第19話 全知の魔女
時は遡り、俺とルナーリアがたった一合のみの果し合いを演じた、その後のこと。
リリに指揮を任せていた部隊は、早々にあのエルフの痕跡を見つけてくれた。
「認識阻害の結界か。面倒なもん使いやがって……さすがはエルフってところか」
周囲の認識を、ほんの少しだけ逸らす結界。そこにあるのに、意識の内側に入ってこない。
中々に高度な汎用魔法だ。そんな結界の中にはこぢんまりとした小屋が。恐らくだが、あのエルフの男が拠点に使っていたものだろう。僅かではあるが、やつの魔力が残っている。
「トラップの類はないみたいですが、どうしますか?」
「リリを先に突入させろ。その後問題がなければ、少数で中に入る。部隊を一つだけ周囲の警戒にあたらせて、他は引き続き山の中を捜索だ。ここだけとは限らないからな」
指示通りに動き出す部下たち。小屋の中に先行したリリから問題なしのハンドサインを受けて、俺とグロウマンを含めた四人で中に入る。
小屋自体はなんの変哲もない。中央に机が一つと椅子が四つ。壁際の棚にはフラスコみたいなもんも置いてあるが、中身は空だ。
暖炉もあり、灰が積もっていることからこの小屋がちゃんと使われていたことは間違いない。
「ハズレ、でしょうか」
「どうだろうな」
暖炉のすぐそばに、紙の切れ端が落ちていた。拾い上げると、どうやら切れ端ではなく燃え残りらしい。端の方が黒く煤けている。
しかしその紙になにか書かれているわけではなく、手掛かりとは言い難い。
「どうしますか、隊長?」
尋ねてくるリリは、思いの外手掛かりになりそうなものがなくて肩透かしを食らってるのだろう。眉間に皺を寄せている。
「グロウマン、部隊を引き上げさせろ」
「よろしいので?」
「よろしいよ。手掛かりならこれで十分だ」
燃え滓でも、何も書いてなくても、奴らが処分したこの紙があれば十分。
当然、俺にはこいつになにが書いてあったのか、むしろなにかが書いてあったのかどうかすらも分からないが。
「ご存知の通り、残業はクソってのが俺の座右の銘だからな。仕事を終わらせるためなら、どんな手段も使うぜ、俺は」
小屋から出て、グロウマンに部隊を引き上げさせる。リリは俺の考えてることが理解できているらしく、ポニーテールを解き伊達メガネを外して、次元の穴を開いていた。
「ちゃんと本体のところに繋げたか?」
「うん。でも大丈夫? 手土産もなにもないけど」
「ま、なんとかなるだろ」
言いながら二人で穴を潜る。
その先にあるのは、小高い丘の上に聳え立つ塔だ。東京タワーよりも高いその頂上に、目的の人物が住んでいる。
「よし、ちょっと飛ばし気味で行くからな。ちゃんと着いてこいよ、リリ」
「善処しまーす」
空から降ってきた剣を手に取り、塔の扉を開く。
この塔は、登り切った者に求める知識を授けると言われている魔女の塔だ。
もちろん普通に登れるわけもなく、一階層ごとに試練が用意されている。
試練といっても謎解きとかじゃなくて、ひたすら戦闘。俺の得意分野である。
早速現れた全長三メートルほどのゴーレムを剣の一振りで消し飛ばし、固有魔法全開で階段を駆け上がる。
少し遅れ気味ではあるが、リリもちゃんと着いてきてる。あのババアの趣味に時間を費やしてやるほど、こっちも余裕があるわけでもないからな。
その後も敵が現れたら俺がワンパンで消し飛ばし、全力で階段を登りを繰り返すこと十五回。ようやく塔の天辺に辿り着いた頃には、肩で息をする第一皇女殿下が。
「ぜぇ……はぁ……なんでガルム、汗ひとつかいてないの……」
「鍛え方が違うんだよ」
リリの息が整うのを待って、無駄に豪華な扉を開く。部屋に一歩踏み入って、魔力砲撃が飛んできた。
突然の攻撃。だがまあ、予想通りの歓迎だ。
「随分な歓迎の挨拶じゃねえか、クソババア」
「簡単に防いでおいてよく言うわ! 妾が丹精込めて用意した試練をあんな方法で突破した貴様には、これでも足りんくらいじゃ!」
三角帽子を被った、十三、四歳くらいに見える少女が、こちらに杖を向けていた。
彼女こそ、ルナーリアの師匠でもあるS級二位 《全知の魔女》 スピカ。ただの人間のくせに千年も生きてるロリババアだ。
しかも、自分の用意した試練に挑むやつらを眺めるのが趣味とかいう、ちょっとイカれたやつ。
「おばあちゃん、久しぶり」
「おーおーリリウム、よう来たのう。せっかく来たのじゃからゆっくりして行くといいぞ。飴ちゃん食べるか?」
おいババア、俺とリリで扱いが違いすぎるだろ。まあいつも通りだけど。
「で、こんな時間になんのようじゃ?」
「仕事だよクソが」
「ほー、いまだに帝国軍でこき使われておるのか。あれだけ働きたくないと喚いていたガルム坊やがのう」
「うっせぇ。いいからテメェの知識を寄越しやがれ」
「仕方ないのう。して、なにが知りたいのじゃ?」
俺はスピカに対して、ここ最近帝国で起きていることを全て説明した。
全知の魔女と呼ばれる彼女だが、常日頃からあらゆる知識を頭の中に控えているというわけではない。
彼女の全知は、固有魔法だ。
その中でも、親族や師から受け継がれる、継承魔法と呼ばれるもの。
千年前、まだ固有魔法なんて区分もないような時代に師匠から受け継いだその魔法を、彼女は長い人生の中で更に多くの知識を蓄えて、己の魔法を受け継げる者を待っている。
ひょっとすると、ルナーリアを弟子に取ったのは彼女に全知の魔法を継承させるためかもしれない。
「なるほどのぅ……我が愛弟子は随分な状況に陥っとるようじゃな」
「テメェ、分かっててうちに送り出しただろ」
「はて、なんのことじゃ?」
こいつは、ルナーリアをセレスティア魔法学園に入学させた張本人だ。スピカからの全知を基にした助言に従って、ルナーリアは魔法学園へとやって来た。
その助言を送る際、ここまでは知っていたはず。俺たちがこの場に来ることすら。
「して、ガルム坊やの知りたい知識は?」
「敵の正体全て」
「欲張りじゃのう。それなりの対価は頂くぞ?」
「端から織り込み済みだ」
「ふむ。では、しばし待っておれ」
杖を床に突いたスピカを囲むように、幾つもの魔法陣が展開される。
本人曰く、この固有魔法は図書館に近いらしい。魔法を発動することで、己の頭にある知識が本となって現れる。膨大な量のその中から彼女は求める知識を引き出してくるのだ。
うーん、どこかで聞いたような話。ハーフボイルドの片割れかな?
とは言え、彼女の知識の中に異世界云々はなく、俺やリリの前世は知らない。
だがこちらからキーワードを提示せずとも、彼女は自力で目的の知識にたどり着ける。
しかし欠点というか、その代償も中々のもので。スピカはこの塔から一歩も離れられないのだ。
魔力で意志を繋げている分体を各地に飛ばしているらしいが、本人はもう千年も、この塔から出ることができていない。
しばらく待っていると、スピカが再び杖を強く地面に突く。魔法陣が全て消えて、どうやら知識の引き出しは完了のようだ。
「これはまた、随分と面倒な奴らを相手にしておるようじゃのう」
「いいからさっさと教えろ」
「名は『クリフォト』という。お主らの推察通り、悪魔を崇拝しとる邪教のようじゃな」
それからスピカは、こちらがすでに知っている情報も、知らない情報も、ほぼ全て教えてくれた。
五大国家を始めとした各国にすでに浸透していること。魔物化の薬の材料。構成人数から本拠地まで。
そこまで教えてもらっても、じゃあ今から潰しに行きましょうとはならない。
厄介なのは、大国にまですでに広まっていることだ。まず確実に、ある程度の有力貴族を取り込まれている。となればただ敵を潰して終わりではなく、高度に政治的な駆け引きとやらが発生してしまうのだ。
さすがに、一軍人でしかない俺の一存では攻め込めない。
「ふむ、しかしクリフォトか」
「知ってんのか?」
「いや、聞き覚えのない言葉じゃな。恐らくじゃが、造語の類であろう」
その言葉に、思わずリリの方を見てしまう。
頷いた彼女が口にするのは、この世界にはない知識。
「クリフォト。別名邪悪の樹とも、死の樹とも呼ばれる、カバラにおける邪悪の概念。
スピカが知らないのも当然だ。それは造語でもなんでもなく、紛れもなく異世界の言葉なのだから。
俺は前世の頃からクリフォトなんて言葉は知らなかったが、やはりリリを連れてきて正解だった。
となると、こいつを拾って持ってきたのも、大正解だったということか。
「おいババア、こいつを復元できるか」
「妾としては、リリウムの言葉が気になるのじゃが……どれ、貸してみよ」
森の小屋で拾った燃え滓の紙片を渡す。
あっという間に元のA4サイズほどに戻って、しかしそこに書かれていたのは、やはりというかなんというか。この世界の文字ではなくて。
「日本語……」
「書き方が拙いな。暗号の代わりにでも使ってたのか?」
書かれている内容自体は、特筆すべきものでもない。学園の奴らを襲えという命令書だ。
しかし、日本語で書かれていることそれ自体が問題と言える。
俺やリリと同じ存在が、元日本人の転生者が、敵にもいる。
そいつが組織のやつらに日本語を教えて、暗号代わりとして用いていた。
この世界の奴らから見れば、なんと書いてあるのかなんて理解できない。仮に世界中の言語を収めたやつであろうと、全知の二つ名を持つ魔女であろうと。
この世界の言語ではないのだから、誰にも理解なんてできないのだ。
俺とリリ以外には。
「ねえガルム、わたしたち以外に転生者っているの?」
「俺たちって前例があるんだから、いてもおかしくはないだろ。まあ、俺は会ったことなんてないけどな」
この世界に転生して、百五十年。普通の人間の寿命を超えて生きているが、俺はリリ以外の転生者なんて会ったこともないし、話すら聞いたことがない。
フォルステラ様に聞けば一発だとは思うのだが、多分あの人は素直に全てを教えてはくれないだろう。
良くも悪くも、神は平等だから。
「色々と説明してほしいのじゃが」
と、そこで蚊帳の外になっていたスピカから。
別に転生云々は隠しているわけでもないし、こいつになら教えてやってもいいのだが。
「悪いがそんな時間はない。思ったよりも事は深刻らしいし、さっさと国に帰らんとだからな」
「分かっとるわ。そこで、対価の話じゃ」
ちっ、クソババアめ。そこでそれを持ち出すか。こいつから知識を授かるには対価が必要。それはこの部屋に来た時点で決定されている。そういう契約魔法とやらが自動で発動するようになっているから。
普段なら安いくらいの対価なのだが、今は時間こそが千金以上の価値を持つ。さっさと軍やら騎士団やらに報告して、国内だけでも早急に対処してもらにゃならんというのに。
「お主らの二人の血を寄越せ」
「あ? 血?」
「わたしたちの口から説明しろ、ってわけじゃないんだ?」
「うむ。およそ千年ぶりに会った未知じゃ。自らの手で解明したいと思うのが、一研究者の性というものじゃろうて」
こいつが研究者なんてのは初耳だが、安いなんてもんじゃない。
俺たちの血だけで事足りるなら、いくらでもやるとも。
スピカが用意したビーカーのような容器にリリとそれぞれ血を垂らし、魔女はそれを見て満足そうな笑顔
人の血でそんな顔すんなよ、控えめに言ってキモいぞババア。
「ほらよ」
「うむ、次に会った時は答え合わせをしようぞ。楽しみにしておるがよい」
「二度と来ねえよ」
「ああ待て、ガルム」
さっさと帰ろうと背を向けると、スピカに呼び止められる。まだ何か用かと若干鬱陶しく思いながらも、半身だけ振り返ると。
「ルナーリアのことを頼むぞ。あの子には、お主のようなやつが必要じゃからな」
言葉の真意を探ろうとして、辞めた。
どうせそんなの分かりっこない。年の功というやつだ。俺のような坊やに悟られるほど、この魔女も耄碌していない。
だからここは、額面通りに受け取るだけ。
言葉も返さずひらひらと手だけを振って、俺たちは魔女の塔を後にした。
◆
と言う話を、転生云々は隠した上でルナーリアに説明してやった。
別に話してやっても特に問題はないのだけど、そうなると話が逸れてしまう。
「呆れた、師匠に血を提供したの? 何に使われるか分かったものじゃないわよ?」
「その言い方だと、ルナーリアは酷い目にでもあったか?」
「私の血を媒介にして、私と瓜二つの相手を修行相手に用意したり」
もしかしなくてもそれは、クローンとやらでは? あのババアマジか。たしかに血を始めた体液は、魔法的な意味を持つ。実験とかでも使うやついるらしいし。
だからって、弟子の修行相手用意するのに、人類の禁忌を犯しやがるとは……。
「あなたも、それくらいは覚悟しときなさいよ」
「……まあ、大丈夫じゃねえかな」
本人曰く、異世界云々を解明するためらしいし。それ以外の用途には使わない、はず……多分……うーん、不安しかない。
「とにかく、私は忠告したから。後で泣きついてきても知らないわよ」
食べ終えたお弁当を綺麗に包み直し、ごちそうさまと小さく呟いて、ルナーリアは立ち上がる。こういうお行儀のいいところは好感持てるよなぁ。
「なんだよ、もう行くのか?」
「話す事はあらかた話したでしょう?」
「昼はまだ時間あるし、もうちょいゆっくりしててもいいじゃねえか」
「最初に言ったのだけれど、くだらない話に付き合うつもりはないと」
つれないねぇ。
まあ、そういうところがいいんだけどな! クーデレポイントが高いですよこれは。問題はいつになったらデレのターンが来るかだけ。
「もちろん、くだらない話じゃねえよ。ほら、今度の叙勲。そっちも話は聞いてるだろ?」
帝都郊外に出現したオーガキングを退け、さらには公にされていないとはいえ、テオール山に現れた怪人も撃退した。
どちらも神災級の脅威であり、俺とルナーリアはその撃退の立役者として、城で皇帝から直々にご褒美を頂くというわけだ。
リリから聞いた話によると、ルナーリアがS級六位になった際の神災級討伐。それも帝国内でのことだったから、一度叙勲を受けたことがあるらしい。
「出来ればお断りしたいところなのだけれど……」
「できるわけないだろ。皇帝陛下から直々のお呼び出しだぞ?」
「そうよね」
心底憂鬱そうなため息だ。ルナーリアが元王女とは言え、やはり国の中枢とは距離を置いておきたいのだろう。その辺は冒険者あるあるというやつである。
王宮の政治的なゴタゴタに巻き込まれたりしたら、たまったもんじゃないしな。元王女であるからこそ、その辺の理解度は高いのだろう。
「俺は軍服あるからいいけど、ちゃんとおめかしして来いよ?」
「制服じゃダメなわけ?」
「ダメってわけじゃないけどな」
この世界では元の世界の日本と同じく、学校の制服は冠婚葬祭にも使える、礼服の代わりとして非常に便利だ。
そこらの貴族と会うだけなら、制服でも十分だろう。
しかし、今回はそこらの貴族なんてもんじゃない。皇帝陛下からのお呼び出しだ。
「今回は叙勲の後に軽くお食事会もあるって言ってたし、ドレス着てく方が無難だな。ああ、パーティとかじゃないから安心しろよ」
「それ、なにも安心できないのだけれど。つまり陛下と個人的な食事の席が用意されてるのよね?」
パーティなら他の貴族も参加するが、個人的な食事となれば話は変わってくる。
つっても、あの陛下のことだし、変に緊張する必要もないと思うけど。
「つーか、前回はどうしたんだよ」
「正装して行ったわよ。冒険者としての、だけれど」
「完全武装じゃねえか」
それでよく城に通してくれたな。
「陛下と個人的な食事会、ともなるとさすがにそれは失礼よね……」
「いや、普通に武装したやつを通すとは思えないけどな」
失礼云々の前の話だ。
ルナーリアくらいなら陛下が負けるわけもないけれど、それはそれ。周りの人間は納得しない。
「つーわけで、当日のドレス姿は楽しみにしてるぜ」
「はいはい。精々楽しみにしてなさい」
冗談めかして言ったのだけど、ルナーリアからは思っていたのとは違う反応が返ってきた。
またぞろ気持ち悪いやらなんやら言われるのかと思っていただけに、ちょっと肩透かしを喰らう。
いや、罵倒されたかったわけではないけれど。本当だよ?
「なによ、鳩が豆鉄砲食ったような顔して。気持ち悪いわね、凍らせるわよ」
「あ、結局言われるのね。てかお前の魔法じゃ無理だって、この前証明してやったばっかじゃん待て待て待てマジで魔法使うやつがあるか!」
「思ったのだけれど、昼間のあなたになら勝てるんじゃないかしら?」
「場所を考えろ場所を!」
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