第20話 謁見

「帝国軍少佐ガルム・フェンリル伯爵、並びにS級冒険者ルナーリア。此度の神災級討伐、見事であった。我が帝国の臣民を守ってくれたこと、ありがたく思う」


 頭の上に降ってくるのは、威厳に満ちた低い声。首を垂れているためにその顔は見えないが、浮かべているのは笑顔だろう。


 場所は帝城、謁見の間。学園は休みの土曜日の昼にて。

 近衛騎士が俺とルナーリアの左右にそれぞれ五人ずつ並び、赤い絨毯の先には立派な玉座が。

 そこに腰掛ける男性こそが、アルカンシェル帝国皇帝ヴィクトル・インペリウム・アルカンシェル陛下だ。


 リリ曰く色々やばいネーミングらしいが、説明されたところでフランス語もラテン語もさっぱりな俺として、割とどうでもいい話。

 三十五歳と一国の主としては若く思えるが、しかしその精悍な顔つきは実年齢より更に若く見える。まだまだ二十代で通用しそうだ。


 チラと横を見やると、空色のドレスに身を包んだ銀髪エルフさんが。髪もちゃんと纏めていて化粧もしてるもんだから、随分と大人びて見える。変な色気すら感じてしまう始末。


 不躾に見過ぎたか、視線を感じ取ったルナーリアが咎めるように睨んできた。

 陛下が話してるんだからちゃんと聞け、ってことね。


「顔を上げるがいい。早速褒美の話に移ろうではないか」


 言われ、二人揃って顔を上げる。ドッシリと玉座に座る陛下は、なんともいい笑顔でいらっしゃる。蓄えたヒゲを撫で付けて、まずは俺へと話を向けた。


「フェンリル伯爵よ。お主を大佐にとの声も出ておるが、受けてくれるか?」

「滅相もございません、陛下。私は現在の少佐という地位ですら持て余しているのです、失礼ながら、これ以上の昇進は望んでいません」


 今現在の少佐にしたって面倒が多いのだ。一部隊を率いるだけならず、あれやこれやと細々とした書類仕事も多い。

 佐官なんて所詮は中間管理職でしかなく、上と下の板挟みだらけ。


 大佐になれば、そりゃお給料は爆上がりするだろうけれど、その分余計な責任は倍増。面倒な仕事もさらに追加でドン。


 労働は須くクソを座右の銘としてる俺としちゃ、無駄な昇進は避けたいところである。


 というのを、この皇帝陛下はしっかり理解してくれているはずなのだけれど。


「ほう、では何を望む? 地位や権力はいらぬ、S級冒険者でもあるお主は金も余るほど持っている。女を当てがおうにも、お主の好みはかなり偏っておるからな」


 くくくっ、と面白そうに笑う陛下。

 うるせえやい、偏ってて悪かったなこんちくしょう。


「では恐れながら、ミスリルを少量融通してもらえないでしょうか」

「ほう、ミスリルか」


 想定していなかったのか、陛下はほんの少し驚いたような顔をする。


 ファンタジー金属の代表格ともいえるミスリルは、やはりこの世界においてもかなり貴重な金属だ。

 なんと言っても、魔力が馴染みやすい。

 術式の馴染みやすさ、魔力伝導率の高さ、おまけに魔力による形状記憶まで可能なため、主に武器の素材として使われる。

 反面、当然のようにコストは高く、採れる鉱山も多くはない。

 市場で一般に流通することもなく、そのほとんどが国によって管理されているほど。だから普通に暮らしていたら、一生お目にかかれないような超高級金属。


 あるいは、一部の上級冒険者なんかだと、今の俺みたいに国から依頼のご褒美として貰ったりして、ミスリル製の武具を使っている。


「たしかお主は、帝国軍に支給されている量産品の武器を使っていたと記憶しているが?」


 おっしゃる通り、俺が使っている銃やナイフは軍で正式採用された量産品だ。駆け出しの冒険者もたまに使っている。


 しかし、俺はS級ソロの冒険者。S級でなくとも、上級冒険者というのは武器や防具に金を掛けるものだ。なにせ大事な仕事道具というだけでなく、それらに命を預けるのだから。

 金を掛けずとも、特別信頼を寄せる武具は持つものだ。

 俺の場合なんかだと、七星剣グランシャリオがそれ。けれどあれは、夜にしか使えない。

 おまけに普段の主戦場が混沌の森だ。あんなところで戦っていたら、武器を始めとした物資の損耗率は目も当てられないことになるし、基本的に部隊単位での行動であるため、隊内での互換性は重要となる。


 そんな理由で、普段は量産品の銃とナイフを使っていて、実際昼間でもそれで事足りていたのだけれど。


 一度、謁見の間を見渡す。

 この場にいるのは俺とルナーリア、ヴィクトル陛下に、近衛騎士が十人のみ。騎士たちも俺の知り合いで信頼のおける人物のみだ。


「先日報告しました、『クリフォト』という組織。やつらと事を構えるのなら、私も相応の準備が必要でして」


 全知の魔女から得た『クリフォト』の情報は、未だ一部のものたちしか知らない。

 陛下直属の近衛騎士ならすでに聞いているはずだし、仮にこの場で初めて耳にしたとしても、外に漏らすようなバカはいない。てかいたら困る。


「ふむ……お主がそうまで言うほどか……あい分かった、お主の屋敷にミスリルを手配させよう」


 よしよし、これでミスリルが手に入るぞ。いくら救国の英雄だのS級三位だの言われてても、希少金属なんて早々お目にかかれないし、手に入れるなんてさらに機会が少ないからな。


「さて、では次にルナーリアよ。お主はフェンリル伯爵と違い、我が帝国に所属しているわけでもないのに、幾度となく神災級の脅威から帝国を守ってくれた。感謝の念に絶えん」

「勿体無いお言葉でございます、皇帝陛下」

「褒美になにを望む? お主の望みであれば、可能な限り叶えてやろう」


 ほんの少しだけ、考える素振り。だが最初から何を望むのかは決めていたのだろう。ルナーリアは真っ直ぐに陛下を見上げて、淀みなく答えた。


「でしたら、私に帝国の市民権を与えて頂けないでしょうか?」

「市民権、とな?」


 この世界、この大陸の各国は、割としっかり戸籍管理がされている。そりゃ現代日本と比べたら些か粗い点は見受けられるが、特に我らが帝国を始めとした五大国家はその辺りを徹底していた。


 しかし冒険者には、無国籍の者が多からず存在している。

 例えば亡命者であったり、長生きしすぎて生まれた国が滅んでいたり。

 あるいは、国から追放された者だったり。


 言わずもがな、その殆どが高位の冒険者で、そこまで上り詰めているのであれば、冒険者であること自体が身分を保証することになる。だから彼ら彼女らも戸籍なんてものは必要としていないだろう。


 つまるところ、ルナーリアが帝国の市民権を、すなわち帝国国籍を手に入れることに、さほどのメリットはないのだ。


 なんなら、それくらいならわざわざ皇帝からのご褒美に強請らずとも、役所に申請すればいいだけの話。諸々の手続きに時間がかかる上に身辺調査等もあるので今すぐにとは行かないけれど、まあS級六位であれば身辺調査も必要ないし、通常よりも早く申請は通るだろう。


 おまけにメリットだけという話でもない。永住権は貰えるし各施設などの恩恵を受けられるが、まず税金を払わなければならなくなる。

 おまけにS級冒険者が我が国の国民になったとあらば、ちょっかいを掛けようとする貴族は少なからず現れるだろう。中には、ルナーリアの美貌を目的としたバカだって。


 今日この日のことを嫌がっていた彼女のことだ。貴族だなんだに関わるのはあまり好ましく思っていない様子。税金なんていくらでも払えるが、政治に巻き込まれる可能性がある。

 それが一番のデメリットで、ルナーリアもしっかり把握しているはず。


「なるほどな。後ろ盾が欲しいか」


 つまりは、そういうこと。


 戸籍なんて役所で取れる。身分の証明なんて今更する必要もない。


 、今この場で褒美として求めた。

 アルカンシェル帝国皇帝、ヴィクトル・インペリウム・アルカンシェルの名において。


 それが最も重要なのだ。ルナーリアを取り巻く現在の状況、すなわち『クリフォト』が彼女の身を狙っているのなら、帝国の庇護を求めるのは間違った選択ではない。


「いいだろう、ルナーリア。我が名において、お主は今日この時より帝国国民だ。このヴィクトル・インペリウム・アルカンシェルが守るべき臣民の一人だ」

「ありがとうございます」

「とはいえ、さすがに諸々の手続きを省くわけにもいくまい。このあと、必要な書類を持って来させよう」


 と言ったところで、今回の謁見は終了の運びとなった。促されるままルナーリアと二人で退室し、ネクタイを緩める。隣の銀髪エルフさんは、緊張から解放されたように一つ息を吐いていた。


 はてさて、こんな調子でこの後の昼食会は大丈夫なのかね。



 ◆



 客間でしばらく待機したあと、通されたのは皇族専用の食堂だった。皇帝一族のプライベートな一室ということで、隣の銀髪エルフさんはさっきから緊張しっぱなし。見てるこっちにまで緊張がうつりそうだ。


「もうちょい肩の力抜けよ」

「無茶言わないで。むしろどうしてあなたはそんなに気楽でいられるのよ」

「慣れてるからな。そっちこそ、元王女様だろうに」

「私がこういう機会に恵まれていたと思う?」

「っと、失言だったか」

「別に」


 本当に気にしていないらしく、表情に影が差す様子もない。いまいち分かんねえんだよな、ルナーリアがエルフ女王国に対して、なにを思っているのかが。


 自分を虐げ追放した国だからと恨むでもなく、未練があるようにも見えない。

 そりゃちゃんと聞いたわけでもないし、言葉にしてもらったわけでもないのだから、分からなくても当然だけど。


 なんて適当に会話していると、ついにその時がやってきた。

 開かれる食堂の扉。使用人の先導に続き、精悍な顔つきの男、皇帝陛下が。その更に後ろからは、毎度お馴染み我らが第一皇女様に、どこか陛下の面影がある華奢な少年。


 ルナーリアと二人立ち上がって頭を下げると、先ほど謁見の間で聞いたものと打って変わった、気安い声が届く。


「あー、やめろやめろ。こんな場所でまで畏まる必要はない。ガルム、貴様まで一緒になってなにやってるんだ」

「隣のお姫様が随分緊張してるようなんでな。これ以上混乱させるのも悪いだろ」


 肩をすくめて応じる俺も、臣下のそれではなく友人に対するもの。

 思わずと言った具合に頭を上げたルナーリアは、本当に混乱しているようだ。


「ふふっ、ルナーリア、驚きすぎ。ガルムとお父様はいつもこんな感じだよ?」

「アルカンシェル帝国の皇帝陛下に……? 大陸一の大帝国のトップに、いつも……?」

「忘れてるかもしれないけど、わたしはそこの第一皇女だからね? もっと敬ってくれてもいいんだよ?」

「それは無理ね」

「即答しないでよ!」


 胸を張ってドヤ顔のリリには素早いレスポンス。まあ、敬う相手というか、ライバルみたいなもんだしな、こいつら。


 そんな二人のやり取りを微笑ましげに見守っていた皇帝、ヴィクトルは食卓につき、こちらにも座るよう促す。

 すると待ってましたと言わんばかりに完璧なタイミングで、使用人たちが料理を運んできた。それらが全員の前に並べられて、ルナーリアとも親交の深いリリが代表して話を進める。


「それじゃ、改めて紹介しておくね。こちらがわたしのお父様、ヴィクトル・インペリウム・アルカンシェル陛下。皇帝って言っても、身内だけだとこんな感じだから、変に緊張しなくてもいいよ」

「ヴィクトルだ。ルナーリア嬢とは何度か顔を合わせたこともあるが、こうして会うのは初めてだな。リリ曰くのこんな感じだから、今日は無礼講とでも思ってくれ」


 こんな感じってどんな感じよ。

 言いたいのを必死に我慢しているルナーリアは、失礼ながらちょっと面白い。


「で、こっちがわたしの弟。異母弟で第一皇子のレックスだよ」

「初めまして、ルナーリア嬢。帝国第一皇子のレックス・アルカンシェルと申します!」


 第一皇子のレックスは、リリの四つ下、今年十一歳の美少年だ。異母弟と言ったように、特殊な立場のフォルステラ様に代わり第一皇妃となった方の子。

 ヴィクトルにはフォルステラ様も含めて三人の妻がいるのだが、皇妃様方は今回不参加のようで。また三人仲良くお茶会でもしてるのだろう。


 自己紹介も終わり、それぞれ料理に手をつける。相変わらず城の料理は絶品だが、舌鼓を打つばかりというわけにもいかない。


「で、ヴィクトル。わざわざこんな席を設けたのは、どういう意図があってのもんだ?」


 俺だけならまだしも、ルナーリアを同席させたのだ。そこになにかしらの理由があるはず。

 なにせ色々と暗躍してる連中がいて、そいつらがルナーリアを狙っているというのだから。


「なに、そこまで深い意図があってのものでもない。レックスが久しぶりに、お前に会いたいというからな」

「はい! またフェンリル卿から冒険のお話を伺いたかったのです!」

「最近はルナーリア嬢と行動を共にしてると言うだろう? 俺もルナーリア嬢とは一度ゆっくり話したいと思っていたし、ついでにお前も呼ぼうかと思ってな」

「俺がついでかよ」


 まあいいんだけどね。レックスに話を聞かせてやるのも、彼が聞き上手なのもあって退屈はしないし。

 察するに、フォルステラ様を呼ばなかったのはヴィクトルなりに気を遣ってのことか。ルナーリアの事情を、この皇帝陛下がどこまで把握しているかは分からないが。彼女と神との関係を置いておくとしても、この緊張っぷりを見ればガチモンの神様を呼ぶわけにも行くまい。


「して、ルナーリア嬢よ。我が国の魔法学園はどうだ? 魔法に長けたエルフでありS級冒険者でもある貴殿には、少々退屈かもしれんが」

「と、とんでもありません。私もまだ浅学の身ですから、日々驚かされることばかりです」


 おい、そこでこっちを一瞥するな。


「やはりフェンリル卿は、S級六位のルナーリア嬢から見てもすごい方なのですね!」

「え、ええ、そうですね……」

「さすがは我が国の英雄、フェンリル卿です! S級六位の方にまで一目置かれるとは!」

「おーい、レックス? 俺、S級三位。ルナーリアより上」

「あの、ところで……ガルムが帝国の英雄というのは、もしや十年前の?」

「ストップルナーリア、その話をしだすとレックスは止まらなくなるから」


 ルナーリア的にはずっと気になっていることだったのだろう。俺が帝国の英雄と呼ばれるようになったのは、たしかに十年前のとある一件からだが、自称俺の大ファンであるレックスがこの話をしだすと、マジで止まらなくなる。俺も小っ恥ずかしいので、それはまた別の機会に。


「ははっ、レックスは本当にガルムのことが好きだな」

「はいっ! 私もいつか、フェンリル卿のような強い男になりたいのです!」

「そこで父のように、と言ってくれないあたり、俺はどうしたらいいと思うガルム?」

「俺に聞くな」


 そりゃレックスが生まれた頃には戦争もなかったし、お父様の勇姿を見たことないからじゃないですかね。


「してガルム、貴様の方はどうなんだ」

「学園生活が、ってことか? どこぞのお姫様方のおかげで、退屈はしてないけどな」

「そうではなく。ステラから言葉をもらっただろう。そっちだよ」


 ニヤリと、揶揄うような笑みを向けるヴィクトル。

 ステラとはもちろん、フォルステラ様のことだ。そして彼女から賜った言葉といえば、入学式の日、歓迎パーティの時のアレ。


『あなたはこの学園で、運命と出会う』


 それが誰のことかは、さすがに察して余りあるというものだろう。


 つい隣に視線をやってしまい、その綺麗な空色の瞳とぶつかる。我ながら年甲斐もなく咄嗟に目を逸らしてしまえば、隣の彼女は不思議そうに小首を傾げていた。

 クソ、可愛いじゃねえか……。


 全く、頑張って意識しないようにしていたというのに、旧友の皇帝陛下は見逃してくれないらしい。

 リリなんか必死に笑いを堪えてやがるし。


「なによ」

「なんでも」


 ったく、中学生じゃないんだぞ。こういういかにもなラブコメ的アレコレはいらないんだっての。


「そうだルナーリア嬢、貴殿の市民権についてなのだがな」

「は、はい」


 急に話が変わって自分に振られ、ルナーリアはビシッと背筋を伸ばす。


「登録にあたって、居住地を決めておく必要がある。現住所ではなくな」


 まあ、戸籍の登録となればそういうのも必要か。ルナーリアは現在、学園の寮に住んでいる。しかしそこを戸籍上の住所として登録するわけにもいくまい。


「そこでだ。信頼できる貴族がいてな、そいつの屋敷を居住地として借りようと思うのだが、どうだろう?」

「おいヴィクトル、お前──」

「も、もちろん陛下にお任せします」

「ちょっと、ルナーリアさん? もう少し考えて答えろよ?」


 わざわざこの場でこの話を切り出したということは、すなわちどういうことか。考えずとも答えは導かれる。

 だがそんなこと知る由もないルナーリアは、皇帝陛下の言われるがまま。あとで文句は受け付けないぞおい。


「ふむ、では決まりだな。ガルム、上手くやれよ」


 ありがた迷惑だよ、この野郎。



 ◆



 その後も毒にも薬にもならないような談笑を繰り広げ、食事会は恙なく進み平和に終了した。

 そして現在、リリとルナーリア、レックスは退出し、別室で少し待ってもらっている。


「どういうつもりだ、ヴィクトル」

「というと?」

「ルナーリアのことだよ」


 例えば、ルナーリアの市民権。これは帝国にとっては、爆弾を一つ抱えること変わらないことだ。エルフ女王国とは表面上仲良くやっていたとしても、あくまで表面上。かつて戦争をしていたことに変わりはないし、今だってあちらさんがどう考えているのかも分からない。

 ルナーリアは元とはいえ、エルフ女王国の第三王女。そんな彼女を帝国国民として迎え入れることの意味を、この皇帝が理解していないとは思えない。


「昔から耳にタコができるほど言っていたではないか、貴様が好みの女は、銀髪クーデレエルフだとな」

「そういう冗談はいいんだよ」

「冗談ではないんだがなぁ」


 にしたって、それが全てでもないだろうに。

 強めに睨んでやれば、観念したとばかりに肩を竦める皇帝。


「まず第一に、貴様のことがあるのは嘘じゃない。ステラからの言葉もあったのだろう? 友人の恋路を応援しようと思って悪いか?」

「お前が皇帝じゃなかったらな」

「無論それだけではない。貴様とリリが見つけた『クリフォト』なる組織。エルフ女王国との関係を鑑みた上で、クリフォトからルナーリア嬢を保護する必要があると考えた」

「長い目で見て、その方が帝国の益になるからか」

「帝国だけではない。やつらが本当に、神災級の魔物を自在に操れるとして、そのためにルナーリア嬢を必要としているのであれば、この大陸全土の危機とも言える。大陸の覇者たる帝国としては、手をこまねいて見ているわけにはいかん」


 まあ、そこに異論があるわけではない。

 ルナーリア自身もかなりの戦力になるし、俺とリリがいれば万が一もない。

 エルフ女王国に強制送還するよりも、いくらかマシといえるだろう。


 なにせS級冒険者、あるいはS級並みの実力者が複数名常駐している国なんて、大陸広しといえど帝国だけだ。

 最強の自負があるからこそ、ヴィクトルは爆弾をその身に抱えることを許容した。


「現状、クリフォトの連中の目的は見えん。それは他国も同じだ。しかし、我が国が他国に一歩リードしている面もある」

「日本のことか?」


 聞けば、頷きと笑みが返ってきた。

 俺とリリの前世について知っているヴィクトルは、この情報面におけるリードをどう使うつもりなのやら。


「しかし言っただろう、まず第一に貴様のことがあると」

「だから、皇帝が私情を優先させるなっての」

「私情なものか。貴様への縁談の申込を、誰が突っぱねていると思う? 他国の王女からすら来るのだぞ?」

「モテる男はツラいな」


 ハッ、と笑ってやれば、やれやれと言わんばかりに首を振られた。


 実際、帝国の英雄への縁談話は国の内外問わずそれなりに来ているらしいのだけれど。そのほぼ全てが俺の正体をかけらも知らん奴らばかり。そういう政治的なやつはゴメン被る。


「ルナーリア嬢を落とせ、とまでは言わんがな。貴様自身、悔いのないようにしろよ。これは友人としての忠言だ」

「俺の半分も生きてねえやつが、よく言うぜ」


 言われるまでもないんだよ、そんなこと。

 悔いの残る人生なんて、前世だけで十分だっての。

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