怖い写真
「熱い、熱すぎる...」
真夏の炎天下の中、俺と歩歌は自転車を漕いでいる。
こんなに蒸し暑いのに、歩歌の額にはあまり汗が見られない。
…歩歌の汗、これも素材になると思ったのに。
「はぁー、や、やっと着いた」
塾の駐輪場に着き、自転車を止めた瞬間、膝に手を付く。
普通に吐きそうだ。
「なにこのぐらいで根を上げてるの?前にあの女と一緒にスポーツジムまで走ったんでしょ」
歩歌は相変わらず俺にねぎらいの言葉を投げかけるのではなく、皮肉を言う。
「お前、まだあのこと根に持っているのか?」
「はぁ?なんであたしが兄さんとあの女が出かけたことを根に持たなくちゃいけないわけ」
出たよツンデレ。
確かにツンデレ系妹は需要があるとは言ったけど、もう凛華で間に合っているぞ。
「ほら、早く行くわよ。結構時間やばいんだから」
この塾の夏期講習は大体昼から始まる。
今日はコンビニのカップラーメンで済ませてきた。
そのカップラーメンが逆流してきそうなのが今の状態なわけなのだが。
「じゃあ兄さん、また後で」
歩歌が高校受験組の教室へと歩いていく。
そういえばあいつ友達はいるのか?
集団塾に通うことで友達の一人や二人は簡単にできると風の噂で聞いたことがある。
その例外として挙げられるのは俺ぐらいだと思っていたが、歩歌も塾で誰かと話している場面を見た音がない。
いや、それ以前に学校の友達はいるのか?
凛華が歩歌の夕食を作らなくなってから、友人と外食していると言っていたが、どうしても疑いの芽を持ってしまう。
「今度後夕食のときに後をついて行ってみるか?」
もちろん凛華が、俺が夕食から抜け出すということを許すわけがないので、それ相応のリスクがあるが。
まぁ、今そんなことを考えても仕方ない。
とりあえず早く教室に向かわなければ。
塾で遅刻して途中で教室に入ってくるのは、学校の何倍も恥ずかしい。
「......」
俺が無言でドアを開いたときには、もうほとんどの生徒が着席していたが、幸いなことにまだ先生は来ていなかった。
「あれ?桐乃さんがいない...」
いや、それも当然か。
この塾には多くの中高生が通っている。
であるならば、桐乃さんと同じクラスになれる確率もそう高くないのも当然か。
「はい、授業始めるぞー」
先生が入ってきたことで、俺も着席する。
「ふー、意外と授業長いんだよなー」
授業が終わり、今はこのビルの一階にある自動販売機で、カルピスを買って飲んでいるところだ。
塾の授業は約一時間弱で、学校の授業よりも若干短い。
それでも、まったく内容が入ってきていない俺としては長い。
「あ、ここにいたんだ清人君」
そのとき、階段からあの美声が聞こえてきた。
「き、桐乃さん?」
階段には俺を見下ろす形で桐乃さんが立っていた。
あの激重表情をしながら。
「授業が始まる前までずっと清人君が来るのを待っていたんだけど、結局清人君の姿が見えなくてねー、てっきりわたしから逃げようとしているかと思ったよ」
「い、いやいやいや、俺が桐乃さんから逃げるだなんて、そんなことあるわけないでしょー」
まず逃げるってどういうこと!?
なんでそんな表現が出てくる?
「うんそうだよねー。ここにいるってことは、結局清人君はわたしから逃げていたわけじゃないって証明されたし」
桐乃さんがコツコツあと足音を鳴らしながら階段を降りてくる。
あの表情のままゆっくりと重く歩いてくる。
...正直滅茶苦茶怖いです。
よく怖い話系番組でてくる、幽霊と遭遇して金縛りにあう人の感覚が分かった。
「え、えーっと、何かあったの桐乃さん?」
「うん?なにかって?」
「いや、その...なんか今日の桐乃さんはいつもより大人びているというか」
どうしてもポジティブな言い方に置き換えてしまう。
雰囲気が怖いなどとは言えなかった。
「へぇ~清人君にはそう見えるんだね」
とうとう桐乃さんが階段を下り切り、俺の目の前に立つ。
「雰囲気が違うというのは、わたし自身も認めるけど、別に大人びているというわけじゃないかな」
と、言いながら桐乃さんがポケットからスマホを出し、画面を俺に見せる。
「わたしが思うに、雰囲気がいつもと違うのはこれが原因じゃないかな」
「あ」
桐乃さんのスマホに映っている画面を見て、俺は心の底から"あ"と言う言葉が漏れた。
そこに映っていたのは
「これ、清人君と凛華ちゃんだよね?」
俺と凛華がファミレスで向かい合って談笑している様子だった。
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