風珠葉視点

「どうしよう...このままじゃみんながばらばらになっちゃう...」


わたしは一人部屋の中で頭を抱えながらそう呟いた。


思えばわたしたち兄妹は本当に仲が良かったと思う。


少し性格はきついかもしれないけど、わたしやお兄ちゃんのことを気にかけてくれる歩歌ねぇ。


出張でほとんど家に帰ってこない母の代わりとして、わたしたちの身の回りのお世話をしてくれる凛華ねぇ。


そして、少し抜けているけど一緒にいて楽しいと感じさせてくれるお兄ちゃん。


わたしはこの三人と一緒に家で過ごすことが本当に楽しかったし、何よりこの兄妹のことを自慢に思っていた。


...なのに、最近少しみんなの様子がおかしい。


凛華ねぇにいちいち強く当たる歩歌ねぇ。


そんな歩歌ねぇのことを見捨てて、異常にお兄ちゃんのことを大切なものかのように扱う凛華ねぇ。


そして...あの桐乃とかいう今まであったこともない女と仲良くしているお兄ちゃん。


みんななんだかおかしい。


でも、それはわたしにも言えること。


お兄ちゃんと一緒にゲームをしようと思って部屋を開けたら、お兄ちゃんと知らない女が一緒に通信プレイしていて、何も考えられなくなり気づけばゲームコードを引き抜いていた。


それだけじゃなく、前にお兄ちゃんとあの女が一緒に帰っているところを見て、あの女に何を言われたのかはよく覚えていないけど、とりあえずわたしはとっさに飛びかかろうとした。


もうわたしも十分におかしくなってきている。


そして怖い。


いつかは無意識の内にあの女だけじゃなく、お兄ちゃんにも危害を加えそうで。


でも、それ以上にわたしが恐れていること。


それはわたしたち兄妹の仲が完全に崩壊してしまって、もう二度と戻らないかもしれないということ。


「どうしよう...どうしよう...どうしよう」


このままだとほぼ間違いなくその不安が現実になってしまう。


では、そんな状況に拍車をかけている原因は何か。


そんなの考えるまでもない。


あのお兄ちゃんに付きまとっている桐乃とかいう女だ。


この間なんて、あの女は家に泊まりにきた。


またそこでわたしはあの女に飛びかかろうとしたけど、そうしたら必ずお兄ちゃんに迷惑が及ぶと思って自分で自分を抑えた。


その結果、わたしの思いつく限りの罵声をあの女に浴びせ、家から出て行かせようとした。


そしたらあの女の雰囲気が突然変わって、怖くて涙目になりながらも罵声を浴びせ続けた。


途中で凛華ねぇが仲介に入ってきてくれたからよかったものの、あのままだったらあの女はきっとわたしをかばうお兄ちゃんにまで危害を加えていたと思う。


つまり、今までのわたしの行動はお兄ちゃんからしてみると全てが迷惑でしかなかったということ。


そのまま夕食の時間になったけど、そこで歩歌ねぇがお兄ちゃんとキスをしたと暴露して、あの女が思いっきり歩歌ねぇの首を絞めた。


わたしは引きはがそうとしたけど、力に差があり過ぎた。


お兄ちゃんに迷惑をかけ、歩歌ねぇが気絶させられるのをただただ見ていた。


そんな自分が悔しくて情けなくて、その日はただただ部屋で泣いた。


あの女が全ての元凶だということは分かっている。

分かっていながら何もできない無力な自分。

なぜわたしはこんなにも弱いのだろうか。

なぜわたしには自分の一番大切なものを守れる力がないのか。


「...っ」


また涙が溢れてきた。


本当にわたしは一人で引きこもって何をやっているのだろう。


「...もう夏休みか」


友達は今頃何をしているんだろう。


夏休みの宿題に追われているか、家族と海に出掛けたりしているのかもしれない。


でも、そのどれもがわたしより充実な夏休みを過ごしているだろうと言える。


「あ」


そうだ。夏休みと言えば。


ある考えが頭によぎり、一階に降りてリビングの電話機の横に置いてある電話帳に目を通す。


「...深海女子しんかいじょし学園寮」


そこに載っているのは、長女の颯那さつなねぇの通っている女子寮だった。


「......」


その電話番号を眺めながら葛藤する。


もうわたしだけだとこの亀裂が走った兄妹仲を修復できない。


だから...

だから颯那ねぇなら。


葛藤した結果、わたしは慣れない手つきで、番号を押す。

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