第5話 学校の怪談

 どの学校にも共通した怪談が存在していたりする。トイレの花子さんに動く人体模型、十三階段に勝手に鳴るピアノ。

 ほとんどの学校では、実際に噂された訳でもないのに『七不思議』にするために無理矢理付け加えられた怪談が半数以上を占めるだろう。

 しかし、学校によっては時折ユニークな怪談が生まれる。音、影、備品に関係したものは多々あるが、知らない生徒、知らない先生、知らない部外者などが噂になる事がある。

 セキュリティが向上し、不審者が入れない環境でも、なぜか噂になる『知らない人』。



 今回向かうのは、現役で使われている私立の中学校だ。長期休みに入ったため、調査して欲しいとのこと。

 曰く、階段の踊り場にある姿見が異世界に繋がっており、知らない生徒が出入りしている。その姿を見ているのがバレると、異世界に引きずり込まれてしまうという。

 実際、行方不明者の数がここ5年で七人という多さを考えると、ただの噂とは思えない。


「カメラ良し、各種計測器良し、光源良し、椅子良し、準備万端です」

「ご苦労様、後は一旦朝まで待機だな」


 知らない生徒とやらが外から来る場合に備えて、校門や裏口、廊下にもカメラは設置してあるが、基本的には姿見の周りに機材を集中させてある。後は待つだけだ。



 時間が立ち、神谷君が「お手洗いに行ってきます」と言って姿見の前を離れた時、猛烈に嫌な予感がした。

 ライトのバッテリーを節約せず、死角を作らないようにし、姿見にはカメラだけを向けて自身は映らないように。そして予備の機材が入ったリュックを背負って、動く物が無いか注意を払う。


 ……考え過ぎだったか。

 息を吐き、視線をやや下ろして再び正面を向いた時、すでに異世界に移動していた事を理解した。



 異世界の学校の雰囲気は、昭和の木造校舎といった風情だが、元居た学校は設立時から鉄筋コンクリート造りで、校舎の改修が行われていない事から、全く無関係の場所に移動したことになる。

 ホラームービーならここで校舎に閉じ込められて何者かに追い回されたりする所だが、普通に窓が開くし外の街並みも確認できる。

 しかしスマホ、GPS、トランシーバー、ラジオ代わりのスピリットボックスまでもが電波を捉える事ができず、無闇に外を歩いても元の場所には帰れないだろうから、姿見の前に書置きだけして校内を探索することにする。



 板張りの床が、沈みこむ様子もないのに不自然なほどギシギシと音を立てる。教室を覗いてみるが、机が並ぶばかりで物が見当たらない。


「チョーク、黒板消し、時計まで無い。教室として使われた事が無いのだろう」


 学校という情報だけで作られた実態を伴わないただの箱といった印象を受ける。

 そのまま教室を見て回っていたら、まずい物を発見してしまい気分が悪くなった。


「元行方不明者らしきものを発見。申し訳無いが、証拠としてカメラに記録させてもらう」


 制服を着たミイラだ。水分、細菌、虫などの要素が無いから、綺麗な状態でミイラとして残ったと考えられる。

 本格的に世界自体が粗雑な作りものという疑念が高まり、足元が覚束ない。

 狂気に駆られ、無闇に叫びだしたり、何処までも走り出したくなるが、自分は調査中の科学者であると強く自己暗示し、心を落ち着かせる。


「一旦、姿見の前に戻り、撮影した映像を見ながら見落としが無いかチェックしよう」


 行方不明者には悪いが、一緒に連れて行くことは出来ない。重い足取りのまま、姿見の前まで戻ってきた。

 頭がふわふわとして思考がまとまらない。半ば崩れ落ちるようにして椅子に腰掛ける。

 ……椅子?こちらに持ち込めたのは機材入りリュックだけだったはず。

 気が付くと、リュックとカメラを持ったまま、待機位置の椅子に座っていた。横を見ると、神谷君も姿見にカメラを構えてぼんやりしている。


「神谷君」

「寝てませんよ?!」


 寝てた人間しか言わないセリフと共に神谷君が椅子から跳び上がった。


「神谷君がトイレから戻ってからの話を聞かせてくれないか」

「え?課長と一緒に鏡に向かってカメラ撮ってただけじゃないですか」


 ほら、と録画を見せてくるので確認してみると、姿見に映る俺と神谷君の姿が残されていた。そしてその録画時間は約15分。思ったより短い。

 夢でも見ていたのかと、自分のカメラを確認すると、2時間強にも及ぶこの世のものでは無い映像データ。


「この件の調査は終了だ。撤収するぞ」


 頭上に疑問符を浮かべながらも、素直に撤収作業を始める神谷君。

 今回は余りにも危うかった。甘く見ていた訳では無いが、少しでも運が悪ければ俺も行方不明者の仲間入りをしていたはずだ。

 そして、科学の目で記録が出来ていなかった場合、ただの夢として処理されていたであろう、曖昧で掴み所のない体験。

 不確かで穴だらけの世界に生きている身としては、牛歩のようにゆっくりとでも科学で解明していく他無いのである。



 最終的に、危険性の高さから姿見をお焚き上げするだけに留まり、謎は全て謎のまま一旦解決という形に落ち着いた。

 しかし、これは単なる推測にしか過ぎないのだが、向こうの世界に取り残された場合、元の世界の俺は『知らない人』になっていたに違いない。



「これなんで壁に体を擦り付けながら歩いてないの?」

「その行動に何の意味があるのですか」

「Noclipで壁の向こうに行けるかもしれないじゃないか」


 社長の言ってることは何一つ分からないが、これは解明しなくても良いだろう。

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