第1話 女教師の変貌

§ 平穏な学園生活に異変が…


 季節が変わり始めたころ、その日は女教師の様子が少し変だった。不穏な空気を感じながらもいつものように居眠りをしていると、女教師がニヤリとほほ笑んだ後、強力な魔法を使ってチョークを投げつけた。いや、投げたというよりは「発射」されたと言ったほうが正確だろう。


 そのチョークは、秒速500m以上というピストルの弾丸並みの速度で放たれ、直接俺の頭を狙って飛んできた。教師の魔法をいち早く察知した京子が速やかに防御魔法を発動させてくれたため、間一髪で直撃は避けられたものの、魔法のバリアにはヒビが入っていた。もし京子の魔法が間に合わなかったら、タダでは済まなかったに違いない。


 音速を超える速度のチョークが放った衝撃波により、窓ガラスがビリビリと振動した。近代的なアルミガラスでなければ吹き飛んでいたかもしれない。他の生徒はとっさに魔法で耳を塞ぎ、大事には至らなかった。さすがである。


「これはいくら何でもやりすぎです!」


と京子が強く抗議するが、女教師は


「居眠りした罰だ。次は頭を撃ち抜くぞ!」


とだけ言い放ち、教室を出て行く。


「あぶなかったね。あれが頭に当たっていたら、大怪我していたよ」


「ありがとう。にしても、京子の防御魔法(バリア)は速かったねー。凄い発動速度だったよ」


「え? あんた寝てたんだから私が魔法撃つところ見えてないでしょ。なんでそんなこと言うの?」


「え、だって俯瞰して先生がチョークを投げる所から見ていたよ。寝てたけど。。。!?」


「!?」


 俺は何を言っているのか、自分で喋っていることが良く分からなかった。熟睡していたから、見えている筈もない。夢でも見ていたのか? 正夢、予知夢?? 「そんなわけないよね」と自分に言い聞かせた。



「眠りながら俯瞰して回りを見渡せる魔法(プロンプト)があったらすごいよね。そんなの聞いたことないよ。まったく、ただ寝ぼけていただけでしょう。しっかりしてね」


 少し怪訝な表情ではあったが、すぐにいつもの笑顔を取り戻した京子が言った。しかし、これからクラスの様相が一変することになる。


--


 その日を境に、女教師の嫌がらせはエスカレートしていく。俺だけじゃない。他の弱そうな生徒にも容赦なくハラスメントが行われるようになった。その中でも、男子生徒から一番人気のリカに対しては露骨な苛めだった。殺伐とした空気の中、俺もオチオチと居眠りができなくなっていた。


 リカは、京子とは反対側の隣の席で、クラスの人気者だ。豊満なボディに大人っぽい顔立ち、誰とでも仲良くする人懐っこさ、屈託のない明るさは男子生徒のハートを鷲掴みにしていた。それが女教師の嫉妬心に火をつけてしまったのだろうか。


 女教師によるリカへの虐待はさらにエスカレートしていく。そのたびに教室内の空気が凍りつくようになった。彼女の明るさが次第に失われ、いつも笑顔でいた彼女の顔には影が濃くなっていく。彼女は誰とも目を合わせなくなり、授業中もひたすら下を向いていることが多くなった。


 教室の外でも、リカの噂がささやかれるようになった。しかし、それは同情や支援の声だけはなく、「リカは何をしでかしたんだ?」「苛められる理由があるに違いない」という疑惑や非難が混じったものだった。この状況に、俺はもう我慢できなくなった。彼女がこんな扱いを受ける理由がどこにあるのか、全く理解できなかった。


 リカは、もともと勉強は苦手なほうだった。成績はいつも最下位のあたりをウロウロしていて、いわゆるビリギャルだ。それでも、性格と気立ての良さでいつも明るく振舞っていたのだが、その頃の面影はどこにも無い。俺は、次第に病んでいくリカを黙って見ていることはできなくなっていた。


--


 魔法の実習は校庭で行われることが多い。少し離れた場所にある直径30cmほどの標的に魔法を当てる訓練を行っていたのだが、今日もリカは理不尽な課題を突き付けられ、今にも泣き出しそうである。リカの順番になると、標的を他の生徒に持たせたのだ。魔法を外せばクラスメイトが大怪我をすることになる。


「こんな事できません」


 リカが断ると、女教師は激しく罵った。


「お前の下手くそな魔法を鍛えてやっているんだ。これなら的を外さずに打てるだろう。友達に怪我をさせたくなかったら、ちゃんと的に当てることだな」


 女教師は回りの視線を気にすることなく、平然と言い放つ。それでもリカが躊躇していると、


「全くお前は、こんな事もできないのか。胸ばかり膨らませて脳ミソは空っぽだな。お前みたいなやつがいると周りの人間が迷惑なんだよ」


 と暴言を吐きながら、リカを嘲笑っているようだ。以前の先生は少々口が悪いところはあったけど、このように理不尽な事を行う教師ではなかった。


 いつまで経っても魔法を打たないリカに腹を立てた女教師は、リカに向かって攻撃魔法を放った。ところが、劣等生でドンクサイ筈のリカが、それを避けてしまったのだ。


 頭に血が上った女教師は、さらに強力な攻撃魔法をリカに向けて放った。それを見ていた俺は、咄嗟にリカの前に立ちはだかって防御魔法を唱えた。もう、黙って見ていることはできなかった。


 俺は、京子ほど魔法が上手ではない。咄嗟に出したバリアは軽々と押し戻され、俺の体ごと吹き飛ばした。その時、俺は反射的に攻撃魔法で女教師に反撃してしまった。


 魔法による反撃を予想していなかったのか、若しくはワザとなのかも知れない。俺の放った魔法は女教師の頭を直撃してしまった。彼女の顔は黒焦げになっていたが、真っ白な目と歯が煤だらけの顔の中に浮かんでいるのが見えた。


 次の瞬間、ものすごく強大な魔法が俺に向かって放たれた。これまでの魔法の比ではない、明らかに殺傷能力のある攻撃だった。俺だけでなく、すぐ近くに居るリカや京子まで巻き沿いにする威力の魔法だとすぐに判った。『俺の人生もこれまでか』本能的に死を覚悟した。


「やめてー!」


 京子の大きな悲鳴が校庭に響き渡った。その直後である。突然、女教師を中心に半径15m程が氷に覆われた。強大な攻撃魔法共々、更に強大な氷結魔法によって封じられたのだ。校庭の真中にできた氷の塔が、平和な学園とのアンバランスさを誇示しているようだった。


 それから1分も経過しないうちに、アンドロイドによるAI警察隊が学校に駆け付けた。殺傷能力のある魔法の発動を検知したためだ。そして、氷漬けになった女教師は、AI警察によって連行されていった。


--


「お前がやったのか?」


 俺は京子に尋ねた。涙目で激しく首を横に振る京子。リカは目を回して気絶している。そして、回りで一部始終を見ていた他の生徒たちは、俺のほうを指さしている。


 よく見ると、京子の指先も、震えながら俺の方を向いている。


「俺がやったのか!?」


 という問いに対して、京子はゆっくりと頷いた。


 もちろん、俺は魔法など発動していないし、命の危険を感じてから何も講じていない。ましてや、あんな高度な氷結魔法など打てるはずがない。もちろんプロンプト(魔法を発動するための手順)も知らないし、聞いたこともない。


--


 この事件は、暴力教師の暴走という事でケリがついた。しかし、腑に落ちない点は多い。なぜ女教師はある日を境に狂暴になったのか。なぜ俺に対して殺人級の魔法を放ったのか。


 今考えると、俺が女教師を攻撃するように仕向けて、俺を返り撃ちにするつもりだったと思えてくる。リカへの執拗な虐待は、俺を煽るためだったのだろうか。そして、俺が放ったとされる氷結魔法は、いったい何だったのだろう。


 その後、逮捕された女教師の後任となる教師が赴任してきて学園は平穏を取り戻した。

 多くの謎を残したまま…


--- 第1話 END ---


次回、京子とテニスの勝負に...


コラム


社会インフラや製造業、警察や消防などはすべてAIとアンドロイドによって賄われ、人間は労働から解放されました。人類に託されたのは、芸術やスポーツ、エンターテイメントといった文化的な活動なのです。


この世界にも犯罪を犯す者はいます。ただし、犯罪検挙率はほぼ100%で、確実に逮捕されます。裁判もすべてAIによって公正かつ迅速に行われ、犯罪者には快適な環境の刑務所が用意されています。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る