第9話 裏切り

§ 不思議な光景を目にしている俺だった


 俺の意識に突然現れた光景は、遠い昔、何者かと激しく戦っている自分の姿だった。見知らぬ場所だが、教会のようにも思える。そして、拘束されて絶体絶命となった時に唱えた魔法、


アイソレーション幽体離脱


 俺は、その呪文プロンプトを思い出すと同時に、思わず口にしてしまった。すると、意識が俺の体を離れ、天井から部屋を見下ろす位置にまで移動していた。暗闇の中で、うっすらと自分の姿やリカ、京子、店長も確認できる。


(幽体離脱!?)


 授業中に居眠りをしてた時、教師が投げたチョークを京子が防御した様子を、俺は宙から俯瞰していた。あの時と同じ感覚である。


 俺は、拘束されている自分自身や京子たちに向かって拘束解除の魔法を唱えた。

 

「リバート」


 すると、俺たちの拘束魔法が見事に消え去った。


 自由を得たリカが叫ぶ。


「ポチ、灯りを付けて!」


 リカがそういうと、ポチは「ワン」と返事をして、部屋の灯りを付けてくれた。店長は目を丸くして驚いている。(なんでポチがこの子の言いなりなんだ!?)


 狼狽うろたえる店長。この隙に京子が高密度のファイヤーボールを店長に放つ。


 すると、店長はマイクロブラックホールのような防御魔法を唱え、それを自分を中心に素早く周回させた。そして、京子が発したファイヤーボールを、ブラックホールの重力を利用して弾き返した。


(これは… ファイヤーボールをスイングバイさせて弾き返したのか!)


 スイングバイにより加速されたファイヤーボールが、京子を直撃した。まずい!


「おい、かえで! 何をやっている? 早く京子を倒せ!」


 店長が大声で怒鳴るが、かえでは京子に向かって魔法を放つことを躊躇ためらっているようだ。彼女の細い指先が細かく震えている。


「もういい、私がやる!」


 店長は京子に拘束魔法とファイヤーボールを同時に放った。全く異なる性質の魔法を同時に発動するのは、とても高度な技である。自身の放ったファイヤーボールを食らった上に、二つの魔法を同時発動され、京子は成す術もなかった。


 ところが、急にかえでが京子の前に立ちはだかり、店長の放ったファイヤーボールをバリア防御魔法で受け止めようとした。


(ぐぐぐ…)


 かえでは堪えるが、魔法の威力に負けて、ファイヤーボールの爆発とともに吹き飛ばされてしまった。


かえで! お前、裏切ったな!」


 突然の裏切りに驚きを隠せない店長。彼女は今の爆発で気を失っている。


 店長は8人の護衛とかえでがあっさりと戦闘不能になったことで、少々焦っているようだ。


 これで、残る敵は店長一人となった。


 店長に焦りが見えた隙に、俺と京子で一斉に店長に攻撃を仕掛ける。ところが、店長はスイングバイを巧みに操り、なかなか当たらない。そして、店長の繰り出す攻撃は、多彩で威力もあり、かなりの手練れという事が分かる。


(もしかしたら、奴はオプティマイザーなのか?)


 そんな不安が脳裏をよぎった。オプティマイザ―は、一級プロンプター魔法使いが束になっても倒せないという。京子のお母さんにも、オプティマイザ―とは戦わないよう忠告を受けていた。


 俺たちと店長の戦いは一進一退だったが、少し離れたところで体力を温存していたリカが言った。


「ポチ、かえでを安全なところまで避難させて!」


 リカがポチに命令すると、ポチは「ワン」と快い返事をして、かえでを部屋から連れ出した。


「これで思い切り戦えるわね」


 リカが復活したようだ。そして、またもや聞きなれない魔法を唱える。


「グラビティーノ!」


 すると、店長の動きが止まった。鉄壁の防御をしていたマイクロブラックホールは床に落ちて張り付いている。


「何をしたの?」


「店長の周りの重力を50倍にしたの。今、彼の体重は400Kg以上よ。魔法も重力で床に落ちるから、真上から攻撃して!」


 店長は、膝をついて立っているのがやっとのようだ。


 俺たちは、店長の頭上に向かって、ありったけの魔力を込めてファイヤーボールを放った。


 ファイヤーボールは店長の頭上で直角に軌道を変え、直撃した。店長はなすすべも無く黒焦げになっていた。


「ふう、もう限界」


 リカが重力魔法を解くと同時に京子が拘束魔法をかけた。


「何という事だ。こんな子供たちに… まずい、あの人に知られたら俺は…」


 店長が何やら小声で呟いている。俺たちが店長に近づいて問う


「お前は当局のオプティマイザーか?」


「ふん、そんなわけないだろう。あの人が、オプティマイザ―が来たら、お前たちなんか瞬殺だ。覚悟しておくんだな」


 そう言って開き直る店長。ただ、本当に店長の上がいるとしたら、それがもし彼の言う通りオプティマイザ―だったら、本当にヤバい。京子もリカも疲労困憊だ。


(この場は退散するのが無難だろうか?)


 そんな思いを巡らせて、京子とリカの様子を見ると、俺の目を見て頷いている。彼女らも同じ考えの様だ。


 俺たちが立ち去ろうとした時、遠くでエレベーターの扉が開く音が聞こえた。そして、足音がゆっくりとこちらに近づいてきた。


「管理人が来てしまった!」


 店長が呟いた。その表情は、恐怖と絶望に満ちていた。


--- 第9話 END ---


次回、管理人とは…

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