引きこもりへの説得

「ふぅー。もうさすがに完璧だな」


今はもうテスト前日の夜だ。

一応明日の教科に限らずすべての教科の範囲を完璧に覚えられたとは思う。


「...あいつ、本当にこのままテスト休むのか?」


あいつというのは凛華のこと。

凛華は結局あれから一度も俺が見た限りでは部屋から出ず、学校にも行ってない。


「いくら一年生の一学期とは言っても全教科0点はまずいだろ...」


恐らく凛華は三年生になったときに推薦を使うタイプだ。


中間テストは学年の上位に入っていたし、剣道の成績だっていい。

それが、ただ俺の首を絞めたことだけで台無しになるのはかわいそうだな...


今の時間帯、さすがに歩歌も風珠葉も寝ていると思い、静かに廊下に出る。

そしてそのまま、凛華の部屋の前まで移動する。


「......」


部屋の前からだと物音一つ聞こえない。

だが、ここで引き返したら今までと一緒だ。


ここは兄として、行動を起こさねば。


そう決意し、思い切ってドアノブに手をかけてみる。

すると...


「開いてる...?」


鍵がかかっておらず、そのまま中へと入った。


「......」


部屋の構造自体は俺の部屋と変わらず、少し狭いビジネスホテルの一室。

だが、部屋の中はベッドが置いてあり、これまで獲得した剣道のトロフィーが飾られていて、勉強机がある。


その勉強机と向き合って、凛華は何かを書いていた。

いや、あれは学校のワークか。


「...!?」


咄嗟に凛華が俺の存在感に気づき、こっちを向く。


「で、出ていけ!」


その怒号はいつもより弱々しいものだ。


「...凛華」


「出ていけと言っているだろ...!」


今度はこちらに何かを投げてくる。


「あぶねぇ!?」


それを寸前でかわし、凛華近づく。


「く、来るな...!」


また何かを投げつけてくる凛華。

てか投げる力は全然衰えていない。

普通に直に当たったら気を失いそうだ。


「やめろ...触るな!」


「落ち着け凛華!」


やっとの思いで凛華の肩を掴む。


だが、凛華と俺の力の差は理不尽なまでに広がっており、凛華が抵抗することで簡単に振りほどけてしまう。


「ちょ..うぉ!?」


案の条、凛華に思いっきり振りほどけられ、そのままベッドの上に投げつけられる。


「この...っ!」


しかもなぜか凛華もベッドの上にまたがり、上から俺を押さえつける。


皮肉にも、これは俺が中学時代によく夜の営みで使用していた素材と全く一緒な状況だった。

…ここで俺の下半身にテントができたら雰囲気が台無しだな。


「なんで...なんで私の部屋に来た!!」


凛華は怒りながらも、どこか悲しそうな表情をしている。


「私は...なんとも自分勝手な理由でお前の首を絞めた」


だんだんと凛華の目から涙が溢れてきている。


「そして、そのことを謝りもせず...私はただただ逃げるという選択肢をとった」


声もだんだんと弱々しくなっていく。


「私は...自分が情けなくて仕方ないんだ...そして、そんな弱りきった私をお前に見られたことがどうしようもなく...っ」


俺の頬に凛華の涙が落ちる。


あの凛華が...泣いている。


「...凛華」


俺は押さえつけられながらも、静かに凛華の名を呼ぶ。


ここからはもうネットに転がってある量産型二次創作の主人公がヒロインを口説くセリフを再現するしかない。


「俺は別にお前に首を絞められたことを怒っているわけじゃない。ただただ心配していたんだ」


そう、凛華に首を絞められたという事実に怒りを覚えたことは事実として一度もない。

ただただ、力の強い妹に兄が蹂躙されるというM向けシチュエーションに変換して一人で興奮していただけだ。


「心配していたのに...俺はお前の様子を見ようとしなかった。ただただ怖かったんだ。拒絶されるかもしれないって」


これは紛れもなく俺の本心。

もし歩歌の言い分を無視して、もっと早い段階で凛華の様子を見たとき。

また首を絞められるのは全然いいしDVされるのも全然いい。


ただ、あの一件でもうすっかり俺に冷めてただただ拒絶されるという展開だけはどうしても避けたかった。


「俺の方こそすまなかった。兄としてお前の様子をもっと心配するべきだった」


「...っ」


凛華が目を見開く。


俺もまさかここまで兄貴らしいセリフが口から出てくるとは思わなかった。

...これはヘタレ卒業できたかな...?

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