。


 おばさんはとても楽しそうである。


---


 辺りは少し明さを帯びて来て、鳥たちがさえずり始めている。


「想像していたよりも、簡単に倒せたね」


「そうだな。前に奴と対峙した時は、勝てるイメージがまったく持てなかったが、今は違う」


「ほんと、あなたたちは凄いわ。私は遠くから回復魔法を放つのが精一杯だったもの」


「いやいや、とても助かったよ。後方支援があると断然戦いやすいから」


かえでは少し照れ臭そうに下を向いている。そして、少しの間をおいて彼女が俺たちに言った。


「あのう、お願いがあるのだけど。施設には、私と同じように強制的に実験に参加させれれているインターンの人たちが居るの。あの人たちも助け出せるといいのだけど…」


「そうだな。強敵も倒したし、全員助けに行こうか?」


「うん、もちろん良いわよ」


 京子もリカも笑顔で返事をしてくれた。


 こうして俺たちは洞窟に逆戻りし、施設へと向かった。


 しかし、インターン生の救出は、俺たちが考えているほど簡単ではなかった。


--- 第5話 END ---

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