愛おしい妹
「ことの始まりは、私が兄妹に対してのあたりを強くしたのがきっかけでした」
多分本当のことの始まりは俺に対して飴と鞭を使い分けたところからだな。
「兄妹へのあたりを強くした?具体的には?」
「...歩歌の分の夕食を作らず、他人扱いしました」
しっかりと凛華は歩歌を完全に無視していたこと隠すことなく打ち明けた。
とっさに凛華以外の視線が歩歌に向かう。
正直歩歌はここでふてぶてしい笑みを浮かべ凛華を罵るだろうと推測していたが、ただただ居心地が悪そうに顔を背けている。
「どうやら、歩歌の顔を見る限りそれは本当のことのようね」
が、それだけで颯那は納得したようだ。
ここから颯那の表情が恐ろしく冷たいものに変わるという王道展開を予想していたが、予想に反して、また颯那は悪女っぽい笑顔を浮かべる。
「実の妹を他人のように接する。無駄に過保護なあなたにしては、ずいぶんと思い切ったことをするじゃない」
間違っても褒めてはいないと今の颯那を見ていたら誰でも分かる。
「...とっても生意気」
と、ここで颯那の笑みが消え、悪役令嬢のような、心底人を見下している無表情へと変わった。
それにより、凛華の額の汗が増加した。
「ねぇ凛華。あなた、いつからそんなに生意気なことができるようになったのかしら」
「......」
はっきりと見下されていると分かるのに、凛華は何もできず、ただただ黙っている。
「あなたは昔から大して能力もないのにみんなのまとめ役として弱者ながら無様にいろいろと働いていた。そんな哀れで可愛いわたくしの妹であったあなたが、いつからそれを破棄できるほど偉くなったの?」
「......」
凛華は何も反応を示さない。
示さないでいるが、握り拳を作っているのは見えている。
「...やっぱりあなたは自分よりも立場が下の人間にしか口出しできないのね。でもそんなところがまた愛おしいわ」
凛華に微笑みかける颯那。
今度は悪女っ”ぽい”のではなく、完全に自分よりも下に見ている悪意のある笑顔だ。
「まぁいいわ。わたくしがここにいる間に、また元の可愛い妹に戻してあげる」
調教宣言きました。
いや、凛華の場合は決してエロイ意味ではないから躾と言った方が適切か。
あ、でも俺からしたら”躾”も十分エロイニュアンスを含んでいるな。
「は?姉さん明日の朝帰るんじゃないの?」
とっさに声を上げたのは歩歌。
どうやら歩歌は颯那が一泊二日だけ家に泊まると思っていたようだ。
「いいえ。八月下旬までは滞在させてもらうわ」
「は!?」
今度は俺の口からリアクションが漏れた。
「なんですか兄様?わたくしがその期間家に滞在していることが迷惑とでもおっしゃいますの?」
「い、いや...」
はい。
はっきり言って、大・迷・惑です!
これから高校生活最後の夏休みをエンジョイしようと思っていたのに...
ボッチだけど彼女はいるから華の夏休みを過ごせると思ったのに...
でも、颯那がいるならそれはそれで刺激的な夏休みになるな。
「そういえば、凛華。あなた、兄様にもきつく当たっていたの?」
悪意のある笑みを保ったまま凛華に訊く。
多分ここで凛華が当たっていたと答えたらきっと颯那は俺を心底馬鹿にするだろう。
「いえ、清人にはたくさんの飴を与えてきました」
「...なんですって?」
いや、そのまま飴って言っても普通伝わらんだろ。
まぁ颯那は普通ではないから通じて当然と言えば当然か。
てか颯那の表情の切り替え早ない?
ついほんのさっきまではあんなに笑顔だったのに、一瞬で無表情になったよ。
「飴を与えていたというのはどいうことかしら?」
「そのままの意味です。飴と言う名の私への愛を清人には口に含んでもらいました。ときには口移しで食べさせたりも」
さっきまでの颯那に従順だった凛華はどこに行ったのよ...
それにこの誤解を与えるような発言は煽るために言っているのか?
「...そういえばわたくし、結構の寂しがり屋になってしまったの」
いきなりなんのカミングアウト?
「寮にいる間はあなたたちのことが恋しくなってしまって、ときには涙を流した日だってあるわ」
はいはいはいはい。
そんな乙女チックなこと言っても誰も信じませんから。
「だから、今日わたくしの部屋で一緒に誰か一人寝てほしいのだけれども」
...はい?
いきなり話が飛躍し過ぎじゃね?
しかもこのパターンは。
「ですので...頼みを聞いてくださりますわよね?兄様」
...そう来ると思っていました。
「姉様、さすがにそれは...」
「颯那ねぇ、高校生の兄妹が一緒のベッドで寝るのは」
「あなたたちがこのわたくしに指図できるとでも?」
「「......」
女王モードに入った颯那に、二人は口出しできない。
今の凛華なら対抗できるのでは?と思ったのだが、さっきの説教でついつい罪悪感が蘇ってしまい、本調子じゃないのだろう。
「じゃあ、よろしくお願いしますわね?兄様」
「は、はい...」
苦笑いして返事をしている最中、俺のズボンがソロキャンプをしているのを、もしかしたら気づかれたかもしれない。
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