桐乃さんの百メートル走

「はい、みんなそのまま列を崩さずに女の子を前にして並んで」


一二年の百メートル走が終わりついに俺たち三年生の出番だ。


先ほどまでの一二年の全員参加の百メートル走は、生徒のやる気もあってグラウンドは大盛り上がりだった。

だが、俺たち三年生の番となった瞬間、俺たちのやる気のなさが顔に現れたのと、三年Eクラスの軍事的な行進が行われたことで一気にグラウンドの熱は冷めていく。


ちなみに、凛華の走りは見事としか言いようがなかった。


驚いたのは凛華がスタートダッシュ時にクラウチングスターを使用しなかったこと。

一応スタートダッシュの方法に特別な規則はないが、一二年でもほとんどの生徒はクラウチングスタートで切った。

それは凛華と一緒に走った他クラスの女子たちも同様だった。


だが、たとえクラウチングスタートをきめなくても、凛華はもう最初からぶっちぎりの一位だった。

そして最初にできた周りとの差をきれいに保ったままゴールテープを切った。

決定的な瞬間などなく、始まった瞬間に自動的に一位になり、それが機械的に続いたとしか言い表せない。


これにはもう観戦していた生徒も保護者も驚きを隠せなかった。

ただ一人、じーっと凛華を凝視していた桐乃さんを除いて。


桐乃さんは凛華がスタートしてからゴールするまで表情一つ変えずにその様子を目で記録していた。


これは俺の勝手な予想だが、桐乃さんは凛華の血無を体内時計で測っていたのではないか。


あくまで体育祭であるため、タイムは測らず誰が最初にゴールテープに触れたのかしか見ていない。


そのため、もし桐乃さんが凛華に個人的なマウントを取りたいのならタイムを独自で測り、それを抜くしかない。


...これまた何回も言うけど、わざわざそこまでする必要あるかね。


「それではこれより、三年生による全員参加の百メートル走を行います」


合図とともに、それぞれのクラスの一層目が前に出る。


なお、走る順番は出席番号順で女子が先に走るため俺は必然的に後の方になり、逆に桐乃さんは比較的最初の方に走る。


「位置について、よーい」


パン!と、俺には少しエロく聞こえる音と共に、とうとう始まってしまった。


「お、あいつ一位じゃねぇか」


まず初めに間がEクラスの生徒が一位を飾る。


A~Eクラスの五人で走る中で一位って普通に凄いな。


桐乃さんがいいよ!と、走った女子生徒の名前を呼び褒める。


そのあと、二走目三走目四走目、と次々に走って行く。


なかなか我がクラスは好成績を残している。


それは桐乃さんの恐怖政治と、他のクラスのやる気がなさすぎることが影響しているな。


そしてとうとう桐乃さんの番となった。


位置について、と言われると、桐乃さんは素早くクラウチングスタートの体勢をとる。


やはり陸上の大会とは違い、準備するまでの間が短いことから急がなければならない。


よーい、と言われ、桐乃さんが腰を高く上げ、俺に指導したのと同じように綺麗な形をとる。


...やっぱ女子のクラウチングスタートってちょっとエロイよな。

あれで桐乃さんが陸上部のユニフォームを着ていたら多分ほとんどの男子はまともに走れないほどズボンにテントを張っていただろう。


パン!っと音が鳴るのと同時に、桐乃さんは一瞬にして周りと距離を離す。


うん、やっぱりバリバリの陸上部エースやな。


もうホームが全然周りと違う。


序盤は少し前傾姿勢で、中盤から徐々に体を立てて行く。

風の向きとかを瞬時に把握して、それに合わせて姿勢も変えているのだろう。


もう終盤にかかると回るとの差は圧倒的だった。

手かずっとホームが同じってすごいな。


近くで見ていないから正確には分からないが、息も上がっていなそうだし。


そして何もアクシデントが起こらず、最後まで周りとの距離を広め続けゴールテープを切った。


多分あれ二位の生徒と二秒くらい差があるんちゃうか?


ゴールテープを切った後も桐乃さんは走り続け、少しペースを減速していき、完全に止まったとき、純粋な喜びを浮かべているのが見えた。


あ、多分あれは凛華のタイムを越したのかな?

ん?ってことは走っている最中も自分のタイムを心の中で測っていたっていうこと?


タイムを計りながらホームも保ち、スピードも減速するどころか加速していった。


...これは正式にドーピングが疑われたとしても無理ないな。


桐乃さんがこちらに向かっていく。


「どうだったかな清人君。わたし、凛華ちゃんより速かったかな?」


自分でも分かっているのに、わざわざ俺に訊いてくるとは。


えーっと、凛華いないよな?

一通り周りに目を配り、凛華が近くにいないことが分かる。


「うん、凛華よりも速かったと思うよ」


「よかったー。わたし、凛華ちゃんみたいな脳筋小娘には絶対に負けたくないって思っていたから」


あのー、ここではそうやって毒を吐くのはよした方がいいんじゃないですかね?

俺たちEクラスはもう桐乃さんが豹変してしまったこと知っていますけど、他のクラスの生徒は知らないわけですし。

ほら、現に今の発言を聞いて聞き間違いか?と目をいじっている人も何人かおりますから。


あ、ちなみに何も面白いことが起きなかったためカットさせてもらうが、俺は結果的に二位だった。

Eクラスのほとんどの男女が一位か二位を取っていた。


しかも俺に至っては先ほどの桐乃さんのクラウチングスタートを思い出してしまいムスコが発達していた中で二位だった。

凄くね?


ほら、僕のこと足で褒めて褒めて―//

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