念願のDV

「お、歩歌ちゃん。それに桐乃ちゃんと清人君まで。二人は今日自習かなって、えーっと、そこの白い髪の毛をしている女の子は誰だい?」


明らかに俺たちとは似つかない容姿をしている颯那を前にして塾長は少し戸惑っている。


「初めてお目にかかります。わたくしは兄様の妹の濡髪颯那ですわ」


「に、兄様?」


颯那の口調に驚いたのか俺に目を向ける塾長。

恐らくあの目は"君、そんな趣味があったのかい?"と言いたそうだ。

いや、確かにそういう趣味もありますけど断じて俺が無理やりやらせているわけじゃないですからね!?

俺はいつだって無理やりされる側ですからね!?


「そ、それで... 颯那ちゃんは歩歌ちゃんと清人君の付き添いできたのかい?」


「そんなところですわ。少々、自分の妹と兄様が普段どのように勉学に励んでいるのかに興味がございまして」


「そ、そうなんだ。なら、ぜひ二人の勉強の様子を見てくるといい」


え、塾長、通しちゃっていいんですか?

俺はてっきりここで塾長が断って、颯那が家に帰っていくことで一件落着すると思ったんですけど。

ほら、桐乃さんなんか塾長に失望したかのような目をしていますよ。


「あ、でも歩歌ちゃんは今から授業なんだ。さすがに授業中に教室に塾生以外を入れるのもいろいろと問題になりそうだから...悪いけど、付き添うなら清人君だけにしてくれないかな?」


ちょっと、そこは普通"悪いけど、今日は帰ってもらえるかい?"だろ!

と桐乃さんが言いたそうな顔をしている。


「ええ、大丈夫ですわ。歩歌がある程勉強できるのは知っていますし、わたくしの本命は兄様だけですわ」


"ある程度"と、"本命"という言葉に反応したのか、歩歌が一瞬颯那の方を睨みつける。


普段の歩歌なら睨みつけるだけで終わるはずもなく、そこからいろいろとこちらに喧嘩を売ってくるのだが、さすがに颯那相手だとそういうわけにはいかないのだろう。


「ほら、兄様と絹井さん、行きましょう」


なぜか今日初めて塾に来た颯那が前を歩く。

俺と並んで歩いている桐乃さんは先ほどから一言もしゃべらない。


でも顔は...明らかに不機嫌そうだ。


やはり授業がないのと午前ということで、高校生組の教室には誰もいない。


「...塾と聞いていましたので、もっと机と椅子が新品で新しいと思っていたのですが、大したことありませんね」


教室に入って第一声目がそれか。

全国にいるお嬢様でも、最初にそこに目をかける子はいないぞ。

妄想の世界ではたくさんいるが。


「それで、お二人はいつもどこに座っているんですの?」


「いつもだったら俺たち以外にも生徒がいるから端に座っているけど」


「あらまぁ、芋虫みたいで可愛いのではありませんの。でもわたくし、ふしだらな虫は嫌いですわ」


「......」


...なんでこんなに颯那は桐乃さんのことを煽るの?

そんなにバッドエンドにしたいのか?

それとも、もし桐乃さんが暴力に訴えてきても勝てると自信があるからか?


さっきの俺の背中をつねる力から推測するに、まぁ俺よりは力が強いという可能性はあるけど、それでも凛華や桐乃さんに渡り合えるレベルか?と聞かれれば、そうではないだろう。


中央の席に、俺を挟む形で三人で座る。


「清人君、何か分からないところや添削がしてほしくなったら遠慮なく言ってね」


あれ?顔は明らかに機嫌が悪そうだったが、声はいつも通りだな。

なーんだ。つまり顔が少し険しいだけで別に何に対してもイライラしているわけでもないのか。


「その心配は必要ありませんわよ。兄様、わたくしがそのハッピーセットなみの脳みそに知識を蓄えてさしあげますわ」


確かに颯那が通っている深海女子学園はただただお金持ちなお嬢様学校というわけではなくて、偏差値も県トップクラスに高い。


それに、女王様系ドS女子は頭がいいというのが前提だしな。


「ねぇ颯那ちゃん、わたしが黙っていることでちょっといい気になってるんじゃないかな?」


...大丈夫。

言葉遣いは少し荒くなってはいるが声はまだいつもと変わらない。


「いい気になんてなっていませんよ。わたくしが淫魔ごときにそんなことする必要ありませんわ」


「...清人君。今日会ったときから気になっていたんだけど、颯那ちゃんって口調からしてどこかのお嬢様学校に通っているよね?どこかな?深海女子?」


「そうですわ。わたくしはあの気品に溢れる学園に通っているのです」


「わたしは清人君に聞いたのであって、きみに答えてほしいなんて言ってないよ。いや、そんなことどうでもいいんだけどさ、きみって本当に深海女子に通っているの?」


「だからそうだと言っているのでありませんの」


「...深海女子って、なんだかエリートな女の子が集まるようなところだと思っていたんだけど、違ったようだね」


「安心してくださいまし。確かに全員気品に溢れているとは言えませんけど、少なくとも体を売ってお金を稼いでいる売春婦はいませんわ」


あ、今前と同じくペンが折れる音がした。


「清人君、やっぱりもう我慢できないや。この子の口塞いじゃってもいい?」


立ち上がり、颯那に近づく桐乃さん。


「口を塞ぐですって?まさか男だけだと思っていましのに、同性にも体を売るんですの?」


「いい加減にお口チャックしようね!」


桐乃さんの手が颯那の顔をつかもうする。


だが、実際に掴んだのは颯那の顔ではなく、俺の顔だった。


「え!?なんで清人君!?」


咄嗟引っ込めようとしても、手の勢いは止まらない。


二人の間にすべりこんだ俺は、そのまま顔を掴まれ、机に思いっきり叩きつけられた。


...やっと桐乃さんからのDVを受け取れた。

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