明日への希望

「やっぱ彼女ができた日に入る風呂は気持ちいなぁー」


お風呂から上がった俺は今日一日のことを振り返る。


「...それにしても現実感がないな」


桐乃さんと一緒に帰宅していたときは浮かれていたため、まったく考えなかったが、普通に考えて俺みたいなコミュ障で陰キャの烙印を押されている男子と桐乃さんが付き合うのなんて妄想としか思われない。

事実今でも本当は夢の中にいるのではと疑っている。

もしくは俺の妄想が具現化した世界に転移したとか。


「まぁ桐乃さんと俺が付き合ったということ以外はいつも通りなんだよな」


いつも通りの学校生活、いつも通りの家出の生活。

妹たちも平常運転だし。


いや、そんなありえないことを考えてもしょうがないな。

それよりも


「あー明日が楽しみ過ぎる!!!」


今は明日への期待しか浮かんでこない。


早く桐乃さんと一緒に登校して周囲に俺がリア充に進化したことを見せびらかしたい。

しかも学年一の高嶺の花と呼ばれている桐乃さんと付き合っていると周囲に認知させたい!

陽キャどもがそろって仰天する姿を見たい!


「あれ?でも明日桐乃に一緒に登校しようとか別に言ってないし言われてもなくね?」


そうだった。

さっきは浮かれすぎて全く登校の約束とかしていなかった。


「桐乃さん、まだ起きているかな」


これはさすがに俺から連絡しなければ。

ヘタレのままではいられない。

一生努力したって釣り合いが取れないことぐらいわかっている。

だったらせめてヘタレから卒業としている素振りぐらいしなければならない。


と、まるでタイミングを見計らったように桐乃さんからメッセージが届いた。


『こんな夜遅くにごめんね。清人君、まだ起きているかな』


まさか彼女の方から先に連絡が来るとは。

俺も罪な男だね。

などと自惚れをしながら返答する。


『うん、まだ起きてるよ。この時間帯はどの日もまだ起きているよ」


しっかりとこれから先もメッセージでやり取りすることを見据えたことを書いておく。


『あのね、明日から一緒に登校したいんだけど、いいかな?』


『もちろん大歓迎だよ』


ただ"分かった"や"おk"だけじゃなく、しっかりと超嬉しいという気持ちを文章化する。


『じゃあちょっと遠いかもしれないけど、わたしの家集合でもいいかな』


『うん、全然いいよ。桐乃さんの家の景色好きだし』


というか俺の家集合だったら少し困る。

もし俺の家の前に集合とかになったら妹たちと鉢合わせする可能性が高くなる。

俺の何となくの予想だが、桐乃さんと濡髪家の妹たちとじゃあまり相性が悪い気がする。

凛華とかは"受験生の男女関係はけしからん!"とか言ってきそうだし。

あ、でも凛華は朝練があるから家の前で待ち合わせをしていたとしても会う確率は低そうだ。


『じゃあ時間帯なんだけど、清人君何か希望とかあったりする?』


俺の希望か。

いうて家から学校まで総距離は遠くない。


俺と桐乃と凛華が通っている県立条棟西じょうとうにし高等学校は八時半登校だ。

だから八時集合とかが一番ちょうどいい気がする。


『八時とかかな』


『了解。八時に私の家集合ね。それじゃあまた明日ね』


『うん、また明日』


よし、とりあえず誤字ったりはしなかった。

メッセージでの誤字脱字が一番恥ずかしくて気まずい。


「そうと決まればさっさと寝て明日にスキップしよ」


部屋の電気を消す。


本当ならば受験生ということもあり風呂から出た後も少し勉強したいところだが、今日ぐらいは自分にご褒美を与えてもいいだろう。


ルールが厳しい我が家でも、さすがに消灯時間は設けられていない。

設けられてはいないが、この時間帯には物音を立てないようにするというのが暗黙の了解だ。


受験と言えば、今年中学三年生である歩歌も受験生だ。

ただ、歩歌が勉強している様子はあまり想像できない。


と言うのも、どうやら条棟西高校一択に志望校を絞っているみたいだ。

凛華にしても歩歌にしても、どうして条棟西校に進学しようと思ったのか理解できない。

俺は単純に自分の偏差値に適合したからだが、はっきり言って条棟西校は進学校と言えるほど偏差値は高くないし、強豪な部活があるわけでもない。

それなのになぜ進学したがるのか。

まぁそれは桐乃さんにも言えることだが。


考え事をしていたら睡魔が大きくなってきた。


俺は明日への希望を胸に、意識を手放した。

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