合同授業②
「はぁー、はぁー、はぁー」
まさか二千メートル走がこんなにきついとは思わなかった。
もう体感的に十週は余裕で超えている。
俺は持久走は嫌いではあるが、他の球技と比べたらまだましな方だった。
ただ走ればいいのだから。
しかし、そんな俺でも今すぐに授業をサッカーに変更してほしいと思ってしまうほど今日の気温で二千メートルはきつい。
これは俺以外も同じなようで、いつもはペースの速い陽キャ集団も、全員息が上がっており、クラス全体が遅い。
一人を除いて。
「清人君!?倒れそうになってるよ!」
そう後ろから声をかけられ、俺の態勢が第三者の手によって支えられる。
「あ、ありがとう。-桐乃...さん」
「無理に口動かさなくてもいいよ」
この桐乃さんだけは全くスピードが落ちていない。
息も上がってなく、なんなら汗もそんなにかいてない。
だが、こうして俺を周回で抜かすごとに姿勢を正してくれるので、いつもよりタイムは落ちそうだ。
「...やっぱり今日は見学した方がよかったんじゃないかな」
それは俺も思う。
こうして少なからず桐乃さんにも迷惑をかけているわけだし。
今からでもリタイアするべきか悩むが、一周するときのラインでタイムを計っている一年生の傍を通り過ぎるときに無言の圧を感じる。
その方向を向く気力すら残っていないが、どうしてもそれが原因でリアタイすることを躊躇してしまう。
「先輩、お疲れ様です!」
「すごいですね先輩、僕よりも四十秒も早いなんて」
「あれ?なんか先輩遅くないっすか?運動部に入っているのに帰宅部である僕よりも遅いとか恥ずかしくないんすか?」
無事二千メートルを走り終えた俺たちを待っていたのは、そんな後輩たちからのねぎらいの言葉だった。
ちなみに俺は
「あ、あの~凛華、ど、どうだったかな...」
「......」
凛華はタイマーと俺を交互に睨みつけている。
まぁ無理もない。
凛華のタイムは俺が図ったのだが、正直三年Eクラスの男子の誰よりも速かった。
誰よりもとは行っても、まず俺はタイムを把握してる男子は、赤沙汰とときどき話す誰にでも優しいあまり目立たないこと分け隔てなく接する陽キャぐらいなのだが。
「お前が部活動に所属していないということは知っている。ただそれを考慮しても」
凛華が何かを言おうとして、寸前なところでそれを引っ込める。
え?何?どうした?
「...いや、今はお前が無事に最後まで走り切ったことを素直にたたえるべきだったな」
「!?」
凛華が素直に俺を褒める...だと?
一体何がどうなってる?
俺が一週間禁欲を続けられるのと同じぐらいありえないことが起きているぞ。
「それにしても今日はどこか体調が悪いのか、やけに顔色が」
またありえないことに、凛華が俺の体調を気にしたのかと思うと
「あ、清人君!」
またもや桐乃さんの俺を呼ぶ声がし、それに気づいたときにはもう俺と凛華の間に彼女は入っていた。
「おつかれさま...」
凛華動揺、俺の顔を見て固まる桐乃さん。
「ちょっとどうしたの清人君!?顔色が凄く悪いけど」
あ、そういうことか。
そういえばさっきから吐き気がまたひどくなっていると思っていた。
「とりあえず保健室に行こう」
そう俺の肩に手を回す桐乃さん。
しかしそれを凛華が遮る。
「すまない、彼は私の兄です。ここは私が保健室に連れて行きますので」
反対の肩に凛華が手を回す。
「えーっときみは清人君の妹さんかな?清人君は同じクラスメイトのわたしが保健室まで運ぶからきみはもう教室に戻っていいよ」
優しく凛華に遠慮を促す。
「いえ、そちらこそもう教室に戻っていただいて結構です。兄の体調不良に気づけなかった私に落ち度があるのですから、責任をもって保健室にまで送ります」
凛華がまさかそんなことを言うとは。
また一つ凛華の魅力に気づいてしまった。
「別に妹であるきみの責任じゃないと思うよ。わたしがもっと見学にするよう言っておけばこんなところにならなかったんだし」
「いえ、私が無理にアップなどをさせたことに原因はあります。ですからここは私におまかせを」
走った距離的にアップは実質走らなかったのと同じだからそのせいではないと思うが。
というか二人とも全く譲る気配がない。
早くしないと本当に吐いてしまいそうなんですけど...
「おい、濡髪、少し手伝ってくれ」
先生に苗字を呼ばれる。
え?俺のこと...なわけないな。
「ほら、先生に呼ばれてるよ。ここはわたしにまかせていいから」
「......」
凛華が無言で桐乃さんを見つめる。
ただ何かを言うわけでもなく凛華は先生のもとに向かった。
「清人君、歩ける?」
「少しは...」
結局ほぼ桐乃さんに持ち上げられながら保健室へと向かった。
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