飴と鞭
「やっぱ逃げ出してもいいですか」
昇降口で靴を履き替えながら自分自身にお願いするようにつぶやく。
いや、だってここからもう正門の前で腕組みしている凛華の姿が見えますもん。
昇降口と正門の間には、グラウンドが挟むが、それでもここから見えるぐらい異常な存在感を醸し出している。
こんなことになるのなら、朝桐乃さんに向かって一人で正門に向かって凛華と和解するなんて啖呵切らなければよかった。
一緒に裏口から逃げるとまではしないが、それでも一緒に正門まで行き、凛華と三人で帰…いや、それだとまた朝の続きになるな。
今日桐乃さんは急遽今日に塾の授業が入ったということで、一足先に帰ってしまった。
「......」
あ、やばい。
今こっち見て俺と目があった気がするが...
恐る恐る顔を出す。
「......」
って完全に俺の方を向いとるやないかい!
観念し、両手を挙げながら投降する。
「...ずいぶん遅い到着だな」
「いや、今日はちょっと帰りのホームルームが長引いちゃって」
噓です。全く長引いていません。
何なら今日は担任が休みで副担だったということもあり、通常よりも早く終わった。
「ほら、帰るぞ」
凛華が背を向けて歩き出す。
ここは隣に並んで帰宅するべきだと思うが、今日はちょっとそんな勇気が湧いてこず、一歩後ろに下がりながら歩く。
「桐乃さんと言ったか?彼女とは一緒に帰らないのか?」
まさか凛華の方から桐乃さんの話題をしてくるとは...
「今日は塾があるみたいで一緒には変えられないらしい...」
「...そうか」
そこでいったん会話が途切れる。
どうせまたここから気まずい沈黙が続くのかと思いきや
「お前とその桐乃さんが付き合っている...それは本当か?」
この段階でその質問する。
だいたいこういうのは家に着く最終段階でするものじゃないのか?
「えーと、本当です...」
「......」
そこで沈黙するのならせめて質問する前に沈黙してくれよ。
「どうやら私はお前に誤解を与えてしまったようだな」
「ご、誤解?」
まさか凛華は噂通り元は男だったとかか?
「私がお前に対して厳しく当たっていたのは、私がお前のことを嫌悪しているからと思ったのだろう?」
...ん?
「私にひどく嫌悪されているかもしれないと思い込んだお前は深く絶望した」
...んん?
「だからあんな女と付き合うなんて言う愚行を犯してしまったのだろう?」
んんんん???
なんかいろいろと噛み合ってない気が...
「だが、私がお前に厳しく接していたのは愛の鞭だ」
出ました。M向け用語。
「お前が愛しいがために厳しくしつけていた」
あのー凛華さん?だいぶキャラ崩壊してる気が。
「だから、お前があの女と付き合うという愚行を犯したというのは元はと言えば私の責任だ。だから、お前に今すぐあの女との付き合いをやめろとは言わない」
あ、そこは許してくれるのね。
「その代わり...お前があの女なんか捨てたがるぐらいに私の愛を感じられるようにするため、少し飴も与えてやろう」
飴。
凛華が与える飴...
っていかんいかん。何期待しているんだ俺は。
「ほら」
今度は凛華から手を差し出してくる。
つまり手をつなぎながら帰ると...?
「...っ!?」
差し出された手を取った瞬間、俺はそのまま引っ張られ凛華の前まで移動させられる。
「こうしてみるとお前の体は少し小さいな」
まるで女性をエスコートする紳士かのように俺の肩に手を置き、包み込むかのような体制をとる。
「り、凛華、こ、このままじゃ歩きにくいんだけど」
「なに、お前は足を動かさなくてもいい。こうして私が動くとお前の体も並行して動くのだから」
凛華が優しく俺の肩を抑えながら歩きだす。
「清人、熱くはないか?」
「いや、全然」
確かに今は七月でしかも制服を着ているため暑さは感じている。
しかしその熱さは俺自身の体温からくるものだ。
...もう普通に堕ちてしまいそうなんだが。
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