飴モード

塾から帰ると、すでに俺以外は席に座っていると思ったのだが


「歩歌...」


「歩歌ねぇ...」


歩歌がリビングにいない。

当然食卓には歩歌の分の食事も置いてある。


そして何とも珍しいことに凛華がまだキッチンで作業している。


「風珠葉、歩歌の奴どうした...?」


「それが...家に帰ってきたと思ったらそのまま二階に上がっていっちゃったんだよね」


マジかよ...

それって結構重症なやつやん。


恐らく歩歌の行動の大半の原因は昨日の凛華との件だろう。

塾での一件は何にも関係ない...わけないか。


「よし、できたぞ!」


キッチンから声がしたと思うと凛華が皿を手に持って食卓へ来る。

食卓の上に並べられたのは、焼かれたパンの上に綺麗にフルーツが置かれているデザートだった。

...あの凛華が作ったと思えないほどかわいいな。


「り、凛華。これはデザートなのかな...?」


「当然だ。今まで私がデザートなど用意したことなどなかったからな。言ったであろう?たくさん飴を与えてやると」


「り、凛華...」


俺にまるで赤子を見守る聖母のような笑みを浮かべる凛華。

これあれやん。

俺がよく聞くDV女のシュチュエーションの王道展開であるDVした後に優しくなる彼女。

で結局彼氏 (聞き手)が彼女に依存してしまう的なやつ。


「え、ふ、二人とも、いったどうしたの?」


目の前で起こっている行動が理解できずに慌てふためく風珠葉。

風珠葉よ、これが大人になるってことだ!


「ほら、このデザートを堪能するためにもとっとと食べてしまう」


三人で合掌し夕食を開始する。


そういえば凛華は歩歌のことについてどう思っているのだろうか?

面倒見のいい凛華のことだ。

恐らく少しは気にしていると思うが...


「清人、量が多かったら言ってくれ」


うん、多分これまったく気にしてないな。

歩歌の席に置かれている食事を見ようともしてないし。


「ちょ、ちょっと凛華ねぇ」


「ん?なんだ?」


「ほ、本当に今日どうしたの?なんかやたらとお兄ちゃんに甘いって言うか...」


「なに、飴と鞭を切り替えているだけさ」


おいおい。

まだ風珠葉のようなお子様には飴と鞭なんて言葉早いんじゃないのかい?


「飴と...鞭」


はてなマークを体で再現するかのように風珠葉が首を傾げる。


「どういうことお兄ちゃん?」


「...深く考えるな。要するに凛華は反転したとでも思っておけばいい」


「?」


あかん。俺の説明が下手くそすぎるな。


ん?そういえば今の凛華相手なら食事中にスマホとかいじっても何もお咎めなしなんじゃね?

離れた桐乃さんと食事中にやり取りをするっていうの若干あこがれだったしな。


早速実行することを決め、ポケットからスマホを


「清人、何をしようとしている」


取り出すのに失敗しました。


「あ、あのー、ちょっとスマホを...」


「スマホ?お前にとってスマホは私との食事より大事ということか」


凛華さん?鞭に戻ってきてますよ?


「お前は少し勘違いしているようだな。いいか、飴を与えるのと甘やかすのとじゃ全然意味が違う」


え?違うの?


「私はただお前に別の愛し方をしてやると言っているだけだ。私との大切な食事中にスマホであの女とやりとりするのを見過ごすなど断じてありえん」


なんで桐乃さんとやりとりしようとしてたってバレとんねん!?


「分かったのならしまえ」


「...はい」


さすがにスマホは無理だったか...

ならテレビだ。


「ちなみにテレビもダメだ。たとえ何者であろうとも私とお前の食事を阻害するものは一切許容しない」


「そ、それってわたしも...?」


風珠葉が若干怯えながら聞く。


「何を言う。大事な妹を私と清人の間にある障害など思ったりはせん。だが、多少の区別はつけさせてもらうがな」


この言い方だと将来家庭内暴力にまで発展しそうだな。


今日の夕食は比較的いつもより俺の好物が中心となっていたため、そこから食べ終わるまでにあまり時間はかからなかった。


「ほら、清人。一緒にデザートを食べよう」


そして肝心なデザートは、よくレストランに出てくる果物がたくさんトッピングされているパフェとかよりも個人的には美味だと感じた。


風珠葉も凛華が俺にばかりかまうもので、不機嫌だったが、よほどデザートが美味しかったのか、食べ終わる頃には不機嫌が治っていた。

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