桐乃さん視点

「......」


一人おぼつかない足で帰路を歩く。


いつもだったら隣に清人君がいるはずなのに、今日はその面影がない。


「......」


思い出してしまう。


先ほどの、清人君の姿を。

おでこから血を流している清人君の様子を。

そして、そうさせたのはほかならぬわたしだってこと。


なんでわたしは清人君にあんなことを...?

なんで清人君の看病もしないで大人しく颯那ちゃんの言う通りに従って今こうして一人で帰っているのだろう。


「......」


ただ、わたしが今の自分の行動に疑問を抱いても、足は止まらない。


「......」


まだ昼間だというのに今日は誰ともすれ違わない。

いや、本当はすれ違っているけど、今のわたしは他人を認識できるほどの精神状態じゃないのかな?


「あ、れ?」


しばらく歩いていると、そんな間の抜けた声が口から漏れた。


今歩いている道が、帰路ではないことに気づいたのだから。


しかし、帰路じゃなくてもこの道は見覚えがある。


この閑静な住宅街。


もしかして、清人君の家に行こうとしてる?


そう、この道はわたしの家ではなく、清人君の家への道だった。


わたしの足は無意識の内に清人君の家へと足を進めていた。


「......」


このまま歩き続ければ、数分もしないうちに清人君の家につく。


では、わたしはどうするべきか?


このまま清人君の家へと行くべきだろうか?

果たして、今のわたしにそんな資格があるのだろうか?


恐らく、今わたしが清人君の看病をするという大義名分を並べて、インターホンを押したとしても、あの目障りな妹たちに門前払いされるだけだ。

これを機に、わたしの心を完全に折ろうと、罵詈雑言を浴びせてくるだろう。


それならば、わたしは潔く帰るべきだろうか?

今清人君がどんな状態なのかを確認せず、このまま逃げるべきだろうか?


いや、それは違う。


もしわたしがこのまま逃げたら、もう完全にわたしはあの憎たらしい清人君の妹たちに白旗を上げられることになる。


それだけは...いやだ。


清人君が私を捨てて、あの妹たちを選びのは...絶対に嫌だ。


そう決断したからこそ、今私は清人君の家の前に立っている。


「っ......」


手の震えを抑え、自然にインターホンを押す。


推した直後に、中から誰かが走る音が聞こえたのと同時に、すぐに玄関のドアが開かれた。


ドアを開いたのは


「...歩歌ちゃん」


歩歌ちゃんは玄関からわたしを血走ったような目で睨みつけている。


そういえば歩歌ちゃんは今日授業があったのだから、こんな早く家に帰っているはずがない。


でも、現に今目の前にいるということは、連絡を受けて飛んで帰ってきたということか。


わたしがあれこれ考えていると、歩歌ちゃんはずかずかと足音を立てながら門を開け、わたしのとの距離を縮める。


そしてそのまま


「......っ!」


わたしの頬を思いっきり殴りつけた。


「おまえ...いったいどの面下げて来たの」


発せられた声は、完全に怒りで沈んでいた。

いつもあのいちいち癇に障る煽り口調とは全くの真逆だ。


「兄さんは...今も意識が戻っていない」


「-----!?」


わたしはその言葉に、ただただ呆然とするしかなかった。


どこかで事態を軽く見ていたのかもしれない。

たかが気を失ったぐらいで、すぐに目を覚ます、と。


「おまえに殴られて意識を失ってから、まだ一度も目覚めてない」


歩歌ちゃんは言いながら、またもや握り拳を作っている。


「それなのに...っ!!どうして、当の加害者のおまえが、兄さんの前に現れようとするんだよっ!!!!!」


今度は真正面から拳が入り、鼻の骨が折れるほどの衝撃を受けた。


「......」


鼻血を垂らしながらも、わたしは何も言えない。


こんな憎たらしい妹相手に、何も言えない。


「...もし今度、兄さんの前に現れたら」


わたしの髪を掴み上げ、強引に目を合わせる。


「...殺すからな」


その目は、もう殺意に溢れすぎていて、今すぐにでも血の涙を流すほどだった。


わたしを突き放すように髪を放し、一度も振り返らずに玄関まで歩いていき、ドアを力強く閉めた。


「......」


殺害予告を受けても、わたしの中に恐怖は感じなかった。

恐らくあの目は本気だ。

本当に次わたしが清人君の目の前に現れたら、歩歌ちゃんは私を殺す気でいる。


そう分かっていながらも、わたしの中に恐怖は生まれなかった。


あるのは、ただただ自責の念。


改めて自分がしでかした重大さと、あの憎たらしい妹にあんなことを言われた悔しさから来ている自責の念。


そんな膨れる自責の念を感じながら、わたしは清人君の家を後にした。

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