第27話 開会式

 オリンピックが始まりました。私自身は、そんなに関心を持っていたわけではないのですが、直前にやっていたバレーボールのネーションズリーグを見て、久しぶりに応援したくなり、とりあえずバレーボールくらいは見ようかな、と思っております。ついでに、開会式も、フランスだし、パリだし、なんかお洒落かもしれないから、一応録画くらいはしておこうと、その程度でした。


 そんな訳で、私が開会式を見たのは、翌朝。寝ぼけ眼で朝食を食べながら、前夜の録画を飛ばし飛ばし眺めていたのですが、聖火で遊んだり(真面目な日本人には、聖火で遊ぶなんて、出来ないのじゃないかな)、それ以外にも、随所に遊び心があってさすがおフランス!なんて思いました。ただ、ただね、途中にさり気なく国力を見せるパートがあったりして、オリンピックって、今や完全に政治利用されているなと、ちょっと白ける気持ちにもなりました。


 いつも思うのですけど、開会式って長すぎますよね。本当のメインは選手入場なのに、それ以外が長すぎて、というか企画が多すぎて、私などは、選手入場の頃には大抵飽きが来ている。よって、日本選手団以外はバンバン飛ばすことに。でもこれって、本末転倒な気がします。とはいえ、今回もばんばん飛ばしましたけれど。どんどん進めながら、あれ、このまま終わりまで早送りになっちゃうかな、と思った最後の最後です、セリーヌ・ディオンが出てきたのは。


 え、ここでセリーヌが歌うの? 歌えるの?

 私は、驚いて、早送りをやめました。セリーヌ・ディオンが、開会式に出てくるなんて知らなかったし、そもそも彼女は、数年前に、難病を理由に、歌手活動を休止していたはずです。大丈夫なのだろうか。


 その日の彼女は、ビーズがたくさんついたゴージャスな白いドレスに身を包み、髪の毛もエレガントなシニヨンに結って、とても綺麗でした。一時期のように、見ていられないくらいガリガリに痩せてもいませんでした。


 でも、愛の賛歌って、シャンソンよね。シャンソンって、歌い方が独特だし、あえて綺麗じゃない声で、語ったり、早口でまくし立てたりすることもあるから、プロのシャンソン歌手にすべきだったんじゃないのかな。いくらセリーヌ・ディオンが世界的な歌姫だったとしても、シャンソンの本場、フランスで、ポップス調の愛の賛歌は、ちょっとなぁ。


 しかし、そんな私の杞憂は、彼女が歌い出した途端、吹っ飛びました。その日の彼女の歌は、いつもの伸びやかな美声はほとんど封印され、時に唸るような声を出し、時には叫ぶように歌唱する様は、暗く悲しげな迫力があり、まさにシャンソンって感じ。聞いてゆくうちに、愛の賛歌の世界観が、苦しくなるほどに伝わり、さらには、セリーヌがどれほど努力して、シャンソンを学んだのかも伝わってきて、言葉になりませんでした。

 

 オリンピックの開会式って、色々な催しがたくさんあって、それなりに楽しいけれど、終わったら全部忘れてしまう。けれど、パリ五輪の開会式の愛の賛歌は、ちょっと忘れられないと思います。

 それくらい、私にとって、開会式のセリーヌ・ディオンはすばらしかったのです。

 


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