仮病

「相変わらず、歩歌の分は作られてない、か...」


今は夕食の途中に抜け出し、トイレに籠っているところだ。


今日もいつもと変わらず、歩歌の分の夕食は作られておらず、友人と外食しているそうだ。

だが、前から思っていたことだが、歩歌は本当に友人と外食しているのだろうか。


歩歌はお世辞にも友達をたくさん作るような社交的な性格ではない。

そりゃ、容姿目当てで近寄っくる男もたくさんいるとは思うが、少なくとも歩歌がこれまでに特定の個人と付き合ったりしたという噂は耳にしてない。


「そろそろ真相を突き止めた方がいいな」


真相を突き止めるには、歩歌の跡をついて行くしかない。


幸いにも、まだ夕食が開始して、一分もたっていないため、まだ歩歌も近くにいるはずだ。


「あとはどう凛華を説得するかだな」


面と向かって歩歌の跡を追うなんて言ったら、今度こそ監禁されたりもするかもしれない。

ここは何か口実を作り、夕食が食べられなくなったという状況に持って行った方がいい。


急いでリビングに戻る。


「お前が食事中にトイレとは珍しいな。今日は腹の調子でも悪いのか?」


そうイケボで凛華に訊かれる。


「あ、ああ。ちょっと今日は腹の調子が良くなくてな」


お腹をさすり、あたかもそれっぽい仕草をする。


「ご、ごめんけど、ちょっと今日は夕食を食べられそうにない、かな」


苦悶の表情を浮かべる。


「なに!?そんなに腹の調子が悪いのか!?」


凛華が大慌てで経ち上がり、廊下の方に向かう。


「待て待て、何をする気だ?」


「当然、救急車を呼ぶ。夕食を食べられないほど腹の調子が悪いということはもう私ではどうすることもできない」


おいおい。

救急車なんて呼ばれたら歩歌の尾行どころじゃなくなる。


「い、いや、いいって!さすがにそこまでのことじゃないから」


「そう遠慮して、あとから大変な後遺症が残ったりでもしたらどうするんだ馬鹿者!!」


あ、やばい。

これはマジで凛華救急車を呼ぶな。

よし、こうなったら俺の涙で。


「凛華ねぇ!!」


と、俺がキッチンで目薬を探そうとしていると、風珠葉がさっきの凛華よりも思いっきり立ち上がった。


「多分、お兄ちゃんの容態は救急車を呼ぶほどのものじゃないと思う。でも、様子から察するにご飯は食べられない感じがする」


い、いきなりどうた風珠葉?


「...では、どうしろと言うんだ」


当然の風珠葉の言葉に、凛華も圧倒されたかのような声を出す。


「とりあえず、今日はもうお兄ちゃんは自室で休んだ方がいいと思う。そして絶対に起こしちゃダメ」


風珠葉が俺の方に近づく。


「ほら、お兄ちゃん歩ける?部屋まで送ってあげる」


そう気が利きすぎている風珠葉の言葉に甘え、体の自由が利かなそうに後ろから風珠葉の肩に手をのせる。


「...分かった。ここはお前の判断に従うことにする。だが、もしそれで清人の身に何か起ったらお前に責任をとってもらうぞ。それは分かるな」


なにそのヤクザみたいな言い回し?


「うん、わかってる」


おしっこがちびりそうなぐらい怯えている俺とは真逆で、風珠葉は迷いなく堂々と凛華の方を向いて宣言した。


「ならいい。もう行け。清人、しっかり休めよ」


風珠葉と二人でリビングから出て、階段を上る。

と思ったのだが。


「ほら、早く歩歌ねぇの跡を追ってあげて」


階段を通り過ぎ、玄関の前に来る。


「お前、最初から知ってて...」


「うん。だって、心優しい兄さんが、今の状態の歩歌ねぇを放っておくわけないもん」


こ、心優しいって...//

まぁ、自覚はあるけどな。


「兄さんが食事が始まって早々、トイレに駆け込んだときに、今日行動を起こすって直感したよ。そして兄さんが急にお腹の調子が良くないって言って、具体的な行動の方法を理解したって感じかな」


頭いいねこの娘。


やっぱりゲームが上手な子は地頭がいいって本当だったのか。

その言葉自体、最初はただの炎上商法の動画配信者から発せられたものだから、まったく信じてはいなかったが。


そこまで説明すると、歩歌はトイレのドアのドアノブに手を回す。


「ほら、兄さんも玄関のカギをそっと開けて」


風珠葉に言われるがまま、そっと玄関のカギを回す。


「いい?もし今兄さんがどれだけそーっとドアを開けても、その音は凛華ねぇの耳に入っちゃう。だから。あたしがトイレのドアを思いっきり開けるのと同時に開けてね」


そ、そこまで考えていたのか。


俺が風珠葉の頭の回転の速さに驚いていると、指でカウントダウンを始めた。


そしてその手が一になった瞬間、俺と風珠葉が同時にそれぞれ玄関のドア、トイレのドアを開けた。


このとき、俺と風珠葉の絆が大きく発展したのを感じた。

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