第14話 メロンの味を決めるのは
私の父は、下戸で甘党、そして果物が大好物。そんな事もあって、家にはよく、果物がありました。お正月の箱買いみかん、春の酸っぱい苺(庶民の苺は酸っぱいものです)。秋は、梨とりんごと柿等など。夏は、父が自らスイカの大玉を買ってきて、冷蔵庫には入らないので、風呂桶に水を張って、そこにぷかぷかとスイカを浮かべて冷やしていましたっけ。
そんな家庭に育ったので、実は男の人はあまり果物を食べないと知って、驚きました。うちの父ちゃん、イレギュラーだったのね。
で、私もまあ果物好きに育ったわけですが、やはり特別なのがメロンでした。あの編み目のメロンです。いつ、どこで、あの高級なメロンの味を知ったのか、全く思い出せないのですが、いつの間にか、私は知っていました。香り高く、どこまでも甘くてジューシーなメロンの味を。そしてめったに食べられないことも。
たまに、ごくたま~に、その編み目のメロンを頂くことがあったりすると、家中もう大騒ぎです。メロンを切り分ける母の回りに、私たち姉妹のみならず父までもが陣取り、少しでも大きな一切れを手に入れようと身を乗り出す始末。そんな緊迫した空気の中で、母は見事としか言えないくらい同じ大きさに切り分けました。けれど、その微妙な大小を巡って、親子三人で大じゃんけん大会。
そうやって、手に入れた一切れのメロンは、甘露でした。掘っても掘っても、ずっと甘い果肉が続くので、もう、皮一枚、ペラッペラになるまでスプーンですくって食べました。父はと言えば、ナイフを使って、美味しいジュースをひとしずくもこぼすことなく、見事に皮一枚にしています。さすが、バリバリの理系で、エンジニアでもある父らしいやり方で、私や姉は、いつも感心しておりました。
そんな中、母はだけは、ある意味、普通の食べ方をしていました。しかしそれは、我が家では、まだ食べられる状態であることを意味します。
「ママ、だめじゃないか。まだまだ食べられるよ」
その度に父が注意をするのですが、母は、
「私はもう十分」
と、スプーンを置いてしまいます。
すると父が、母のお皿を引き寄せて、ナイフを使って器用にペラペラにしておりました。さすがに、(よくやるよ)と、思いましたが、何せ、果物大好きな父なので、見逃せなかったのでしょうね、ちょっといじましいけどね。
さて、大学時代、私は、一学年下の後輩くんの卒論を、家まで手伝いに行ったことがありました。文献と地図と色んな資料が散らばった彼の部屋で、論文の下読みをしてあげたり、地図を色分けして塗ってあげたりしていたら、彼のお母さんが、
「今日は、ありがとうございます」
と、編み目のメロンを持ってきて下さったのです。
わわ、メロンだ、メロンだ。落ち着こうと思いますが、メロンのお皿から、目が離せません。興奮を抑えきれない私とは違って、後輩くんは落ち着いたもので、
「俺、これ調べてからにするんで、先輩、一休みして、先にメロン、食っちゃって下さい」
と、のたまうのです。え、メロンを前にして、作業を続けられるの? 私には出来ない話だわ。とりあえず、後輩くんに勧められたので、
「そお? それじゃ、いただこうかな」
と、私は色鉛筆を放り投げ、素早くメロンのお皿を引き寄せました。
みずみずしく淡い緑色の果肉といい、立ちのぼってくる芳醇な香りと良い、一目で高級なメロンだとわかりました。その上、我が家のそれと違って、一切れが大きい!
私は、胸いっぱいにメロンの香りを吸い込んでから、スプーンを取り上げて食べ始めました。みずみずしくて、甘くて、実際、そのメロンは、本当に美味しいメロンでした。俯いて作業をしていたせいか、ほてった頬にメロンはヒンヤリと涼しく、私はしばらく我を忘れて、スプーンを動かしました。
「先輩、メロン、好きなんすねぇ」
感心したようなの声に、私ははっと顔を上げました。さっきまで文献をがさがさやっていたはずの後輩くんが、作業の手を止めて、私を見ていました。
「そうね、まぁ、好きな方かな」
なるべく淡々とした口調を心がけましたが、すでにメロンは、薄い皮一枚になっています。しまった、よそのお宅なのに、ついうっかり、いつもの様に食べてしまった。普通はもっと、果肉を残すものなのに。
心の中で頭をかきむしる私に、後輩くんは、
「良かったら、俺のメロン、先輩にあげますよ」
と、自分のメロンを差し出してきたのです。
「え、なんで。食べた方がいいよ、すごく美味しいメロンだよ」
すごく美味しい、の部分に、力が入りすぎたような気がしましたが、とにかくそう言いました。すると、
「実は俺、メロン、あんまり好きじゃないんですよ。だから、先輩、メロンが好きなら、遠慮しないで食って下さい」
と言うのです。どうやらウソをいている訳でもなさそうなので、
「そおお? じゃあ、遠慮なく」
と、後輩くんからメロンを受け取りました。もうワンターンくらい、遠慮するふりをした方が良かったかな、と思いつつも、こんな機会はめったにないしと、私は、再びあっという間にメロンを薄い皮一枚にしてしまいました。
「はぁぁ、美味しかった」
後輩くんのメロンを食べ終わると、私は思わずそう呟いてしまいました。私の言葉に、後輩くんは声を出して笑っていましたが、今更かまうもんかい。だって、美味しいメロンを二人分も食べられて、幸せなんだもん。この際、ペラペラにしてしまったことは、忘れよう。密室だし、後輩くんと私の二人だけの秘密だ。
しかし、よくよく考えてみれば、メロンがそんなに好きではない息子が、皮一枚にするわけもなく、どちらも私が食べたのは、バレバレだったのだろうな、と後から気がつき、猛烈に恥ずかしくなりました。
後に、私はこの後輩くんと結婚することになるのですが、彼は本当にメロンが好きではないので、彼の実家から送られてくるメロンは、私が独り占めすることになりました。始めのうちこそ、狂喜乱舞しておりましたが、やはり一人でメロン一個平らげるのは大変で、私は以前ほど、メロンメロンと、ならなくなってしまいました。
やはりメロンは、目を血走らせながらじゃんけんをして手に入れてこそ、甘露の味となるのかもしれません。
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