ご主人様との別れ

「それでは姉様、行ってらっしゃいませ」


「ええ、あなたたちも元気でね」


お別れの挨拶をし、颯那は振り返らず改札口を通り、その奥に消えて行った。


もっと最後にいろいろと言われるかと思ったが、意外とすんなりと颯那は俺たちから離れた。

...これ、わざわざここまで来て見送る必要ありましたか?意味ありました?


「...ねえ、なんか颯那姉さん最後やけに兄さんのこと見ていなかった?」


「そ、そうか?俺は別に目線合わなかったけど...」


歩歌の言う通り、颯那は最後、俺の方を悲しげな瞳で見つめていた。

まぁそりゃ愛犬と離れるのはきついですからねー。

颯那の気持ちもよくわかります。


「あの清人を見つめていた瞳...気に食わんな」


本人がいなくなった瞬間にすぐ毒を吐くのはよくないですよ凛華さん。


「でもよかったんじゃないの?別に小言を言われたりとか何か贈り物を要求されなくて」


「...あの瞳はその二つ以上に不愉快だ」


「ま、まぁもう颯那ねぇはもうホームに行ったんだし、わたしたちも帰ろ?」


風珠葉の言葉通り、俺たちは新幹線の改札口から離れ、来た道を戻る。


「そういえばお前たち、夏休みの課題は終わったのか?」


...まぁそろそろ言うと思っていたが、わざわざここで言う必要あるかね?


「わたしは計画通りにもう終わらせたかな」


「あたしは受験生だし、そもそも出てない」


「歩歌と同じく、俺も出てない」


あ、塾の課題はめっちゃ出てたけど、塾自体あまり行ってなかったから実質ないのと同じね。


「夏休みの課題の中に、日記をつけるというのはあるか」


「ないよ」


「小学生じゃあるまいし、あるわけないでしょ」


「俺もさすがにない」


あれでしょ?

上に大きくその日の絵を書いて、下に意外と長くその日の感想を書かされるやつ。


「...そうか」


「なに?もしかしてアンタ、あたしたちが日記に颯那姉さんが来てからのこと書かないか心配してたの?」


「お前と清人ならやりかねんだろ」


いや、誰でもあんなことが起こっても絶対それを日記に残そうだなんて思わないぞ?


一万歩譲って文章は書くとして絵はどうすんねん。

俺が颯那の足を舐めている絵でも描くの?

そうしたら、元同志たちからはたくさんいいね!をもらえるかもしれないが、過激派だと"どうせなら脇の下やもっとえぐいところ舐めろよ"とかクレームつけてきそうだ。


「もしあんなことを日記に残しでもしたら、濡髪家の威厳に関わるが...日記自体がないのなら何も問題はない」


「アンタってホント家のことになったら慎重よね...」


凛華と歩歌が横に並ぼながら雑談している。

こんな光景を見るのも何か月ぶりか。


「お兄ちゃん」


「ん?どうした風珠葉?」


「やっぱりわたし、間違ってなかったでしょ?」


「え?」


「颯那ねぇを呼んだこと、間違いじゃなかったでしょ」


「......」


もう一度、前で一緒に歩いている凛華と歩歌の姿を見る。


二人のあんな仲良さげな姿が見れるのも、颯那が帰ってきたからこそなのかもしれない。


そう考えると、やはり濡髪颯那という人物はこの姉妹の長女に相応しいと思う。

そして、俺の飼い主にも...//


「でも、颯那が帰ってきたお兄ちゃんに危害が及んだのも事実」


「いや、それは...」


...否定しきれない。

確かに颯那が桐乃さんを煽ったせいであのような事態になったのも事実。

そしてこの"絆創膏の張ってある首筋"


「...その首筋も、颯那ねぇに跡をつけられたんでしょ?」


「あ、ああ、学校が始まったら皆にさらすように絆創膏を外せとまで言われた」


...とことんドSだな俺のご主人様は。


「それももとはと言えばわたしが颯那ねぇを呼んだせい。

だから、本当にごめんね、お兄ちゃん」


「何回も言ってるだろ。風珠葉のせいじゃないって」


そしてこれも何回も言っているが、俺は別に何か彼女たちから直接危害を加えられることを嫌がっていない。

むしろいつでもwelcomeだ。

そんなことを与えられるきっかけを作った風珠葉には感謝さえしている。


「でもね、颯那ねぇは本当にお兄ちゃんのことが大好きで、自分のモノにしたくてやったことなんだと思う」


そういった意味では、颯那には悪意がないとも言える。

いや、当然サディストなんだから悪意があるのは当然なんだが、それもドSゆえの純粋な愛というか。

ともかく、うまく言葉にはできないがおそらく風珠葉はこういうことを言いたいんだと思う。


「お兄ちゃん、颯那ねぇが本気でお兄ちゃんのことを心から愛してるっていうことを忘れないでね」


それっきり風珠葉黙る。


「......」


"小さい頃のわたくしは今より普通の少女でした"


確か颯那はそう言っていた。


そして


"今ここに在るわたくしを創り出したのは、兄様、あなたです"とも。


もし、本当に颯那を普通の少女から今のサディスト女王様に変えた原因が俺にあるというのなら、昨日俺は颯那と一緒に行くという選択肢をとるべきだったのだろう。

だが、俺はその選択肢を選ばなかった。

であるのなら、俺にできることは...


...当然、俺は颯那から与えられたこの性癖を直すつもりはないし、これからも突き通す。


そして、颯那の足の感触、指の感触、ムスコを踏まれた痛みと快感、首輪の跡、首の噛み跡。


これらを消さず、忘れないようにする。


そうすることが、唯一今の俺にできる責任の取り方だと信じて。


改札口を通り、ホームで電車を待つ。


ありがとう、颯那。


何に対してなのかは分からないが、俺の本能が無意識に心の中でそう呟いた。


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