第13話 いざ校外学習

 校外学習。前世の学校でもあったそれは、基本的にクラスメイトや班員たちと同じ作業を共にし、仲を深めようという意図のあるものだ。

 この世界でも基本それは変わらないけれど、一つ大きな違いがある。


 俺たちが通っているのは、セレスティア魔法学園である、ということだ。


「すまんガルム、一体そちらに抜けた!」

「問題ねえよ」


 眼前で複数体の狼型の魔物、グレイウルフと相対していたベルクから声が届く。

 さしものマッスル山田と言えど、まだ一対多の状況は慣れないようだ。


 こちらに抜けて来たグレイウルフは、俺目掛けて一直線に突っ込んできた。所詮はこいつも低級の魔物だ。知能も低いから、俺が銃を構えても尚止まらない。

 引き金を引けば、放たれた弾丸が狼の脳天を穿つ。それだけで息絶えて、慣性のまま目の前にやって来た死体を適当に蹴り飛ばした。


「後ろは気にするなよベルク! どうせ俺しかいないんだからな!」

「ああ!」


 そう、今この場所、テオール山の麓に位置する森の中には、俺とベルクしかいない。

 他の班員は別行動中だ。


 ついに始まった校外学習は、学園から直接このテオール山に、班ごとランダムでの転移でやって来た。

 俺たちは早速拠点となる場所を見つけて、二人組を三つ作り食糧を探しに来たのだ。


 つっても、グレイウルフはとてもじゃないが食用に向かない。肉は硬いしまずいしで、余程のことがなければ食いたくはない魔物だ。


 その後軽く手助けしてやりつつも、ベルクは無事にグレイウルフの群を討伐完了。食料探しに戻る。


 今回の校外学習は、三泊四日に及ぶテオール山でのサバイバルだ。帝国北東部に位置するこの山はとても広大で険しく、隣国のエルピダ共和国との国境でもある。

 そんな山に、最低限の糧食と野営道具、とある魔道具だけを持たされて放り出されたのだ。他のクラスメイトたちは今頃、どうしたらいいのかと困惑しているだろう。普通に考えてスパルタすぎるんだよな、この校外学習。


「まだ入学一ヶ月だってのに、テオール山はキツイよなぁ」

「本来なら帝都郊外のあの森の予定だったと聞いているぞ。そちらなら問題はないはずだったんだろうな」


 食えそうな野草を摘みながら、ベルクと二人で雑談に興じる。

 本来予定されていた森は、先日の神災級出現の折に氷漬けとなってしまったのだ。調査もまだ完全に済んでいないからと、この山に変更となった。

 テオール山もそこまで強力な魔物が潜んでいるわけではなく、おまけにここの領主、ミラージュ辺境伯が事前に徹底的な調査を行ってくれている。危険は限りなく低いと言っていいだろう。本来ならば。


「よし、こんなもんだな。そろそろ一回戻るか」

「そうだな」


 男二人で野草を両手一杯に持ち、森の中を歩く。どうせならルナーリアとペアの方が良かったのだけれど、まあ仕方ない。ベルクとオスカー、ドロシーをメインに頑張ってもらわなければ意味がないのだから。

 なにせこちらはS級冒険者三人だ。校外学習だけでなく、学園の他の授業それ自体もそこまで意味のあるものじゃないから、自然と生徒よりも教師よりの行動になってしまう。


 俺たちがなんでもかんでもやってしまうと、三人のためにならない。だから俺たちは手助けをメインに、いざという時以外はあまり手を出さないようにしている。


「お、二人も戻って来たな。一番最後だぞ」

「遅かったですわね、お二人とも」


 拠点まで戻ると、他の四人は既に戻って来ていた。探索の成果である食料も十分集まっているようだ。


「悪い悪い、途中でグレイウルフと遭遇してな」

「だ、大丈夫だったんですか……?」

「あれくらいなら余裕だよ。な、ベルク」

「数が多いのは些か厄介だったが、それだけだったな」


 制服越しにも分かる自慢の筋肉を見せびらかして、若干ドヤ顔のマッスル山田。実際、傷らしい傷もなく、ほぼ無傷で切り抜けている。週末の冒険者稼業のおかげか、彼も入学当初よりかは少し成長していた。


「さて、早速だが、探索の結果を報告していこうか」


 食料に関しては見た通りなのでいいとして、それよりも周りの地形、生息している魔物など、そちらの探索の方がメインだったりする。


「こちらは特に魔物と遭遇することもありませんでしたわ。人体に有害なものも見当たりませんでした」

「妙な音も聞こえなかったし、安全だと思うぜ」

「こっちはガルムの言った通り、近くに水場を見つけたわ。転移させられた場所にもよるけれど、もしかしたら他の班も近くに拠点を構えるかもしれないわよ」


 三人からの報告を聞いて頷く。ちなみにドロシーはルナーリアと共に行動していたからか、彼女に報告を一任してこくこくと頷いていただけだった。こういう時は、積極的に発言して欲しいところなんだが。


「まあ、予想通りって感じだな。ただ、あんまり魔物が少なくても困るもんな」


 というのも、今回の校外学習はただ山の中でサバイバルをするだけでなく、しっかり課題も与えられている。

 それが指定された魔物の討伐だ。俺たちはこの四日間の間に、三体の魔物を討伐しなければならなかった。

 しかもそのうち一体は、うちの班用に特別に用意されたやつだ。


 アストラルベア。

 災害級に分類されるかなり強力な魔物で、この森の支配者とも言われている。テオール山で唯一危険だとはっきり言える魔物だ。

 多彩な魔法を扱う熊型の魔物で、大きな体に似つかわしい膂力も持っている。おまけに動きは機敏。B級冒険者がパーティを組んで当たるような相手。しかしまあ、この麓にまで降りてくることはなく、山の中腹か、更に上が生息域となっている。


 そんなんの相手を生徒に任せるなと言いたいところだが、逆に災害級のアストラルベアであっても、S級冒険者三人を前にすれば相手にならない。


 そいつの相手だけは、俺たちがする予定だ。ベルクたちに任せたら普通に死ぬので。


「アストラルベアは最後に相手する予定なのですわね? なら、まずはここを中心に他二体を探すという方針でよろしいですか?」

「ええ、そうですね。安全を第一に、また組み合わせを変えて索敵に出ましょうか」


 リリに対して敬語を使うことにむず痒さを覚えながら、今後の方針を示す。

 他二体はリトルドレイクとマインギアという魔物で、どちらも新入生だと多少苦戦するが倒せない相手ではない、くらいの魔物だ。マインギアが自爆特攻してくるから多少厄介か。まあそれも、制服にかけられた防御の加護を破れるほどじゃないし。


「では、ガルムさんはルナーリアさんとお二人でお願いできますか? わたくしは三人を連れて魔物を探しに向かいますわ」

「……えっと、どういうおつもりで、殿下?」


 予想していなかったリリからの提案に、つい聞き返してしまう。こいついきなりなに言ってんだ? ほら、ルナーリアさんも訝しげにそっちを睨んでますよ。


「三人は別々に行動させるよりも、三人での連携を練習させた方がよろしいかと思いまして。わたくしが見ていますから、お二人には周りに他の班がいないか見て来て欲しいのですわ」

「それで困ってたら助けろ、ってこと?」

「ええ、その通りですわ。お願いできますか?」


 ほらー、ルナーリアさんめっちゃ面倒そうな顔してんじゃんかー。


 つってもまあ、リリも色々と考えた結果の提案なのだろう。

 まず第一に、ルナーリアを他のクラスメイトたちと積極的に絡ませるため。なんだかんだで面倒見のいいルナーリアは、こんなに嫌そうな顔をしていても実際クラスメイトと遭遇すれば、ちゃんと助けてあげるだろう。それで少しでも、この銀髪エルフに対する印象が良くなれば、といったところだ。


 そして次に、ベルクたち三人の前では口に出せない目的。つまるところ、この校外学習の裏で暗躍してるような奴がいないか調べてこい、ということ。

 結界があるはずの学園内ですら刺客はいた。その学園から出て、こんな山の中で過ごすのだ。敵からしたら絶好の機会だろう。

 考えられる最低最悪のケースとしては、先日のように神災級の出現だが、あんなものぽんぽん出せるとは思えない。ならばどのような手を打ってくるのか、そこも含めて探ってこいってことか。


 んでその二つのついでに、アストラルベアがいたら適当に倒しとけって感じだろう。そっちが主目的のはずなんだけどな。


 そこまではルナーリアも理解できたのか、ため息を吐きつつも頷いた。


「分かったわ。ただしなにかあったらすぐに連絡しなさい」

「もちろんですわ」


 眉間に皺を寄せた銀髪エルフと、ニコニコ笑顔を絶やさない皇女様。

 なんにせよ、まずは採ってきた食料で腹拵えを済ましてからだ。



 ◆



 リリとベルク、オスカー、ドロシーの四人と別れ、俺とルナーリアは森の中を歩く。

 具体的な行き先を決めてるわけではないが、なんとなくこっち方ならクラスメイトもいそうだな、と勘で歩き回ることにした。


「ドロシーはどうだ、ライフルの扱いには慣れてそうだったか?」

「なかなか筋がいいわよ、あの子。元々魔法の才能に優れてたみたいなのに、何故か自信はないみたいだったから才能に振り回されてる感じはあったけれど。あなたのライフルのお陰で、力の使い方をちゃんと学んでるわ」

「そいつはよかった。贈った甲斐があったってもんだ」

「それに、魔眼持ちなのもあの武器と相性がいいわ」


 魔眼とは、別に固有魔法の一つというわけではない。魔法の一種でもなく、単なる体質だ。生まれつき、魔力の流れが本人にわかる形で目に見える。

 ドロシーの場合、さまざまな色として見えているらしい。どんな色かは見る対象によりけりで、リリの魔力は虹色なのだとか。目に悪そうである。


「他の二人も悪くはない。あの三人なら、私たちがいなくてもあっという間に昇級するわね」


 なんだよ、やっぱりちゃんと見てやってるじゃないか。


 相変わらずチグハグというか、口に出す言葉や口調と行動の合わないやつだ。

 そこがルナーリアの美点なのだけれど。クーデレポイントが実に高い。


「っと、探知に反応ありだ。ここから二時の方向、五キロ先だな」

「どんな精度してるのよ……」

「こちとら本来の職場は混沌の森なもんでね」


 これでも足りないなんてことはザラにあるような場所だから、あの森。


「どっち?」

「クラスメイト。魔物と交戦中だな、ちょい苦戦気味か?」

「急ぎましょう」


 お互いに軽く身体強化をかけて、森の中を駆ける。五キロとは言え、俺たち二人にかかればそう時間をかけずに辿り着く距離だ。


 少し開けた場所に出ると、三人の生徒たちが蜂の姿をした魔物の群れと相対していた。目立った怪我はしていなさそうだが、空を飛ぶ相手に手を焼いているようだ。


 ルナーリアが無造作に放った氷の刃が、群れのうちの二体を撃ち落とす。それを見たクラスメイト三人のうち、頭からウサ耳を生やした少女が歓喜の声をあげた。


「あ、ガルムとルナーリアさん!」


 ウサギの獣人、エルはこの班のリーダー的存在だ。明るい性格で誰とでも仲良く平等に接する、クラスのムードメイカー的存在。実はうちの班員以外に唯一ルナーリア相手にも物怖じせず話しかけるやつだ。

 一発目が彼女の班に当たるとは、運がいいな。


「よう、大丈夫かエル。ポーラとフレンダも」


 ポーラはエルと同郷の同じウサギの獣人で、フレンダは普通に人間だが、子爵家のご令嬢だ。この班はフレンダ以外が人間じゃなくて、割と種族がバラバラだったりする。他の三人の班員もドワーフに小人族に虎の獣人と様々だ。


 が、種族が様々とはいえ、ルナーリアに抱く感情は他の女子たちとさほど変わらない。


「ありがとうございます、ガルムさん……ルナーリアさんも」

「助かりましたわ」


 ポーラ、フレンダの順に礼を言うが、ルナーリアへの視線はやはりどこか嫌悪感のようなものが覗いている。それでも礼を言うだけマシってもんだ。


「他の班員は?」

「近くで拠点の準備を整えてくれてるよ。この辺りなら水場も近いからいいかなって思ったんだけど」

「まさか魔物に襲われてしまうなんて……」


 ふむ、やはり獣人がいれば、森の中での過ごし方もある程度は習得してるか。魔物相手にも苦戦はしてるようだったが、危なけがあるわけでもなさそうだったし、さすがは魔法学園の生徒ってところか。


「泣き言は後にしますわよ、ポーラさん! ガルムさん、助けに来てくれたことは礼を言いますが、あの魔物はわたくしたちの手で──」

「あ、悪い。もう終わっちゃった」

「え?」


 蜂どもはおよそ半分ほどが氷漬けになり、残りの半分はナイフにズタズタに斬り裂かれて地に落ちていた。


 言うまでもなく、ルナーリアと俺の固有魔法の仕業だ。


「おっ、俺の方が多いんじゃねえの?」

「あなたの目は節穴なの? どう見ても私の方が多いじゃない。ちゃんと数えなさい、それとも三より多い数は数えられない?」


 一の冗談に対して十の毒舌で返ってきた。ぴえん。


「いや悪いなフレンダ嬢。なんかブンブン飛んでて邪魔だったから」

「いえ、でもあなた、どうやって……?」

「企業秘密ってやつだ。それよりエル、他に困ってることとかないか? 今ならS級六位様が華麗に解決してくれるぜ」

「ちょっとガルム……」

「ありがと二人とも! でも今のところは大丈夫かな。魔物も倒してくれたし! それに、ルナーリアさんに頼るより、あたしたちが自分でどうにかした方がいいと思うから! あ、ルナーリアさんが嫌ってわけじゃないよ⁉︎」

「分かってるわよ……」


 エルの純粋な表情と声に、さしものルナーリアも毒気を抜かれたらしい。というより、このテンションについていけないのか、どことなく疲れたような顔をしてる気がする。


「んじゃ、俺たちは行くわ。なにかあったら迷わずそいつを使えよ」


 腕に嵌めてる魔道具をコンコンと叩いて、エルたち三人と分かれる。


 出発の際に渡されたこの腕輪型魔道具は、様々な機能がある。教師陣が生徒たちの位置を把握するビーコンであり、魔力を込めてこいつを叩けば上空に閃光弾が上がって危険を知らせることもできるのだ。教師陣にもそれが伝わって、なんなら俺やルナーリア、リリも上がった閃光弾を目視できたら駆けつけることができる。


 なんとなしに空を見上げてみると、早速と言うべきかなんというか。


「エルたちに言ったそばからか」

「あれは……山の中腹の方かしら。バカなやつもいるものね」


 昼の空でも一際目立つ閃光。

 魔道具によるものだ。しかも、麓より危険度の高い中腹の方から。


「どうするの? ここからだと距離があるわよ」

「ざっと二十キロってところか。リリがいれば便利だったんだが」

「彼女は動かないでしょうね。こう言う時のために私たちを動かしているのでしょうし」

「だろうな。とにかく向かうぞ」


 一日目から早速使う奴がいるとは、まあ若干予想はしてたけど。それがまさか危険地帯からとは。そっちはさすがに予想外。


 ルナーリアと二人、互いに再度身体強化を発動して、山の中腹へと急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る