べらぼう

 イーヴァとシュタインは箆棒べらぼうの噂を耳にし、その行方を追っていた。

 二人は箆棒の正体を知っていた。

 黒い体。小さく細く尖った頭。長い手足。固く縮れた短い毛。それがこの国の者であるはずがない。かといって物の怪の類では断じてない。

 黒き肌の民。シュタイン達はそう呼んでいた。

 神聖ローマ帝国より南へ、遠く海を渡った先にある巨大な大陸。その大陸を奥へ分け入った場所に住む者だ。間違いない。渡海の理由はわからないが、自分達同様、何かの事情があってこの国に根を下ろさざるを得なくなった、哀れな漂泊者達だ。

 それにしても。

 なんとずさんで、人間の尊厳をないがしろにした呼び名か。へらの棒とは。そんなもの、この国の人間から見た勝手極まりないただの印象に過ぎない。シュタインは呆れ果てると同時に、この国の人間に対しつくづく嫌気がさした。心底この国を出たいと思っていた。

「何とか見つけ出そう」

 焚火を囲み、二人で焼いた川魚に頬張っている時だった。箆棒の噂についてイーヴァが話し、シュタインがそう提案した。

「そうか。おまえならそう言うだろうと思っていた」

「もちろん。私やあんたのように、この国に来てしまったから仕方なく生きている異人は他にも必ずいるはずだ。そういう奴らを探したいと言ったのはイーヴァ、あんたの方だろう」

 イーヴァは頷いた。確かにそう言った。そういった、いわば同志達が、この国で堂々と生きてゆける場所を創りたい。非力だがやる価値はあると思っている。そうも言ったのだ。

 しかし、再会してからのシュタインは変わっていた。

 瞳の中に、イーヴァがそれまで見たことのなかったくらく凶暴な何かが宿っていた。短い付き合いでしかないものの、それは今までイーヴァが知らなかったシュタインだった。

「あんたが言う、この国で我々が堂々と生きてゆける場所を創るのはとても難しいだろう。だが、できる限り探したいんだ。探して仲間にしよう」

「仲間にして、おまえはどうする気なんだ」

「船を奪ってここを出るんだ。もう一人もこんな国に置いては行けない。だがその前に――」

「その前に?」

「帝をくびり殺してやる。船出はその後だ」

 イーヴァはため息をつき、シュタインの顔をしみじみと見た。「おまえはまだそんなことを考えていたんだな……」

「……あんた、侍に斬られた左腕はもう痛まないのか?」

 イーヴァはかつてそこにあった左腕をシュタインに向けて振ると、肩をすくめた。

「イーヴァ。私達はこの国の人間から異人まれびとと呼ばれているな。だったら潔く、異界から来た者らしく振舞えばいいじゃないか」

「異界から来た者らしくだって?」

「ああ」シュタインはにやりとわらった。「化物になればいいんだ。愛されるより恐れられていた方が安全だ、ってことだよ」

 私は一人ででも黒き肌の人を見つける。それだけ言うとシュタインは黙り込み、夕餉に向き直った。その夜はそれっきり、二人は言葉を交わさなかった。



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