歩歌視点

「歩歌、あの入学式の態度は何だ」


「はぁー。無事に終わったことなんだしそんながみがみ言わなくてもいいでしょ姉さん」


中学校の入学式が終わり、家に帰るといつもの凛華姉さんの"単独カラオケ"説教が始まった。


「結果論など私は認めないぞ。式中に寝るなど言語道断」


凛華姉さんの言う通り、あまりにも入学式での校長の話がつまらない上に長かったため居眠りをしてしまった。


「お前が私の妹であり、濡髪家の者だということは周知の事実。これからの学校生活で今までの何倍も気を引き締めて挑むように」


「はいはい」


「"はい"は一回だ」


本当にこんな姑のような女子中学生がいることに驚きだ。


年は一歳差しかないのに、どうしてこんなにもガミガミ言われなくてはならないのか。


何かあればすぐに濡髪家濡髪家。


そもそも、あたしはこの家族が嫌いだ。


姑のような次女。

今ソファーで眠っているあたしの一歳年下なだけなのにいつまでたっても子供体系で口調も性格も何もかもがガキな末っ子。

いちいちこちらを見下すような発言ばかりしてイラつかせる長女。


そして...


「ただいま、ただいまー」


「清人、今日は前から早く帰れると言っていなかったか?」


「いや~それが今日部活の説明会があってさ、仲良くなった友達と一緒に回っていたんだ」


アンタと部活なんて無縁だし、一緒に回るような友達がいるわけないでしょ。

と、あたしに心の中で悪態をつかせるこの男は、濡髪清人。

あたしとは三歳年が離れていて今高校一年生である長男だ。


あたしはこの頼りない兄が何故か嫌いだ。


別に運動や勉強ができるわけではなく、何か熱中しているものもなく、人と比べて何か光るものなども持っていない。

それに、私生活もだらしなく、あたしたち以上に凛華姉さんにお世話になっている。

本当に全く頼りない兄だ。


しかし、頼りないっていうだけで、凛華姉さんのようにウザイことを言うわけでもないのだが、何故かイライラしてしまう。


それに、頼りない奴なんて他にごまんといる。

そいつらを見ていても特に何とも思わないが、何故か兄さんだけは違う。


「それよりも歩歌、制服似合っているな」


「少なくとも、兄さんよりは似合っているわね」


そのため、何を言われてもついつい嫌味で返してしまう。


「で、凛華、今日の夕食は歩歌の入学祝いってことでス」


「ス?なんだ?まさかステーキなどとふざけたことを言うつもりか」


「い、い、入学祝いってことで何か素敵なものを作ってくれるのかなーって」


「なら安心しろ、今日は鮭というカルシウムが多く含まれている食材を使う予定だ」


「さすが剣道女子!女子中学生とは思えない独特なセンスですな!」


「...お前、ただ私を褒めたいというわけではないみたいだな」


「...っ」


これだ。


この、兄さんと凛華姉さんが仲良さげに話しているのを見ると、どうしようもなくイライラしてくる。


「...あたし、部屋に戻っているから」


逃げ去るようにリビングから離れ、自室に閉じこもる。


「...っ!!!」


理由もなく、ただイライラをぶつけるかのように、制服を脱ぐと思いっきりドアの方向に投げつけた。

さっきの光景を思い出すだけで頭に血が上ってしまう。


一体なぜ、こんな心理状態になっているのだろうか。


中学校生活が始まった。


クラスメイトのほとんどが同じ小学校出身で、ほぼ全員顔見知りだった。

だが、あたしから話しかけることも、相手から話しかけられることもない。


それは当然の話だ。


あたしはそもそも誰かと仲良く遊ぶような社交的な性格をしていない。

人見知りとは違い、あたし一人だけでも十分"自分の世界"が構築されているのだから他人など必要ない。

それは学校の連中だけでなく、家族だって同じだ。


幸い、勉強も運動もできて、容姿もそれなりに優れている。

だから他人など必要ない。

あいつらなんかに頼らなくても、あたしは十分手と足を動かせているのだから。


そう思い続け、小学校時代を過ごし、それは中学校でも変えるつもりはない。


一年生の最初の方は、容姿目当てで告白してくる男子が何人かいた。

当然あたしはこいつらと付き合うことの必要性を感じられず、毎回無視をしていた。


そんな態度をとり続けていたのだから、次第と周りはあたしに一切干渉しなくなった。


そう、それでいい。

あたしのことは放っておけ。


これがあたしの生き方なのだから。


だけど...だけど。

あたしが構築している世界には、いつも大きな穴が開いていた。


その穴の正体と、それを埋める方法をあたしが知ることになるのは、もう少し先の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る